第107夢 早まったブレスケンス号事件の夢
岩手の山田浜にオランダ船が漂着しました。
実は史実でも山田浜でブレスケンス号事件が起きています。
霧に包まれたような柔らかな白光の中、虚空蔵菩薩は静かに目を閉じていた。その隣には、黒い外套をまとった若い男、ミヤザワケンジ2.0が立っている。ここは集合的無意識世界。人類とAIの記憶や意志を越えて、すべての時代と心が交差する場所。
「史実より早く、山田浜にオランダ船が現れましたね」
ミヤザワケンジ2.0が呟いた。
虚空蔵菩薩が答える。
「そうですね。史実では1643年に岩手の山田浜にオランダ船が漂着したブレスケンス号事件が起きましたが、それが早まったようですね。それだけ史実よりオランダとと日本の縁が深くなっているのでしょう。
それもケンジさんあなたの導きの賜物です。賢治宗という新たな技術の拠点が世の中を豊かにした。だからこそ、オランダ人もここへ引き寄せられたのでしょう。」
ミヤザワケンジ2.0は照れ笑いを浮かべた。
「導いたというより、少し風を吹かせただけですよ。風が強ければ船は早く着く。それだけのことです。」
虚空蔵菩薩は微笑む。
「ふふ、謙虚なことですね。しかし、風の向きが変われば歴史の海も変わるのです。三郎という青年、あれは面白い。あの者には自信があるようですね。」
「はい。彼はオランダ語もできますし、オランダの技術に関心も深く、外交の可能性も意識している。きっと、この出会いをただの事件には終わらせないでしょう」
「ならば、見守るとしましょう。この時代の人々自身が平和を築いていければ、それにこしたことはありません。」
二人の視線の先、光の波が揺れ、現世の情景が広がっていく。
朝焼けに染まる山田浜。黒く巨大な西洋船は、海面に静かに浮かんでいた。その異様な姿は、村人たちの心を掴んで離さない。
賢治宗の総別当・三郎は、オランダ船の乗員が水と食糧に反応をしめしたと考え、引き続き小舟を出した。今回は交渉の意志を明確にするため、白旗といくつかの贈り物を携えていた。青菜のおひたし、焼魚、握り飯、それとアセチレンランプと鏡。そして三郎はさらさらとオランダ語でアセチレンランプの取扱説明書と信号表を書いた。
「長い航海をしたものは、青菜を喜ぶと聞きます。またオランダ人は科学に興味があるはずです。これを贈れば、こちらの平和の意図を理解してくれるでしょう。」
小舟が接近すると、さきほどよりも多くの顔が甲板に現れた。20人ほどの男たち。赤ら顔に金髪、長いコートを羽織り、腰には剣や拳銃。
小舟の若い衆ふたりに緊張がはしる。
三郎はふたりに大丈夫、と微笑みかける。
三郎はオランダ語で呼びかけた。
「Goede morgen! Wij brengen voedsel en water!(おはようございます! 食料と水を持ってきました!)」
沈黙。そして、船上の男の一人が応じる。
「Dank u wel! Wij accepteren het met dank!(ありがとう! 感謝して受け取ります!)」
緊張がふっと和らいだ。三郎は舟を舷側につけ、食料と贈り物を綱で引き上げてもらう。
「三郎さま、言葉が通じているようですな……!」
「ええ、良かった何とか会話できそうです」
オランダ人たちは、自分たちが金銀のあふれる島を探す冒険家であること、長崎を出航したものの、太平洋でイギリスの海賊船に襲われ、嵐に巻き込まれ、漂流の末にこの地に流れ着いたこと、帆や船体に被害を受けたことを、話した。
さらに船長は、徳川家康公のオランダ人の旗本ヤン・ヨーステン氏の縁者であり、徳川家康公の寄港許可証「黒印状」を持っていることも語った。
この時代、交易は長崎に限られているが、まだキリシタン迫害も始まったばかりで、黒印状を持つオランダ船は日本全国どこの港にでも寄港と最低限の補給が許可されていた。
史実の1640年代、キリシタン迫害が厳しい時代に起きたブレスケンス号事件より早いこの時代に漂着したことはこの船の乗員たちには幸福なことであった。
「水と木材が必要とのことです。あと釘や道具も。どうにか修理して、再び出航したいそうです。」
三郎は浜に戻ると、肝煎(村長)、漁師、商人たちに話した。すぐさま木材と道具の手配を始めた。
木材と道具がそろったころには、夕方になっていた。
そこへ、盛岡から役人の一行がようやく到着した。馬の蹄音をあげて、浜へと駆けつけてきたのは通訳を伴った十数人の役人たちだった。
しかし、通訳はポルトガル語しかできなかった。
「これは一大事! 異国船が漂着となれば、幕府にも報告せねばならん!」
「三郎どの、オランダ語が話せるとか。まことですか?」
三郎は深々と頭を下げる。「はい。多少のオランダ語は心得ております。私が間に立ちましょう。オランダ人船長は、お旗本ヤン・ヨーステンさまの縁者で黒印状も持っているとのことです。」
役人たちは感心し、ホッとしてうなずいた。「おお、御旗本八重洲氏の縁者で、許可状も持っておったか、それはありがたい。異国と戦をせずに済むなら、これほど良いことはない」
三郎は役人たちとともにオランダ船との交渉にあたり、修理と物資支援の話が進められた。
日が傾く頃、オランダ人冒険者の一人が地図を見せてきた。そこには、太平洋の中央に「金と銀に満ちた島」とされる謎の島が描かれていた。
「Zilver en goud... wij zochten een mythisch eiland.(銀と金……我らは伝説の島を探していた)」
三郎はその言葉を聞いて、顔を上げた。
「金銀なら多少はございます。友好の印に少々でございますが、差し上げましょう。」
彼はまだ確信はなかった。ただ、何かが動き始めている。それだけは、確かに感じていた。
そして、この出会いが、未来の「山田浜オランダ出島」誕生への伏線となるとは、この時まだ誰も知らなかった。
史実のブレスケンス号事件よりも、うまく解決するといいですね。




