第115話 カネとカタナの夢
日本人傭兵も、オランダ兵も集まって大宴会です。
サムライや日本人傭兵、オランダ兵は大尉の到着を待ちかねていた。
樽に板を渡し、帆布を被せた即席テーブルには泡盛や紹興酒など交易で手に入れたアジア各地の銘酒のカメが並んでいた。
いつのまに捕まえたのか、豚を丸焼きにしている兵までいた。
大尉が立ち上がると全員が起立し注目する。
「諸君の奮闘のおかげで敵部隊に勝利し、敵泊地の地図を手に入れた。今、艦隊が敵の泊地への砲撃に向かっている。艦隊は必ずや敵を撃破してくれるだろう。今日はオランダの栄光と、日本人勇士の武勲を祝いたい。」
大尉はオランダ語と上手な日本語であいさつした。
「カンパイ!プロースト!」
大尉が杯をかかげた。
「乾杯!」
「プロースト!」
「カンパイ!」
無数の声が夜の浜辺に響いた。波音と虫の声が一瞬だけかき消され、次いで歓声と笑いが浜辺を満たす。
大尉が杯を掲げると、サムライもその横で静かに一礼し、盃を傾けた。オランダ兵たちも日本人傭兵たちも、いつしか互いの肩をたたき、酒を注ぎ合い、笑顔を交わしていた。
帆布のテーブルには、銘酒のカメのほか、干しアワビの薄削りや、ニシンの塩漬け、イカの塩辛、そして焼きたての豚肉が並んでいた。
オランダ兵が持ち込んだニシンの塩漬けを、日本人傭兵が箸でつまみ、うまい、これは酒がすすむ、と顔をほころばせる。
逆に、日本人作ったイカの塩辛を、オランダ兵がスプーンで口に運び「これはいける!」と笑う。
「シオカラ、ウマイ、ウマイ!」と、金髪の水兵が指を立てると、傍らの傭兵が「酒が進むぞ」と返し、二人は豪快に笑い合った。
大尉は部下たちに一通り声をかけ褒めてあるいた。その後、少し離れた焚き火のそばに腰を下ろし、杯をゆっくりと傾けた。
頭上には無数の星が瞬き、戦場にいることを忘れそうになる。彼の目は海の向こうを見つめていた。
サムライが「大尉どの、一献いかがですかな」と泡盛を入れたツボを持ってやってくる。
大尉は笑顔で言う。
「おお、そなたの技、見事だった。あのイギリスの将校、鎖カタビラを着こんでいたが…まるで紙のように、斬り伏せたな。」
サムライは、やや照れたように、ゆっくりと目を伏せる。
「密林の戦闘で重い鎖帷子など着ておるから奴は逃げ遅れた…それだけのこと」
「そなたが将校を倒した瞬間、イギリス兵の顔つきが変わった。あれで彼らは戦意を失い逃げたのだ。まさに勝敗を分けた一撃だ。大手柄だ。」
焚き火のはぜる音に紛れて、サムライの低い声が返る。
「拙者は……戦うほか能のない者にござる。かつて仕えていた主君を失い、流れ者となり、今は異国に身を置いて戦うばかり」
「だが、その剣が今日、多くの味方の命を救った。おまえがいたから勝てたのだ。」
サムライは黙していたが、やがてわずかに口元を緩めた。
「遠い異国の地で、そう言っていただけるとは、ありがたいことでござる」
杯の酒を飲み干し、二人はしばし無言で焚き火を見つめた。その炎は、今日の戦の激しさと、それでもなお分かち合える平穏の夜を、静かに映し出していた。
焚き火のはぜる音が夜の帳に静かに響く中、大尉は酒杯を傾け、ふうと一息ついた。
「提督閣下やサムライ殿には申し訳ないが。私はな、剣や砲よりも、やはりカネで勝ちたいという気持ちがあるのだ。」
隣であぐらをかいていたサムライが、ふっと笑った。
「さすがは大尉どの。優秀な商人にして指揮官。拙者のようなただの武人とは、見ている世界が違いますな」
「戦は確かに必要な時もあるが、被害も多いし、時間もかかる。だがカネはどうだ。イギリス兵とて、もともと海賊だ。戦よりも金貨のほうが好きな連中だ。懐を満たしてやれば、平気で味方を売る。大砲を打つより金貨を一袋投げたほうが、よほど手早く敵を崩せるのだ。」
「ほう」
「イギリスの奴らから十倍の金でスパイスを買い占めたとしても、オランダ本国に運べば六十倍の値がつく。なにも六百倍のもうけにこだわる必要はない。」
「なるほど、その手もありますな。」
「そもそも、現地の王国からスパイスを十倍の値で買ってもいい。砲一門も撃たずにイギリスに勝てる。カネの戦さだ。」
「なるほど我のごとき武人には思いもよらぬ策。だが、確かに理に適っておりますな。金貨の剣にて、敵を斬る。さすがでござるな」
「その代わり、財布の守りは固くせねばならんがな」
大尉が冗談めかして言うと、二人の間に小さな笑いが広がり、焚き火の影が揺れた。
「拙者、かつて戦国の世に北条早雲公が伊豆を攻めし折、敵方の将を金銀にて懐柔し、血を流さずして勝ちを得た話を聞いたことがござる。」
「ホージョーソーウン、そんな武将もいたのか。」
「また、毛利元就公も、剛勇にて知られながらも、敵の中に間者を放ち、敵の家臣を買収し調略、戦わずしてカネで城を落としたそうでござる。」
大尉は目を見張った。
「オオ!モウリ公は聞いたことがある。ナガト地方の有名なダイミョウだな。それは興味深い。失礼ながら、てっきり、日本は剣と名誉に偏る国と思っていたが、そのような知将もおられたか。」
サムライは静かに笑った。
大尉はさらに思いがけないことを言う。
「いっそのこと、イギリスをまるごとオランダが買ってはどうかと思っている。どうせイギリスは海賊の国だ。カネを積めば売ろうという奴もいるだろう。」
サムライはそれを聞いて大笑いし始めた。
大尉は、この静かな男もこんなに笑うことがあるのか、と少し驚いた。
「ははは、これはすごい!かの大英帝国をまるごと買い取るとおっしゃるか。ははは、これは愉快。」
「そんなにおかしいかな。」
「いやいや、それがし、大尉どのの、壮大な知恵に感じ入った。大英帝国をみごと買い取ったあかつきには、ぜひ、拙者を従者としてロンドンの都にお連れ願いたい。」
と頭を下げた。
大尉は杯を掲げて応じた。
「まあ、まずは目の前の戦に勝たねばならぬ。いつかはカネの力で血をながさずに勝利をおさめるとしてもな。」
空を見上げる大尉の顔に、焚き火の光が揺れていた。
「うむ。されば……もう一杯」
盃が交わされる音が重なり、笑い声がまた浜辺に広がった。ジャングルの奥に残る敵のことも、次なる戦のことも、今は忘れて。
戦地の一夜、月明かりと焚き火の下で、異国の兵士たちが共に杯を傾けた。それは、南洋の島に刻まれた小さな平和の瞬間だった。
そのとき、ドンドンと遠くから艦砲の音がしばらく続いたあと、島の反対側で猛烈な火柱が上がるのが見え、遅れて爆音が響いた。
兵たちは、少しあっけにとられていたが、大尉が「味方艦隊の大勝利だ!」と叫ぶと、みんな歓声をあげて喜ぶのだった。
オランダ艦隊がイギリスの泊地を壊滅させたようです。




