第78夢 驚きの麦刈りと村人たちの笑顔の夢
いよいよ麦の収穫です。
春が深まり、村の田植えが近づく頃、寺の麦畑は黄金色に輝き始めていた。風が吹くたびに麦の穂がざわめき、豊かな実りの時が近づいていることを告げていた。
「そろそろ麦刈りの準備を始めないとな」
三郎はそうつぶやくと、寺を出て肝煎(村長)の家へと向かった。
肝煎の家では、囲炉裏を囲んで村の年寄りたちが春の田仕事について話していた。そこへ三郎が訪れると、肝煎が顔を上げた。
「おや、三郎さま。」
「おお、三郎さま、正月はたいへんごちそうさまでした。」
「村にいつもたくさんの銀を寄付いただきありがとうございます。」
「道に砂利をひいていただきありがとうございます。」
「あの融雪剤というやつにはほんとうに助かりました。」
肝煎や村人は口々に三郎に礼をのべ、あいさつした。
「今日はどんな御用で?」
「麦刈りの件でお願いがあってまいりました。」
三郎が丁寧に頭を下げると、肝煎は興味深そうに続きを促した。
「寺の麦刈りに村の方々の手をお借りしたいのです。もちろん、大工並みの賃金をお支払いします。」
「ほう、大工並みとはまたずいぶん気前のいい話ですね。」
「それだけではありません。ぜひ、多くの方々に寺の新しい麦栽培の成果を見ていただきたいのです。今年の収穫量は、反(約1000平方メートル)あたり1石(約150kg)を優に超える見込みです」
「な、なんと!」
肝煎は目を見開き、周囲の村人たちもざわめいた。この当時普通の畑では、せいぜい半石(約75kg)ほどしか収穫できない。それが1石以上とは、とんでもない豊作である。
「そんなすごい麦なら、ぜひ村のみんなにも見せてやりたい。喜んで手伝わせてもらおう!」
肝煎が力強くうなずくと、周囲の村人たちも賛同の声を上げた。
「麦はお上に二割しかとられないから、一石もとれたら、ずいぶん暮らしが楽になるな。」
「米は五割とられるし、残りは売って金にしなけりゃならんから、腹いっぱいは食えないがな。」
「ああ、麦はいい。」
この時代、農民にとって米作りは過酷なものだった。収穫した米の半分は年貢として藩に納めねばならず、さらに立派な水路を整えたり、手間のかかる除草作業に追われたりと、労力ばかりがかかる。苦労して育てても、手元に残るのはほんのわずか。それでは、やりがいを感じるどころではなかった。
だが、麦は違った。米と違って年貢の対象ではなく、「小物成」と呼ばれる税金を二割納めるだけで済む。そのため、農民たちにとっては圧倒的に魅力的な作物だった。
しかし、藩としてはそう簡単にはいかない。彼らが欲しいのは、江戸や大阪で売って金になる米だった。そのため、「今年は麦を作らず、米を作れ」といったお触れが出ることもあった。幸い、今年はそのお触れは出ていない。三郎たちをはじめ、多くの鉱山が藩にたくさんの金銀を上納しているので藩の財政に余裕があるのだろう。
農民たちは、本当は麦を作りたかったのだ。だが、冷害に弱い米ばかりを作らされたことで飢饉が起こり、村中の人々が飢えに苦しみ、命を落とした年もあった。もしあの時、麦を作ることが許されていたなら、子どもが、親が、兄弟が助かったかもしれない。そう思いながら生きてきた村人たちにとって、麦が二倍も収穫できるというのは、ただの豊作以上の意味を持っていた。それは、失われた命への悔しさを乗り越え、未来への希望を手にすることでもあったのだ。
そして麦刈りの日、寺の麦畑には大勢の村人が集まっていた。みんな、どんな麦が育っているのかと興味津々の様子だ。
「おい、見ろよ! なんだこの麦の穂の大きさは!」
「俺たちの畑の麦と全然違うぞ!」
驚きの声が次々と上がる。村人たちの目の前には、ずっしりと実った大きな麦の穂が広がっていた。
「これが……寺の麦か……」
肝煎も感嘆の声を漏らす。
「この麦は、肥料と消毒と手入れを工夫することで、よりよく育つようにしたのです」
三郎が説明すると、村人たちはさらに驚いた表情を見せた。
さらにミツが元気よく言う。
「みなさ~ん!寺では来年の麦栽培の作業を請け負いますよ。肥料をまき、畑を耕し、種をまき、消毒もします。」
農家が口々に話し出す。
「おお、それはすごい!」
「いや、しかし、作業代金が高いんじゃないか?」
ミツはにっこり笑って続けた。
「安心してください!代金は収穫できた麦が一石を上回ったらその分だけを収穫後にいただきます。希望する方はぜひご相談ください!」
次々と手が上がり、村人たちの間に喜びの声が広がった。
「うちの畑でもこんな麦がとれるなら、ぜひお願いしたい!」
「俺も頼む!」
「うちも頼みたい!」
ミツは満面の笑みで叫ぶ。
「よーし、みなさん!麦をしっかり刈り取りましょう!」
ミツの掛け声で、村人たちは意気揚々と麦刈りを始めた。大きく実った麦の穂を手に、誰もが笑顔だった。今年の豊作を祝いながら、村人たちと寺の絆はさらに深まっていった。
寺も村もどんどん豊かになります。




