第30夢 馬糞がもうもうと湯気をあげ、硝石が三日に一度とれる夢
馬糞堆肥を積み上げて、硝石づくりに取り組む三郎。
うまく硝石はとれるのでしょうか。
三郎はお坊さまから教えられたとおり、馬糞やいろいろな材料を積んで、堆肥をつくる準備を整えた。
翌日、肥やし小屋からは湯気が立ち上り、独特の刺激臭が漂い始めた。
「この臭い…。よく発酵している証拠だな。」
三郎はそうつぶやくと、お坊さまから教わったとおり、馬糞の山に土と枯れ草をふんわりとかぶせた。三郎はもちろんそのくわしい理由は知らないが、アンモニアが外に逃げるのを防ぎつつ、発酵が続くようにしたのだ。
二日目、堆肥を切り返し積み直すと、またもうもうと湯気が上がる。また土と枯れ草をかけて待つ。
三日目、堆肥の温度が下がると硝石ができはじめているはずだ。日本伝統の硝石抽出方法の古土法と同じようにお湯で堆肥から硝石を抽出する。
「とれた硝石は、堆肥の重さの三厘(0.3%)か縁の下の土よりずいぶん少ないな。本当にこれでいいのかな。」
首をかしげる三郎。
しかし、あることに気づく。
伝統的な古土法では、縁の下の土から五分(5%)も硝石がとれるが、20年に1回しかとれない。
お坊さまの新しい方法では、馬糞堆肥から三厘(0.3%)しか硝石がとれないが、3日でまたとれるという。
一回で取れる硝石は少ないが、とれる回数が圧倒的に多い。とれる量を計算すると…。三郎は懐からソロバンを取り出してはじいた。約150倍じゃないか。
ミヤザワケンジ2.0の生前の人格宮沢賢治は文学者として有名だが、現在の国立大学法人岩手大学農学部で農芸化学や土壌肥料学を研究した科学者でもあった。
肥料工場の社長がじきじきに頭を下げて入社してくださいと頼んだので、肥料工場のトップエンジニア、トップセールスマンとして活躍し、ひとりの業績で会社の経営を立て直したこともある。その過労で倒れて宮沢賢治は命を縮めた。
近世の日本の古土法では20年に1回、近世ヨーロッパの硝丘法でも1年に1回しか硝石がとれない。これは実は土や糞の硝石が5%になるまで待ってから硝石を抽出するためである、ということをミヤザワケンジ2.0は知っていた。
硝石を生産する細菌にとって硝石は実は排せつ物である。人間が排せつ物にまみれて働きたくないのと同様に、硝石濃度が0.3%を超えると細菌の働く効率が極端に下がる。
短期間で硝石を取り出してやれば細菌の能率がケタ違いにあがる。きれいなオフィス、きれいな工場のほうが人間がやる気が出るのと似ている。ミヤザワケンジ2.0はこの知識を応用して三郎に教えたのである。
三郎は半信半疑で実験を続けた。
硝石をお湯で抽出して残った堆肥を、堆肥の山に戻し、新しい馬糞と尿を混ぜてかき混ぜると、またもうもうと湯気を上げて発酵した。三日後、また三厘(0.3%)の硝石がとれた。
三郎は、太陽炉で鋼鉄をつくったときと同じように、顔が青ざめ、脚がガクガクと震えた。
このままいけば、一年あたり今までの方法の150倍の硝石がとれる。
日本には木炭と硫黄は豊富にある。硫黄はオランダに輸出しているくらい豊富だ。硝石だけが少ないため日本では黒色火薬は貴重なのだ。硝石を金銀とひきかえにオランダから輸入しているくらいだ。オランダには縁の下の土はないかもしれないが牛や馬が多いんだろう。
しかし、この方法で今までの150倍の硝石がとれれば、つまり日本で150倍の黒色火薬が作れてしまう。いや、今まで肥やしに使っていた馬糞牛糞を硝石づくりにまわせばもっと多くの何千倍何万倍の黒色火薬がつくれるだろう。
この技がバレたら戦いの世の中がきてしまう。鋼鉄の刀が安くなるどころではない。武士も公家も町人も農民もばくち打ちも追い剥ぎも盗っ人も、だれもが鋼鉄の鉄砲と大砲を持ち、黒色火薬の量を気にせず打ち合う、戦乱の世の中になる。
そうだ、それにミツさんに嫌われる…。
肥やし小屋の前で、三郎は呆然と立ち尽くしていた。
最近、様子のおかしい三郎を、心配しながらミツが馬小屋の片隅から見ていた。
実験は大成功!
しかし世の中への影響を考えると、震える三郎。
戦乱の世の中にせず、技術を平和に役立てることはできるのか?
ミツと三郎の関係はどうなってしまうのか?




