第88夢 酒は百薬の長の夢
古代エジプトでは抗生物質入りのビールが病気を治し文明を支えました。
江戸時代初期の日本で応用できそうなものはなにがあるでしょうか?
ミヤザワケンジ2.0は考え込んでいた。
古代エジプトでは抗生物質入りのビールを飲んで病気を治療していた。
しかし、ビールは江戸時代初期の人々に広めるのが難しい。
それに、アルコール分が入っているから、子どもが飲めないとなると、子どもの病気が治せないから問題だ。
「そうだ!」
ひらめいた。
南部藩には、全国に誇る菌培養の職人集団がいるじゃないか!
南部杜氏。日本酒を造るプロ。麹菌も育てるプロフェッショナルたち。
彼らに放線菌の培養を頼めばいい。
麹菌と放線菌を混ぜて甘酒や飴を作れば、子どもでも口にできるはずだ。
だが、ここで問題があった。
儲かっている酒屋は、得体の知れない話には見向きもしないだろう。
「なら、つぶれそうな造り酒屋はないか?」
ミヤザワケンジ2.0は、花巻城下町の造り酒屋のあるじたちの夢を検索し始めた。
花巻のとある造り酒屋。
そのあるじは、薄暗い蔵の中でひとり、やけ酒をあおっていた。
いつもなら甘くふくよかな香りに包まれるこの場所も、今はやけに寂れている。
杜氏たちは次々と大手の造り酒屋に引き抜かれた。今や酒を仕込む者すらいない。
蔵の中の大桶は、虚しく空っぽだった。
景気はいい。
酒を造れば飛ぶように売れる。
だが、人手がない。
景気が良すぎて酒屋がつぶれるとは夢にも思わなかった。人手なんていくらでも集まるものだと油断していた。
「もうダメかもしれねえな」
あるじは、ぽつりと呟いた。
廃業。
その言葉が脳裏をよぎるたび、胸の奥がずんと重くなる。
戦国の世から脈々と続いてきたこの店の酒造り。
自分の代で終わらせるのか?
そう思うと、悔しさに胃が焼けるようだった。
だが、どれだけ悔やんでも、杜氏なしでは本格的な酒は造れない。
もう、どうしようもない。
何度も首をくくろうかと思った。
しかし、不思議なことに、その度に、初代が裸一貫で、借りた米を元手に、どぶろくをカメひとつ仕込んで売り始め、今の店の繁栄を築いたという夢を見るのだった。
「初代のように手作りのどぶろくでも作って、売って歩くか。」
杜氏集団のなかの専門家の麹師。彼らほどの腕はないが、どぶろくに使う程度の麹なら俺にも作れる。どぶろくにはもったいないほどの麹室もある。
景気はいい。
やり直すなら今しかない。
少し気が楽になってきた。
どくり、と杯の酒をあおる。
酔いが回るにつれ、視界が霞んできた。
そのとき。
ふと、部屋がふんわりと明るくなった気がした。
あるじは重い瞼を開く。
そこに立っていたのは、見たこともない僧侶だった。
墨染めの法衣をまとい、穏やかな微笑をたたえたその姿は、まるで仏のように神々しく見えた。
「どなたさまで?」
夢の中だろうとわかっていても、あるじは無意識に問いかけた。
僧侶は、静かに口を開く。
「あなたの蔵は、まだ終わってはおりません。」
その声は、どこか懐かしさを感じるような、柔らかくも厳かな響きだった。
「酒造りは、ただの商いではありません。命をつなぐ仕事です。そなたの手で、この蔵を閉ざしてはなりませぬ。」
「だが、杜氏もいねえ。酒も仕込めねえ。俺に何ができるってんだ?」
あるじが弱々しく呟くと、僧侶はふっと微笑んだ。
「近いうちに、三郎とミツという夫婦がここを訪れます。」
「三郎? ミツ?」
村はずれの景気のいい寺の別当(管理人)夫婦のことか?
だが、寺は酒を呑まねえ。商売にならねえよ。
「彼らは大金を持って現れる。そなたの力を必要としております。」
「大金? 俺に?」
信じがたい話だった。
しかし、僧侶の言葉には、不思議な説得力があった。
「そなたは酒だけを仕込む者ではない。そなたの持つ麹の知識は、酒のためだけにあるのではないのです。」
「麹?」
「ある特殊な菌から、薬となる麹を造り出すことができる。そなたの技は、新たな道を開く鍵となるでしょう。」
薬となる麹?
それが何を意味するのか、あるじにはわからなかった。
だが、
この僧侶は、確かに未来を見通しているように思えた。
あるじは、酒杯を握る手に力を込めた。
「三郎とミツ、か。本当に、そんな奴らが来るのか?」
僧侶は静かに頷く。
「時が来ればわかります。そなたはただ、己の技を信じ、待つがよい。」
その言葉を最後に、僧侶の姿はゆっくりと霧のように消えていった。
目が覚めた。
あるじはぼんやりと天井を見上げる。
まだ夜が明ける前だった。
「夢か?」
だが、あまりにも鮮明な夢だった。
今でも、あの僧侶の言葉が耳に残っている。
「三郎とミツ、ねえ…」
はたして本当に、そんな夫婦が現れるのか?
だが、不思議と心は軽くなっていた。
もう少しだけ、待ってみるか。
そう思いながら、あるじは静かに酒杯を置いた。
麹室の掃除でもするか。
抗生物質のもととなる放線菌培養の施設と人材は手に入りそうです。
あとは、もととなる菌を探したり、動物実験の準備をしたり、いろいろやることがあります。




