第89夢 造り酒屋の覚悟の夢
古代エジプト人が抗生物質テトラサイクリン入りのビールを飲んでいたのにヒントを得たミヤザワケンジ2.0は、江戸時代初期の南部藩花巻城下のつぶれそうな造り酒屋に、抗生物質をつくる放線菌を培養させようとしています。
翌朝、造り酒屋のあるじが昨夜の夢を思い出しながら蔵の掃除をしていると、表の戸を叩く音がした。
「ごめんくださーい!」
元気のいい女の声が響く。
あるじが戸を開けると、そこには見知らぬ男女が立っていた。男女ともにがっしりとした体格で、年のころは二十前後。女は快活そうな笑顔を浮かべている。
「お前さん方、どちらさんだ?」
「私は三郎、こちらは女房のミツと申します。今日はお願いがあって参りました」
三郎と名乗る男は、腰から大きな風呂敷包みを下ろし、ずしりとした重みのある荷を置いた。
「これをご覧ください」
風呂敷を広げると、眩いばかりの砂金がぎっしりと詰まっていた。
「なっ……!」
あるじは思わず息を呑んだ。こんな量の砂金、これまでの人生で見たことがない。いや、この酒蔵どころか、あと三軒は買えるほどの価値があるんじゃないか?
三郎は落ち着いた口調で続けた。
「この一割を支度金としてお渡しします。残りの半分を毎月分けてお渡しします。もし成功したら、残りのすべてを差し上げます」
あるじは思わず目を丸くした。
「なんだ今、全部くれるんじゃねえのかよ」
「今すべてお渡ししたら、あなたは遊郭で飲んで使い果たしてしまうのではありませんか?」
若い女がずけずけと言う。
「ぐっ……!」
あるじは反論できなかった。正直な話、昨夜もそんなことを考えていたのだ。やけになって飲み潰れ、金を手にしていたら何をしでかしていたかわからない。若い夫婦の言うことは的を射ていた。
「手堅いこった……」
あるじは苦笑しながら腕を組んだ。
「それで、あんたらの頼みってのは何だ?」
概要は不思議な坊さんから聞いているが、あるじは尋ねた。
ミツが荷物の中から、ガラス細工のような瓶を取り出した。
「これです。全部で三百本あります。」
透明なビードロの瓶に詰められた茶色い粉末。
「これは……?」
「寺で拾ったのです。葉っぱに白いカビのような菌が生えていましてね。それを一枚一枚、炭火で煎って粉にしました」
あるじは興味深そうに瓶を手に取り、光にかざした。
「なるほど、これが種菌ってわけか」
「はい。あなたの技で、これをちゃんと培養できるか試していただきたいのです」
「これが万病に効くってぇのか」
「万病とまではいきませんが、咳や下痢などの多くの病気に効くはずです。」
「麹からつくる酒が百薬の長ってんだから、似たような菌から薬ができるってぇのも道理だな」
あるじは瓶の中の粉をじっと見つめた。これは……どこかで見たことがある気がする。
ああ、そうか。種こうじを選ぶのと同じやり方なら……いけるかもしれねえな。
彼の職人魂が静かに燃え始めた。
「よし、まかせとけ」
そう言って、あるじは瓶を丁寧に持ち上げた。
造り酒屋の新たな挑戦が、今、始まる。
造り酒屋は、うまく放線菌を培養できるのでしょうか。




