二百回目:違う始まり。
「ふぅ……二百回目か……」
見飽きた光景、見飽きた時間に俺は目が覚める。だけどもうこの時間しか日常を実感できないから見飽きた中にも名残惜しさを感じる。
今日は世界の秩序が崩壊する日。俺はいつも死ねばこの日の朝、目覚めた時に戻ってくる。
死に戻りとは違ってステータスと道具を引き継いで戻ってくる『強くてニューゲーム』を持っている。
一回目の時は『強くてニューゲーム』を持っていたからもしかしたら主人公なんじゃね? と人並みにワクワクしていたけど俺は自他共に認めるモブだ。
そんな強いスキルを持っていたとしても元が雑魚だからどうにもならない。それを一回目のエリアボスの時に思い知らされた。
まあそもそも俺は主人公ではないと自分で感じている。何もかも普通で俺をモブだと言わずして何だと言える。
ほとんどの回で主要人物たちに覚えられていないくらいだからな。でもなぜか少しずつ主要人物、特にヒロインたちと話すことが増えてきた。俺が相手を知っているからか?
まあどうでもいいけど。考えるだけ勘違いするだけだ。
「今回はどこまで生きていられるか……」
199回目の時は五回目のエリアボスに殺された。あのまま行けば俺は生き延びていただろうがヒロインが死にそうだったから庇って死んだ。
俺は何回も繰り返せるけどヒロインが死ねば主人公の精神にも影響するかもしれないからな。198回も死んでいるんだからもう何とも思わない。
「おはよう」
「あらおはよう」
一階に降りれば母がリビングにいた。
幸いにも母は世界が変わっても生き残り続ける。父もだ。
身内が死の運命にあるのなら俺は繰り返しそれを変えようとするだろうからそうじゃなくて良かった。そんなことをしても俺はモブなのだからできやしない。
母との会話を何度もしているからすべて覚えているが平和を実感させられるから嫌にはならない。
「行ってきます」
「えぇ、行ってらっしゃい」
この日は世界が終わる日。ここからは行動を起こさないといけないと嫌でも分からされている。
最初はモブだからしなくてもいいかと思っていたけどこれが大間違い。少しずつ強くてニューゲームを重ねれば重ねるほど生き残れる日数が増えて行った。
だからこそまず一番大事なのは食料だ。これを買わないことには生存率が上がらない。
俺の部屋にある金目の物をすべて持ってきているからこれを売ってから食料と水を買う。こんな金目の物があっても世界が終ってからは無価値だ。
高校の制服で来たけどすぐに着替えて高校生には見えない格好にする。
これを百回以上と繰り返しているから慣れたものだ。
「これくらいか……」
怪しまれないようにある程度買ったらまた別のスーパーに向かうというのを繰り返して十分な食料と水を買うことができた。
それに食料や水以外にも調理器具やらガスコンロ、電池など買うことで万全にすることができた。
だが今の俺は手ぶらでその大量の荷物はどうなっているのか。それは俺の強くてニューゲームの付属効果が関係してくる。
強くてニューゲームはステータスと道具をニューゲームの時に引き継がれる。ステータスと経験値はそのまま反映されるが道具はどうなるか。
それはゲームのような道具が入る異空間があってそれで引き継がれる。その異空間は二回目以降ずっと俺は使用できてそれに今買ったものを詰め込んでいる。
今のところ限界は来ていない。まあ食料や水はその回を生き残るだけでなくなるから前回までの食料や水はあまりない。
もう俺の金は底をついたが金なんて無価値になるんだからどうでもいいことだ。ほぼ万引きに近いけど。
今の時間は十二時三十五分。世界が終わるまで残り二十五分。
俺の199回の経験から一番いた方がいい場所は俺の通っている高校だ。そこには主人公のようなクラスメイトとヒロインたちがいる。
実際、たぶん一番ステータスが高いのは主人公くんだ。
たぶん百回くらいまで繰り返してもステータスは主人公くんが高かったはず。まあ主人公くんが強いというのもあるが俺がモブらしく弱いんだ。魔法は覚えてなくてスキルもあまり持ってないし。
俺のステータスがオールSになっても主人公くんのステータスはFくらいでレベル10行かないくらいで達成する。だから俺はどれだけ強くなろうとしても強さの上限が止まっている。
前回でオールSになったからこれ以上強くなれない。それでこんなクソゲーを繰り返すわけだ。笑えて来る。
他の人に頼ろうにもこんなモブが何か言ったところで何も変わらない。それは何度もやって諦めた。
「ふぅ……ステータス」
『南時雨
Lv:1
HP:G
MP:G
STR:G
VIT:G
AGI:G
DEX:G
INT:G
RES:G
LUK:G
魔法
スキル
強くてニューゲーム/死感/デッドストロング/器用貧乏/暗殺/ショートスリーパー/実物変化』
「ん……? 弱くなってる……?」
ふとステータスを確認したところ初回に見た時と同じステータスになっていた。前回のステータスはLv52のオールSだった。
それなのに一番最初のステータスになっている。……いや、ステータスは下がっていないはずだ。今俺が買い物をしていた時前回と同じ感覚だった。
……このステータスは元のステータスが蓄積された状態なのか。つまり成長の余地があるということか。それならまだこのクソゲーに希望が見えてきた。
これが何回も繰り返したら主人公くんみたいなステータスになるのだろうか。途方もない話だ。
「ヤバ……!」
ステータスのことで頭がいっぱいになっていたがもう少しで十三時になる。すぐにでも学校に行かないと終わりが始まってしまう。
「間に、合わないか……!」
学校は見えたけど敷地内には入ることができなかった。ステータスの件がなければいつもは間に合っていた。
日本時間十三時ピッタシに世界は書き換わる。
最初に書き換わるのは俺以外の世界の生き物たち。体が再構築される感覚を受けステータスが手に入る。
次に書き換わるのは地球。各地にダンジョンが出現する。
最後に書き換わるのは法則。魔力が満ちている場所であれば魔力の塊であるモンスターが形成される。
これが世界に起こっている。ダンジョンは常に魔力を吐き出しダンジョンに近いほど多くのモンスターが出現する。もちろんダンジョンの中はモンスターだらけ。
『あなたは救世主です。そんなあなたには魔法かスキルを授けます』
「……おいおいおい、これはまずいぞ……!」
この目の前に出てきた文章自体は知らない。だけど主人公くんがこれでスキルを手に入れたとコッソリと聞いたことがある。
主人公くんはスキルを手に入れた状態で開始しているのが今回はスキルがない。主人公が取得したスキルは『ロードセンス』。別の能力かと思うくらいの感覚を手にするチート能力。
高いステータスに加えてこのスキルがあったから主人公くんはずっと生き残れていた。だがそれがない。
「……なら、ホントにまずいぞ!」
主人公くんの最初の試練は教室に出てくるエリアボス。最初は何度もそのボスに殺されていた俺。
動こうとしても動くことはできず選択画面が目の前に広がっていた。
「……これ、次回からも俺が手に入るんだよな……」
最悪だ。一番やってはいけないことをしてしまった。これから俺は主人公くんに頼る戦いができなくなる。
だけどもうこうなってしまったのは仕方がない。主人公くんを引き立てつつ戦うしかない。
選択画面の中で俺は魔法を見る。今まで魔力が無駄に残っているのが少しだけ嫌だったから魔法を覚えたいと思った。
俺がロードセンスを手に入れたところで所詮はモブだから宝の持ち腐れになってしまう。
強い魔法だと俺の魔力は所詮低いから何度も撃てないし目立つ。適度に使いやすい魔法にしつつ詠唱が短くて主人公くんを引き立てれる魔法。そんな魔法あるんですか。
「ッ! ヤバッ!」
俺のクラスである2Bから大きな音が聞こえてくる。あいつが出てきたんだ。
くそっ、時間が止まっていてくれよ! 俺は凡人なんだからそんなすぐに見つけられないんだから! よくあの一瞬でロードセンスを選んだな主人公くん。さすがだ。
焦れば焦るほどどれにしていいのか分からなくなる。所詮二百回繰り返しても主人公にはなれない俺。
今回はダメだと思えない俺の弱さが原因だ。世界は俺のためにあるのではないのだから全力で生き抜く必要がある。どの世界も無駄にはできない。
「ッ! これだ!」
ようやく思い通りの魔法を見つけたことですぐさま選んで動けるようになったことでステータスを全開にして走り始める。
今は昼休み中だから学校のいたるところから混乱の声が聞こえてくる。チラホラとモンスターの声も聞こえてくるが今はあれが一番相手にしないといけない。
開いている教室の扉からコッソリと中を見れば全身鎧の黒い騎士が剣を振るっていた。
あれがここのエリアボス『亡霊騎士』。教室の中では亡霊騎士の剣によって絶命しているクラスメイトが十人以上いた。
それに相対しているのは黒髪に眼鏡をかけている一見根暗に見えるが眼鏡をはずせばイケメンな主人公くん、龍木大悟。
ロードセンスがないからこのアホみたいに強い亡霊騎士の攻撃を完全に避けきれていないが致命傷にはなっていない。
俺はすぐにさっき取得した魔法を使って亡霊騎士にバレない程度に軽く影を巻き付ける。
俺がさっき取得した魔法は『影の御手』という影を操る魔法。大層に御手と書いているが消費MPはAだったからこれにした。
亡霊騎士に軽く巻き付いている影は今は亡霊騎士に何ら効果はない。でもいざという時にすぐに拘束できるようにした。
これが上手くいくかは分からないがやるしかない。アホみたいに強いから希望は薄いけど。
何でエリアボスは全員がアホみたいに強いんだよ。俺の死因は大体がエリアボスだ。
それから主人公くん以外にも戦おうとしている生徒たちにも攻撃を受けないように気を付けないと。ほとんどがヒロインズだ。
まあ気を付けるも何も俺はそんな実力を有していない。ハッキリ言おう、俺一人ではこの亡霊騎士には勝てない。二百回繰り返しても無理だ。
だからそんな器用なことができるのかって話だ。できなければ詰むだけか。
主人公くんが亡霊騎士の攻撃が避けきれなくなった時は俺の影で縛って動きを一瞬だけとめて主人公くんを手助けする。
前に出ている主人公くん以外の生徒も危なくなれば生徒を影で引っ張り避けさせる。
それから主人公くんが攻撃しようとした時には亡霊騎士の動きを止めて攻撃を当てさせる。
今の主人公くんのステータスだけでは絶対に亡霊騎士は倒せない。だけど主人公くんの攻撃が当たればどうとでもなる。だからロードセンスとの組み合わせは強かった。
俺が知っている主人公くんのスキルは二つ。『すべての攻撃が弱点になる』というスキルと『弱点に当てればダメージが何倍にもなる』というスキルの二つだ。
ただ当たらなければ意味がない。近距離以外のスタイルをしない主人公くんだから究極の近距離戦闘スタイルになっている。
そこを補っていたロードセンスに代わって俺がそれをサポートする。それが今俺ができる精一杯のことだ。
だけどアホみたいに強い亡霊騎士は数度攻撃を受けても倒すには至らない。レベルどれくらいあるんだよ。五回目のエリアボスの時の主人公くんなら勝てるかなくらいだぞ。
「ッ!? ヤバッ!」
さすがはエリアボス。いい感じに勝てそうになっていたところで俺の存在に気が付いて俺に斬撃を飛ばしてきたから回避した。
何度も死ぬことで獲得した死を予感するスキルの『死感』がなければ死んでいた。
避けれたけどもう俺は姿が見えてしまった。今まで隠れていたのは目立ちたくないとかそういう理由ではない。
その方が主人公くんのサポートをしやすいと思ったからだ。でも隠れなくても問題はない。
俺に攻撃を仕掛けようとしている亡霊騎士に影の御手を全開にして動きを封じ込め、そこを主人公くんが拳を叩きこんで俺に近寄って来た。
「さっきから亡霊騎士の動きを止めていたのはお前か」
「そうだよ。キミに合わせる」
主人公くんは頷いた。
こういうすぐに理解してくれるところは俺的にはありがたい。
俺は亡霊騎士の動きを制限するために影の御手を広げる。この影の御手は影だから範囲が広くなればなるほど薄くなる。薄くなれば力が弱まる。
だからこの教室全体に広げるのは良くないと理解した。
亡霊騎士に向け影の御手を仕掛けるがバレているから触れさせてくれない。でも動きを制限するだけで主人公くんが察してくれる。
後ろにいる人たちにも気を配っていないといけない。ふぅ、モブの俺には荷が重い。
「下がっていて」
「あ、あぁ」
亡霊騎士の攻撃を受けてかすり傷だけの女の子にそう言う。
長い黒髪に凛々しい雰囲気の武闘派な女子生徒、千虎涼子は少し下がったが……どうしてそんなにまじまじと俺のことを見てくるんだ。
いや今はそんなことは気にしない。
亡霊騎士は邪魔な影を斬ろうとするが影はしょせん影。斬ってもまた復活するから意味がない。
この魔法いいな。さっきの亡霊騎士を縛っていた時少しの間は振りほどかれなかったし魔力消費を気にしなくていいし。こんな強い魔法があってもいいんですか。
俺の影の御手と主人公くんの拳が噛み合っていい感じだ。もう数発も見舞えば亡霊騎士は倒せるだろう。
俺は亡霊騎士の攻撃パターンを何度も見ているから影を上手く操作できているが、どうして主人公くんはそんな俺に合わせれているんだ? ロードセンスもないのに。いや考えるな。
だがここで終わるはずがない亡霊騎士は死の予感を教室全体に振りまいた。
「全体攻撃! 頭を下げて!」
教室全体、さらに胴体に予感が走る。これは横一閃の斬撃だ!
くそっ、死の予感は俺しか感じられないしそれに周りは反応できない。まだ俺のスキルが分かっていれば良かったがそうではない。心の準備ができていない。
だから俺と主人公くん以外の間に合わない生徒たちを影の御手で無理やり地面にくっつける。
俺と主人公くんもすぐにしゃがみ、頭上を亡霊騎士の斬撃が通った。幸い距離は短いようで教室の外には及んでいない。
外から死は感じていない、そう思った瞬間に俺から死の予感がした。すぐにその場から飛びのけば亡霊騎士が俺がいた場所を斬っていた。
少し距離をとろうとしたがそれはできなかった。
亡霊騎士が次に狙っているのが千虎だったからだ。
さすがは知能がある人型だ。厄介な相手を殺せるのなら殺そうとする。しっかりと周りが見えている。獣ならこうはいかないから獣の方が相手がしやすい。
俺が影で座らせた状態から立ち上がれていない。しかも立ち上がろうとしているからスキルが発動しない。
くそっ、ホントに人型は嫌いだ!
すぐに千虎を影で無理やり吹き飛ばしたが直後剣の軌道を俺に変えてきた。
……あぁ、これは詰みだ。主人公くんも間に合わない。それなら最後のあがきだ。
亡霊騎士の剣が座っている俺の脇から体に入り込んでくる。だが今が一番影の力を最大限発揮できる状態にある。
剣が入り込んで少ししたところで剣は止まる。まあもう肺にまで到達しているから致命傷なんだけどね。
影の御手を亡霊騎士を縛り付けることだけに集中する。
「今!」
今言える最大限の二文字を放ったことで主人公くんはそれを察して亡霊騎士に殴りかかる。
亡霊騎士はその場から動こうとしても俺がそれを逃がさない。火事場のバカ力舐めんな。
その間にも主人公くんが殴り続け渾身の一撃が入ったところで亡霊騎士は霧となって消えた。その場には魔石と亡霊騎士が持っていた剣と似ている剣が落ちて。
剣も消えたことで俺の体には異物がなくなり俺はその場に倒れ込む。
……あぁ、一回目のエリアボスはもう何度でも超えられると思っていたのにな……一からか。
「ねぇ、ねぇ! 目を開けてくれ! 敵は倒したんだ! それなのに……!」
千虎の悲しそうな声が聞こえてくる。
だがおかしい……最初に千虎を庇って死んだ時は『敵は取る。だからすまない、ありがとう』と言われた。こんなに感情を露わにしていないはず……。
あー、もう意識がなくなる。また……考えないとな……。