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第32夢 男女のすれ違いが産む板ガラスの夢

ギクシャクするミツと三郎。

しかし、そのすれ違いが、大発明を産み出します。

昼の陽光が寺の庭を明るく照らす中、ミツと三郎は静かに握り飯を食べていた。いつもの質素ながらも美味しい握り飯。


しかし、その場にはいつもと違うどこかぎこちない空気が漂っていた。


「三郎さま、午後の御予定はお決まりでしょうか?」


ミツがそう尋ねた声は、どこかかしこまっていて、必要以上に丁寧だった。その言葉づかいが、三郎の胸に違和感を生む。


「え、ああ…午後も肥やし小屋の作業を進めようかと…。その…ミツさんは?」


「わたくしは、寺の掃除や馬小屋の整頓をさせていただきます。それから、あくりの世話もございます。」


三郎への好意を抱きながらも、自分には釣り合わないという思い込みが、ミツの言葉を過剰に丁寧なものにしていた。


ミツの表情は穏やかだが、どこか距離を感じさせるような微笑みだった。その様子に、三郎は心がざわつく。


(なんでこんなに他人行儀なんだ?昨日はもっと自然に話してくれたのに…。嫌われたのか?やはり硝石を作っていることを怒っているのか?)

(早く銀の精錬実験を成功させて、早く全てを打ち明けなくては!)

三郎はひどく焦った。


三郎の誤解である。ミツは硝石が何かすら知らない。


一方で、ミツも心の中で葛藤していた。


(わたしなんかが三郎さまと対等に話すなんて、おこがましいこと。下働きとしてこの寺にいるんだから、それにふさわしい態度を取らなくちゃ。)

(三郎さまが肥やし小屋にこもるのは、なれなれしいわたしに愛想がつきたからだわ。)


ミツの誤解である。むしろ三郎はミツに嫌われたくない一心で肥やし小屋にこもり実験に没頭しているのだ。


昼食を終えた後、三郎はまた肥やし小屋での作業に向かった。馬糞や枯れ草を混ぜ、丁寧に積み上げた堆肥がしっかりと発酵を始めている。その独特な臭いと湯気が、作業の進捗を物語っていた。


しかし、三郎の心はどこか落ち着かない。


三郎がこの小屋で作っているのは、ただの堆肥ではない。硝石、つまり硝酸カリウムだ。寺の裏山から採れる銀鉱石を精錬するために必要な材料であり、お坊さまの計画の一端を担う重要な作業だった。


「でも、これをミツさんが知ったらどう思うだろう…?黒色火薬の原料を作っているって思われるかもしれない。」


三郎は手を止め、ため息をついた。


一方、その頃のミツは、寺の掃除の途中で、ふと肥やし小屋の方へ視線を向けていた。


(あの肥やし、気になる…。でも、お坊さまと三郎さまが作っている特別なものなんだもの。わたしなんかが口出しするべきじゃない。)


そう考えると、また胸が締め付けられるような気持ちになった。


(わたしができるのは、せいぜい三郎さまが快適に作業できるように掃除をすることくらい…。)


ミツは少し寂しげな顔をして、寺の掃除に戻った。


昼の明るい光が射し込む中、寺の庭に三郎がしかけた太陽炉が目に入った。るつぼの中には鉛の鉱石が入れられ、太陽炉の高熱でじわじわと溶け始め太陽の光を反射している。


しかし、ミツにはその光がビードロを作っているように見えた。いつもの注意深いミツなら、ありえない見間違いである。


三郎も悪い。いつもなら、どの太陽炉はなんの材料を入れて何を作っているかミツに話すはずだ。


ミツは蔵に行くとビードロの原料を持ってきた。


三郎さまの下働きとして生きていくのだ。それしかわたしには道はないのだ。三郎さまのお嫁さんになることはあきらめるのだ。ぐるぐるとそんなことを考えていたミツは間違えてしまった。


すでに鉛の鉱石が入っている太陽炉にビードロの原料を上から入れてしまった。ミツは気づかずに寺の掃除に戻っていった。


太陽炉の熱でるつぼの中の鉛が完全に溶け、下の容器に流れ込んでいった。そして、その上から溶けたビードロの原料が流れ出し、鉛の表面で薄く広がっていく。


鉛がビードロよりも重いため、ビードロは鉛の上に浮かび、表面張力で自然と平らに伸びていった。


さらに、鉛の余熱がビードロの冷却をゆっくりと進め、気泡やひび割れのない滑らかな板ビードロができた。


すなわち現代人が見慣れた板ガラスが形成されていった。ふたりの知らないところで。


ミツが再び太陽炉の前に戻ってきた。そこには、思いもよらない光景が広がっていた。


「…なに、これ?きれい。」


太陽炉のるつぼの下の容器には、鉛の塊が沈み、その上には見たこともないほど透き通って薄く平らなビードロが輝いていた。


しばらく美しいビードロに見とれていたミツだが、たいへんなことに気がついた。


「ああ!しまった。鉛を作っている太陽炉にビードロの原料を入れてしまったんだわ。」


わたしは下働きもできない、愚かな女だ。三郎さまに謝ってこよう。


小さな失敗が産んだ大きな発明だが、それには気づかず、ミツは板のように平らで透明なビードロと鉛の塊を手にもつと、足どり重く肥やし小屋に向かって歩き出した。

思わぬ失敗から、画期的な板ガラスを発明したミツ。

肥やし小屋でも、大発明が待っています。


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