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第106夢 黒い船、山田浜に現る、の夢

岩手、南部藩の港町、山田浜で大事件です!

南部藩の太平洋に面した港町、山田浜。

もともと美味しい魚がたくさんとれてよく知られた町だったが、賢治宗が山田浜から花巻と盛岡につながる道路を整備したため、江戸、大阪、長崎との千石船の航路も通じて、ますます繁栄していた。


いつもは賑やかな山田浜だが、今日は嵐に見舞われひっそりとしていた。千石船や漁船は帆を下ろし堅くくくりつけられ強い風に揺れていた。


強い風の吹く夜の港を若い漁師がふたり歩いていた。漁船の見回りだ。異常なし。安心して、帰ろうとしたとき。


「おい、あれを見ろ!」


ひとりがその指さす先、暗い海に、巨大な黒い影が浮かんでいた。波間に横たわる異様な船影。それは、これまでこの海に生きてきた漁師たちが一度も見たことのない、異国の船だった。


「千石船より、でけぇ……」


「いや、あれは……鬼の船じゃ……」


波の彼方に、マストが突き刺さるように立ち、朽ちた帆が風に揺れている。船体は焦げ茶に黒ずみ、ところどころに穴が開いていた。


嵐の夜に、なぜこの港に迷い込んだのか。それとも、この地に何かを求めて来たのか。真相はまだわからない。


山田浜の肝煎(村長)は、事態の重大さを悟り、すぐに代官所へ走った。代官は盛岡に馬を走らせた。


「これは藩全体を揺るがす事件やもしれん。早う盛岡へ知らせねば!」


その頃、山田浜の裏手にある小高い丘に建つ賢治宗の寺では、異変に気づいた見張りの職人が、火を灯す。アセチレンランプのまばゆい炎が瞬き、隣の寺に向けて鏡で光を送る。まるで星々が瞬くような信号のリレーが、山あいの各地を駆け抜けていく。


――山田浜に異国の大船、座礁す。


その知らせは、わずか一時間で賢治宗総本山のある花巻へと届いた。


「嵐に流されて、来たのかもしれません」


報を受け取った総別当・三郎は、鏡の光に顔を照らされながら静かに呟いた。彼の傍らには、同じく報を受けたミツがいる。


「三郎さま、お気をつけて!」


「行ってきます。」


三郎はすぐさま出立の支度を弟子たちに命じ、馬に跨った。花巻から山田浜までは山を越えねばならない。だが、賢治宗の各寺に配置された駅馬網がそれを可能にしていた。


夜のうちに最初の馬で十里(約40km)を駆け抜け、途中の寺で馬を交代。二番目の馬でさらに十里(約40km)を走る。寺で馬を乗り換えながら、山道を駆け、遠野の町を抜け、さらに山道を風を裂いて進む三郎の衣は、いつのまにか夜露に濡れ、月明かりに銀糸のように輝いていた。


やがて、まだ朝日が山を越える前の刻。三郎は山田浜の寺に到着した。


出迎えた山田浜の寺の職人が驚きの声をあげる。


「三郎さま、おんみずから、こ、こんなに早く!」


「あなたがたのすばやいお報せのおかげです。どうもありがとう。せっかくのお報せを活かさねば、賢治宗の名が廃ります。」


三郎はそう言い、すぐさま浜へと向かった。夜が明ける頃には、村人が百人近く集まり、浜の近くの沖に座礁した黒い船を遠巻きに見つめていた。巨大なマスト、朽ちた帆、異様な金属の輝き。それは村人にとって「異世界」の象徴だった。


「中に……何がいるんだ?」


「人か? それとも……鬼か、化け物か……」


船からは未だ、誰一人出てこなかった。


「誰も……様子を見には?」


「こ、怖くて近づけねぇよ……」


三郎は磯の香りに混じって、焦げた木材の臭いを感じた。たぶん、火薬も積んでいる。どこの船と海戦をしたのか。


父の残していたオランダの本でかつて見たことのある設計の船だ。町の人々は大船だと驚いているが、あれはオランダでは比較的小型の遠距離航海用ヨットだ。


マストが高いから大きく見えているが、千石船をひとまわり大きくした程度の大きさだ。長さは百尺(約30m)を少し上回る程度か。乗組員は15人から20人だろう。交易船でも、海賊船でも、まして軍船でもなさそうだ。


むしろ海賊船に襲われて自衛のために海戦になったのかもしれない。外国が攻めてきたわけではなさそうだ。大丈夫、そんなに悪いことにはならないだろう。


「舟を用意してください。漕ぎ手は寺の若い者をお願いします。私も乗ります。」


「さ、三郎さまご自身が!?」


「ポルトガル船は最近少なくなっています。オランダ船の可能性が高いでしょう。私はオランダ語が少し話せますから、役に立つかもしれません。」


「ありがたいことです。よろしくお願いします。」


肝煎(村長)、漁師たち、商人たち、山田浜の寺の者たちは頭を下げた。


舟が海に出る。小舟が大船に向かっていく姿は、まるで蟻が龍に挑むかのようだった。村人たちが固唾を呑んで見守る中、三郎の乗る小舟は、巨大な異国船へと向かっていった。


舟が近づく。マストの陰から、ちらりと顔をのぞかせた者がいた。海の男らしい浅黒い肌だが髪は金髪、異国の装束を身にまとった、まさに「海の彼方の民」。


三郎は声を張った。


「Hallo! Zijn jullie Nederlanders!?(こんにちは! あなたたちはオランダ人ですか?)Is er een tekort aan water of voedsel?(水や食糧は不足していませんか?)」


その瞬間、船上にどよめきが走った。


応答はなかったが、確かに聞き取られたという手応えがあった。


そして、波の上で三郎は確信した。


まごころがあれば、必ずことは良い方向に動くのだ。


史実でもあった山田浜オランダ船漂着事件が、この世界でも起きました!

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