第38夢 手鏡の贈り物の夢
三郎はミツに何かを贈ろうとしているようです。
道ができたら、次は実験小屋の建設だ。三郎は市場で買って運んできた木材を組み、簡素ながら頑丈な小屋を建てた。屋根には板を張り草を拭き、作業台も用意した。となりには馬小屋も用意した。
「これで、ようやく実験が始められるな。」
三郎は満足そうに小屋を見上げる。
ミツはあくり用の飼葉桶を運びながら微笑んだ。
「三郎さま、まずは何を試しましょう?」
「そうですね。やっぱり、最初は平らなビードロで鏡を作りますよ。大きな太陽炉に必要ですからね。」
こうして、二人の秘密の沢での実験が始まったのだった。
川のせせらぎが静かに響き、鳥のさえずりが爽やかにこだまする。ここなら、誰の目を気にすることもなく、心ゆくまで実験に打ち込める。
三郎は慎重に鉄鍋太陽炉を設置し、ミツとともに最初の実験に取りかかった。陽光を反射鏡で一点に集めると、炉の中の温度はぐんぐん上昇していく。始めに鉛を入れ、次にガラスの原料を入れると、あの日と同じように溶けた鉛の上にガラスが広がっていった。
「……きれい……」
ミツがつぶやいた。透明で、歪みのない、美しい平らなビードロができあがっていた。
ミツが馬のあくりの世話でその場を離れると三郎は鏡づくりを始めた。
「できたぞ。」
美しい平らなビードロの鏡ができた。
次に銀を太陽炉で溶かして鋳型に流し込む。花の模様のついた手鏡の枠ができた。平らなビードロの鏡を枠にはめて、枠の爪をヤットコで曲げて鏡を枠に固定する。
ミツが馬のあくりの世話から帰ってきた。
三郎は少しそわそわしながら、ミツに手鏡を差し出した。先ほど作ったばかりの、花の飾りのついた手鏡だ。
「ミツさん。」
呼びかけながらも、いざとなると照れくさくて目を合わせられない。
「えっ、なんですか?」
ミツは作業をしていた手を止め、三郎の方を振り向いた。
三郎は一度、息を飲み込んでから、意を決して手鏡を差し出した。
「これ、受け取ってください。」
「え?」
ミツは驚いて恐る恐る手鏡を受け取った。
三郎は照れ臭そうに頭をかいた。
「いつもいろいろ手伝ってくれてるし、道づくりも大変だったでしょう?馬のあくりの世話も本当にありがとう。 その、お礼みたいなもんですよ。素人の手作りで申し訳ないですけど。」
ミツは一瞬、呆然と鏡を見つめ、それから大きな瞳に涙が溜まっていった。
「……こんなに綺麗な鏡、見たことありません……!」
ぽろり、と涙が一粒、手のひらの鏡の上に落ちる。
「ミツさん、泣かないでください!」
慌てる三郎をよそに、ミツは涙を拭うことも忘れて鏡をじっと見つめ続ける。
「こんな素敵なものをいただけるなんて……本当に嬉しいです。わたし、自分の鏡をもつなんてはじめてです。」
泣き笑いの表情で、ミツは鏡を胸に抱いた。
三郎は少し頬を赤らめながら、小さくうなずく。
銀の縁取りが施され、平らなビードロの表面には彼女自身の顔がはっきりと映っていた。
「……これ、私の顔?」
ミツは驚きに目を見開いた。歪みのない鏡で自分の姿を見るのは初めてだった。髪の乱れまでくっきりと見える。思わず頬をそっとなでてみると、鏡の中の自分も同じ動きをした。
「すごい……」
三郎は照れくさそうに笑った。
「ミツさんが喜ぶと思って作ったんです。」
ミツは顔を上げ、三郎をまっすぐに見た。
「ありがとう、三郎さま。」
その笑顔を見た三郎は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
こうして、二人の秘密の沢での実験が本格的に始まった。鋼鉄、銀、銅、亜鉛、鉛の製造とそれらの金属に混じった金の抽出、平らな板ガラスの鏡づくり、鏡を使った大きな太陽炉づくり、やることは山のようにある。
お坊さまの言うように、技術を広めるときがくるまでは慎重に。
この小さな沢で生まれたものが、世の中にほんとうのさいわいをもたらすのだ。ふたりの理想は高い。
ふたりは次はどんな実験に取り組むのでしょうか。




