第69夢 クリスタルガラスを作ろうの夢
鉱山のやっかいものの鉛の廃液を使って美しいクリスタルガラスをつくります。
冬の朝、雪に覆われた山道を踏みしめながら、三郎とミツは太陽炉のある場所へ向かっていた。空気は凍るように冷たいが、空は澄み渡り、太陽が山の端から顔を出している。寒さに頬を真っ赤にしたミツを横目に、三郎は「今日は絶好のガラス日和ですね」と笑った。
太陽炉は山の斜面に作られている。何枚もの鏡を並べて光を一点に集める仕組みだ。雪の反射も加わり、冬の太陽でも十分な熱を得られる。むしろ空気が澄んでいる冬のほうが、夏より高温を作りやすいと三郎は感じている。
今日の材料は、鉛の精錬で残った廃液を石灰で中和して作った素材と、山で採れた石英である。
寺ではなんでも有効に再利用しているが鉛の廃液だけは利用方法がなかった。これが成功すればすべて再利用できるようになる。
寺の裏山では、黒鉱という鉱石がとれる。黒鉱はこれまで質の低い銀鉱石と思われていた。しかしお坊さまの教えてくれた酸で精錬する方法のおかげで、金、銀、銅、鉛、亜鉛がたくさんとれるようになった。廃液も石灰で中和するなどの方法で融雪剤の塩化カルシウムや、硝酸や硝石の原料となる硝酸ナトリウムとして再利用できる。捨てるものはなにもない。
しかし、鉛をわずかに含む廃液だけは扱いに困っていた。この時代の技術で化粧品のおしろいや、絵の具の材料にすることは可能だ。
しかし、お坊さまから止められた。鉛には毒があるのだそうだ。歌舞伎役者が短命なのは鉛のおしろいを毎日使っているからだそうだ。恐ろしいことである。
お坊さまに相談したところ、鉛の廃液をビードロの材料として使うことを薦められた。鉛を混ぜるとビードロの輝きが増して、融点が下がり扱いやすくなるそうだ。クリスタルガラスと言うらしい。クリスタルガラスに溶け込んだ鉛はほとんど溶け出してこなくなるので安全になるという。
鉛を精錬したあとの廃液は有害だが、石灰できちんと中和してクリスタルガラスの材料にすれば立派な資源になる。三郎はすべてのものを無駄にしない。これもお坊さまから教わった知恵だ。
「さあ、火入れしましょう」と三郎が合図する。ミツとふたりで太陽炉の鏡を少しずつ調整していく。光が一点に集まり、炉の中がみるみるうちに白熱していく。石灰と石英と鉛の混合物が次第に溶けて、透き通る液体へと変わる。ミツは何度見てもこの瞬間に胸が躍る。まるで岩が溶けて宝石になるようだ。
(注 実際に太陽炉でガラスを作る実験をするときは、太陽炉を直視しないでください。)
しばらくして、炉の中に美しい液体が揺らめく。慎重にゆっくりと冷ましていく。普通のビードロよりも透明度が高く、どこか柔らかい光を放っている。「これは…ただのビードロじゃありませんね」三郎が目を細める。「これがクリスタルガラスですか。」とミツが言う。太陽炉から取り出したガラスを慎重に冷まし、次は砥石で形を整える。
「クリスタルガラスといえば、灰皿なんかどうでしょう、とお坊さまがおっしゃっていましたね」と三郎が言う。「灰皿ですか。せっかくこんなにきれいなんですから、何を作っても宝物になるでしょうけど、なぜ灰皿なんでしょうね」とミツが笑う。
二人はガラスの塊を砥石に押し当て、少しずつ削っていく。透明なガラスの表面が滑らかになり、縁には美しい光の輪が現れる。削るほどに輝きが増していく。「雪の中の氷の虹みたいですね」とミツが呟く。「氷のようでもあるし、光そのものが固まったようでもありますね。」と三郎が感嘆する。
やがて灰皿の形に仕上がると、二人は並んで眺めた。透明で、光を集めては七色に輝く。三郎がそっと指でふれると、まるで音まで澄んでいるような気がした。
昭和の人、宮沢賢治の意識を受け継ぐミヤザワケンジ2.0は、クリスタルガラスといえば灰皿と考えたようです。昭和のミステリードラマでは鈍器といえば、クリスタルガラスの灰皿でした。




