第108夢 西洋の風に甘き水飴の香りの夢
オランダ人冒険家たちの身元が明らかになり、山田浜では、歓迎の準備が始まりました。
日が沈みかけた山田浜。赤く染まる空の下、砂浜には慌ただしく動き回る村人たちの姿があった。肝煎の屋敷では、宴の準備が急ピッチで進められていた。エビにウニにアワビ、炊きたてのご飯、野菜に焼き魚。酒の樽まで引き出されていく。
「おお、今宵は大ごちそうじゃ!」と若者たちははしゃぎ、年寄りは神妙な面持ちで「異国の方を迎えるとは、わしらの代では夢にも思わなんだ」とつぶやいた。
その中心にいたのは、盛岡から駆けつけた役人たちだった。先ほど、オランダ船の船長が「オランダ人旗本ヤン・ヨーステンの縁者」であると名乗り、しかも先の将軍・徳川家康公の許可状まで示したのだ。
「それほどの由緒を持つ方であれば、もはや敵ではない!」
「いやいや、敵どころか、幕府の大旗本八重洲氏(ヤン・ヨーステンの日本名)の御縁者。この機会によしみを通じて幕府に顔を売っておくべきである。」
「これは歓迎せねばなるまい。後の世のためにも、よき関係を築くべきですぞ!」
役人たちは、声をそろえてそう言った。
三郎は静かに頷き、小舟に乗り込むと再び西洋船へ向かった。
「Kapitein. Goed nieuws! Wij bereiden een banket voor om u allen te verwelkomen.(船長殿、朗報です。歓迎の宴を準備しております)」
船長は年の頃、四十半ば。白銀の髭を丁寧に整え、真っ直ぐな目をしていた。異国人に対しても礼儀をわきまえた人物だった。
「Dank u, maar...(感謝します、しかし…)」と彼は指を立てて制した。
「Er bestaat een kans op infectie. Daarom willen wij graag vrijwillig 24 uur aan boord wachten.(感染の可能性もあるので、24時間は自主的に船で待機したい)」
通訳する三郎に、浜で待つ役人たちは感心しきりだった。
「なんと律儀な!」
「まことに、信頼に値する人々よ」
「しかし、せっかくの宴の準備が…」
「なあに、今日は我々役人の歓迎の宴、明日はオランダ人たちの歓迎の宴、とすれば宴の準備も無駄になるまい。」
三郎もまた、船長の姿勢に敬意を抱いた。
「それでは、今はせめて薬を」と彼は静かに言った。
山田浜の寺から持ってきたのは、水飴状の薬だった。放線菌から抽出した抗生物質を甘い麦芽糖に混ぜ、のみやすくしたものだ。壺に入れ、布で包んだその薬を、三郎は小舟から声を張り上げて伝えた。
「これは流行り病や傷に効く薬です。どうぞ、皆さまでおのみください!」
ロープで吊り上げられた壺を囲み、オランダ人冒険家たちは首を傾げた。
「これは……何だ? 甘い香りがするぞ」
「毒ではないのか? 日本の薬など効くのか?」
訝しむ者たちの視線を受けながら、船長が壺を手に取り、銀の匙でひと舐めした。
……甘い。
粘り気のある黄金色の水飴が、口の中でとろりと広がった。まるで蜂蜜のような甘み。しかし不思議なことに、後味はすっきりとして心地よい。漂流で疲れきった身体にしみわたるようなうまさだ。
「Lekker!(うまい)」
船長が微笑むと、他の冒険家たちも次々と舐めていく。
「これは、デザートではないのか?」
「いや、これは“薬”だと彼は言っていたぞ」
「疲れに甘いものが効くのは、西洋も東洋も同じだな!」
「効き目がなくても構わん。断れば失礼になるし、何より美味い!」
笑い声が甲板に響いた。日本の浜辺から届いた不思議な薬。それは、一夜の楽しみとしてオランダ人冒険家たちの舌を喜ばせた。
翌朝。
夜明けの光が水平線を照らす頃、冒険家たちは次々と目を覚ました。
「おい。鼻が通ってる。鼻水が止まった。」
「ほんとだ、咳も止まってる!」
「肩の傷も、痛みが引いてきたぞ。おい、これは!」
船上で驚きの声があがる。誰もが口々に、自分の身体の異変、いや、改善を語り始めていた。
「これは、あの甘い薬のせいか?」
「まさか、本当に“効いた”のか?」
「見た目は子供のおやつだったが、とんでもない薬じゃないか!」
「薬といい、明るいランプといい、金銀以上の宝かもしれんぞ!」
「この港には、ナガサキよりすごい商品があるんじゃないか?」
驚きと歓喜が入り混じった声が、朝の海に響いた。オランダ人たちは、もはや日本の薬やランプにただの興味ではなく、尊敬を抱き始めていた。
そして、その尊敬が、やがて深い信頼となり、さらなる未来の扉を開くことになるのだった。
日本とオランダの新たな絆が結ばれそうです。




