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第91夢 白きシロ、育つ夢

酒びたりだった造り酒屋のおやじが、菌職人の本領を発揮します。

 仕込みから十日が経った。


 朝、蔵の扉を開けると、湿り気を帯びた空気がゆっくりと流れ出す。蒸した麦の甘い香りと、ほのかに漂う土の匂いが、あるじの鼻をくすぐった。


 「……いいな」


 低くつぶやきながら、あるじはコウジコウジむろへ足を踏み入れた。夢の中で何度もかがせられた匂いだ。


 見事なシロだ。


 "シロ"とは、現代科学の言葉で言う菌のコロニーのことだ。単一の菌だけが増殖し、円形にふんわりと盛り上がっている。


 コウジ室に並べたセイロから油紙をはがし一つ一つ確認する。そこに広がっていたのは、見事な白いコロニー。密度が高く、滑らかなビロードのような質感をしている。


何度も夢で見させられた放線菌のコロニーだ。ほわほわしたコウジカビのコロニーとは違う。


 あるじは、目を細めながらつぶやく。


 「……あの若い夫婦、種菌を選ぶ腕がいい」


 彼らが持ち込んだ種菌が、ここまで見事に育つとは思わなかった。


 目を凝らして見ると、黒カビや青カビのコロニーはほとんど見当たらない。コウジ室に元々住み着いているコウジカビのコロニーが少々と、それによく似ているが、より菌の密度が高く、ビロードのような質感を持つ白い放線菌のコロニーが多数確認できた。


 「こいつは……すごいな」


 あるじは小さく笑った。


 この白い菌が、本当に薬になるのかどうかはまだわからない。だが、確かなことが一つある。


 素直で元気な良い菌が育っている。菌の職人である、あるじにはわかる。


 あるじは、銀のさじ(スプーン)を手に取った。こんな高価なものまで貸してよこすとはな。


 四角いセイロの中に広がる白いシロ、放線菌のコロニーを、一つひとつ慎重に採取していく。ひとつひとつ別のさじを使う。


 まるで絹のような菌を麦ごと小さなさじで、すくい取る。それを、用意しておいたビードロの瓶へとていねいに収めていった。


 「これで……よし」


 作業が終わるころには、約二百種類の放線菌の種菌ができあがっていた。

 それぞれが異なる性質を持ち、どれが最も良いものになるかは、まだわからない。だが、きっとこの中に、人を救う力を持つ菌がいる。


 セイロに余った麦は、三郎が持ち帰った。


 「お寺で堆肥にします。」


 「なるほど、無駄がねえな。」


 使い終えたセイロはすぐによく洗い、湯でよく煮た。

 道具に残る菌が混ざれば、次の発酵に影響が出る。昔から伝わる"焼酎と熱湯"の清め方を丁寧に繰り返し、再び新しい麦を蒸し始めた。


 今度は、選び抜いた種菌から、放線菌を増やす作業だ。種コウジから、コウジをつくる作業の応用だ。


 あるじは静かに息を整え、次の工程へと進んでいった。



放線菌の増殖は成功するでしょうか

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