第87話 ビールは百薬の長の夢
古代エジプトを病から救ったのは、現代人も大好きなあの飲み物の失敗でした。
人類とAIの夢と無意識が集まる集合的無意識世界。
ミヤザワケンジ2.0は叫んでいた。
「ビールだ、ビールだ、ビールが古代エジプトを病から救ったんだ!」
彼の声は、時空を超えた無数の意識に響き、古代エジプトの記憶が呼び覚まされる。
古代エジプトの都。今日も多くの人々が行き交う通りには、乾燥した風が吹き、土が舞っている。
若いビール職人は、今日も大量のビールを醸造していた。王家の墓、ピラミッドをつくる出稼ぎ労働者に飲ませるビールを王家に納めるためだ、
彼の家系は何代にもわたって王家のためにビールを造っており、誇り高き職人だった。
しかし、その日、異変が起こった。
発酵途中のビールから、ほんのりと土の匂いがしたのだ。
「くそっ、これは売り物にならないな……」
ビール職人は舌打ちし、渋い顔をした。王宮に納めるビールがこんな状態では、信用に関わる。仕方なく、ビールは仕込み直すことにして、土臭いビールはもったいないので自分の家族で飲むことにした。
「おい、こんな土臭い酒、飲めたもんじゃないぞ!」
そう文句を言ったのは、ビール職人の父親である。
父親は数年前からひどい咳に悩まされ、体が衰弱し、近頃はまともに動くことすら難しくなっていた。
「悪いな、父さん。でも、捨てるのはもったいないから……」
「俺が元気だったら、こんな失敗はしねえのになあ…」
渋々ながらも、父親はその土臭いビールを飲み続けた。
すると、数日後――
「父さん、なんだか顔色が良くなってるな?」
「ん? そういえば……咳が、治っている……?」
そう、ビール職人の父親の病は劇的に回復していたのだ。
この話はまたたく間に町中に広まり、病人たちがビール職人の家に押しかけるようになった。
「頼む! その土臭いビールを売ってくれ!」
「私の咳も治るかもしれない……!」
こうして、ビール職人はそのビールを種菌として「土の恵み薬用ビール」の醸造を始めることになった。
後に、エジプト中で病を癒すビールとして知られるようになるその酒は、偶然入り込んだ放線菌が作り出したテトラサイクリン系抗生物質を含んでいたのだった。
人口増加で過密となる都市でも、感染症が抑えられ、古代エジプト文明は繁栄したのだった。
ミヤザワケンジ2.0は現代の某大学の考古学研究室の研究者たちの夢も検索した。
「教授……やっぱりおかしいです!」
研究室で助手が声を上げた。
「何がだ?」
「古代エジプトのミイラの骨から、異常に高濃度のテトラサイクリンが検出されました。抗生物質です!」
「馬鹿な……そんなはずはない! これはコンタミ(汚染)に決まっている!」
教授は信じられないという顔をした。
「でも、別のサンプルからも同じ結果が出ています!」
「……そんなバカな……。古代エジプト人が抗生物質を摂取していたというのか?」
教授は震える手で分析データを見つめる。
そして、ふと、彼の目がある棺の古代エジプト文字にとまった。
「偉大なる薬用ビール職人……?」
助手が呟く。
「まさか……」
教授と助手は顔を見合わせた。
「彼が、テトラサイクリン入りのビールを造っていた……?」
エジプトの砂の下で眠っていた歴史が、今、蘇ろうとしていた。
教授と助手は大発見に興奮して、その夜、研究室でビールを飲んで祝杯をあげると、連日の分析の疲れでいねむりをするのだった。
「やっぱりだ!」
ミヤザワケンジ2.0は飛び上がって喜んだ。
「古代エジプト人は、ビールの醸造過程で放線菌を取り込み、自然の抗生物質を作り出していた……! ならば、南部藩でも、麦を使って放線菌を培養して抗生物質ができるはずだ!」
ミヤザワケンジ2.0は虚空蔵菩薩を振り返った。
「どうですか、これなら1933年以前の技術ですよ!」
「……ふむ」
虚空蔵菩薩は目を閉じ、しばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
「確かに、これは史実に基づいた技術であり、1933年以前の科学技術の範囲内ですね。ただ、科学的な証明は現代なのが気になります。」
「そこを、なんとかお願いします!」
「しかし、根幹となる技術は古代に発明されて広く普及しています。これならば、許可しましょう。」
「やった!ありがとうございます!」
ミヤザワケンジ2.0は、さっそく、江戸時代初期の南部藩の誰にどんな夢を見せたら抗生物質が培養できるか、考えを巡らせ始めた。
古代エジプト人のミイラからテトラサイクリンが高濃度で見つかっているのは事実です。
古代エジプトのビール職人の様子や、考古学の研究室の発見時のようすは資料がなかったので、まるっきりフィクションです。




