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第90夢 コウジ室に満ちる新たな息吹の夢

造り酒屋のおやじが本気を出します。

 造り酒屋のあるじは、朝から黙々と準備を進めていた。

 まず、大きな釜に水を張り、薪をくべる。火を入れると、勢いよく湯気が立ちのぼり、蔵の空気が一気に湿り気を帯びた。湯がぐらぐらと沸き立つのを確認すると、次に取り掛かったのはコウジぶたの準備だった。


 「さあ、やるぞ……」


 いつもの酒造りとは違う。今回蒸すのは米ではなく麦だ。あるじは300箱分のコウジぶたをセイロのように改造し、大量の麦を一気にかつ別々に蒸せるよう工夫を凝らした。


 蔵の中に立ちこめる湯気のなか、あるじは井戸水で丁寧に手を洗い、焼酎を張った桶に手を浸した。そして、別の釜でしっかりと煮沸しよく乾かした白い着物を取り出す。


 「……よし」


 袖を通すと、自然と背筋が伸びた。酒を仕込むときもそうだったが、身を清めることは大切な儀式だ。コウジいや今回はコウジ菌ではないが菌を扱うというのは、ただの作業ではない。神聖な仕事でもある。


 次に、コウジこうじむろの掃除に取り掛かる。ここが一番大事な場所だ。普段以上に念入りに、隅々まで拭き清める。熱湯を撒き、木の床を焼酎を染み込ませた布で拭く。


 なぜこんなことをするのかはわからない。


 しかし、昔から熱湯と焼酎で清めれば悪い菌は増えないと伝えられている。それは経験則なのだろう。昔の杜氏たちが幾度となく試行錯誤し、たどり着いた知恵。今もその教えに従い、あるじは慎重に準備を進めた。


 やがて、蒸しあがった麦が湯気をまといながら、ふっくらと仕上がる。


 「いい蒸し具合だ……」


ふだんは米コウジが主で、麦を蒸すのは久しぶりだが、理屈は同じだ。


 麦を詰めたセイロを一つ一つ抱え、コウジ室へと運び込む。この作業は絶対に手を抜けない。慎重に、しかし素早く。悪い菌を寄せ付けず、温度や湿度を最適に保つことが、良いコウジを育てる秘訣だからだ。ああ、今回はコウジではないが、理屈は同じだ。

 コウジ室の扉を閉めると、蔵の中は静寂に包まれた。


コウジカビ以外の菌をコウジ室に持ち込むなんて、親父が生きていたら、張り倒されただろう。

しかし、百薬の長である酒を上回る、万病を治す薬をつくるのだ、親父も御先祖も許してくれるだろう。そして、なんといっても大金が手に入る。借金を返し、蔵を、店を、建て直すことができるのだ。


 これから、白いコウジカビに似た菌、坊さんは放線菌と言っていたか。これを育てる。三郎とミツが持ってきた種菌を沸かした湯をさました水でうすめて麦に振りかけ、セイロひとつひとつを油紙でおおい、10日間かけてじっくりと育てていく。


 果たして、本当に薬となる菌ができるのか?

 あるじは、じっと湯気の立ちこめるコウジ室を見つめながら、酒の神松尾様と、薬の仏薬師如来に、静かに手を合わせた。



コウジカビの応用で放線菌を培養できるでしょうか?

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