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この世界は魔素に満ちているらしい~出会い・岡桃県~

作者: グーグー

太郎の出身地の方言《岡桃弁》が、たまに作中に出てきます。

読み飛ばす、解読する、雰囲気で流すなど、お好みでどうぞ。

解読したい方は、類似言語の岡山弁、広島弁を検索してみてください。

 ***太郎***


 岡桃県 笠兜市生まれ、里椿町育ち。

 小さな町だ。高校までこの町に住んでいたのは、

 平凡な僕、緑山太郎。


 首都、東央の大学にいって、方言のプレッシャーに押し潰され、半分引きこもりで実家に帰りたいとばかり思っていた。

 だが、両親は関西の大梅に転勤で引っ越してしまった。誰も住んでいない家はアッサリと売りにだされてしまった。実家の近所には、おばあちゃんの家があるけど、そこに転がり込む勇気はない。


 仕方ないと、東央で仕事につく。中規模の部品工場の事務方。

 ニッチな部品で、海外とも取引があるそこそこ儲かっている会社だ。キラキラした人は、営業や開発の部門に存在している。僕はそういう所には縁がないが、もともと引きこもり気質なので問題ない。


 数年間経つと仕事に慣れたが、なにかと面倒をみてくれた、姉御肌のデキル先輩は、やりたい事が見つかったと辞めていった。虚しい。


 いかん。ネガティブの沼にはまってしまう。週末だし、帰り道のコンビニで、奮発してお高いハイボール缶を買おう。気分を浮上させたい。


 そして、コンビニを出て、数メートル歩くと、電柱の灯りが瞬いた。なんだ?と思ったら、魔王みたいな人が現れた。黒髪ロン毛、ロックな感じの全身黒い服。バンドの人かな?真っ黒コスチュームだから闇に紛れてたのかな?

 急に現れたみたいに見えて怖いよ。


「ここはどこだ?」

 え?怪しい人だったーーー。外国人か?走って逃げる?

 でも追いかけられるのも怖い。

「大和国、東央都、港塔区です!」と答えて早足で去る。

 追いかけてくる。マジで!?

 終わったーーー。


「すまないが、ひとつ、教えてくれ!ここの魔素は自由に使っていいのだろうか!?」


「・・・ちょっとよく分からないです。他あたってください!」

 走って逃げた。



 ***マックス***


 俺はマキシマス・レイドン。

 少し前までは希代の大魔法使いと尊敬されていた。


 少し前までは、だ。

 魔法を使うには大気中の魔素を使う。なのになぜか、魔素は急激に減少していった。日常に使うあらゆるものに魔素を使用するのに、今後はどうやって暮らして行けばいいのか。

 朝起きて、カーテンを開ける、扉を開ける、これは自力でも出来た。

 だが、水は川へ行くのか?火はどうやって付ける?皿はどこから生み出す?椅子は、テーブルは?魔法なしでどうやって生活するんだ?


 それでも魔素量が復活するのに一縷の望みをかけながら、みな涙ぐましい節約を重ねている。節約、すなわち『手』でなんとかしようと試みているのだ。

 こんな状況だ、大魔法なんて使う機会はない。となればただの一般人だ。

 この俺が!!!


 そんな時、怪しい光に包まれた俺は、見知らぬ世界に飛ばされていた。

 しかも、重く感じるほどの濃密な魔素のある世界だ。


「ここはどこだ?」つぶやくと答えが返ってきた。


「大和国、東央都、港塔区です!」

 答えた男は足早に去っていこうとする。状況を確認したい。


「すまないが、ひとつ、教えてくれ!ここの魔素は自由に使っていいのだろうか!?」


「・・・ちょっとよく分からないです。他あたってください!」

 走って逃げられた。


 分からないと言っていた。だが、使ってはいけないとは言われなかった。

 そもそもこれだけの量の、魔素があるんだ。

 節約節約と目を光らせている者はいないだろう。


 去って行った男の後ろに追跡魔法をかけて。家に着くのを待つ。

 等間隔に明かりがついていて良い街だ。

 なぜここに居るのかは分からないが、不安はない。

 これだけ魔素があれば俺は無敵だからだ。

 天才大魔法使いマキシマス様をお荷物扱いした、あの世界とはおさらばだ!



 ***太郎***


 怖かった。変な人もいるもんだ。チラッとみた顔は大和人ぽくなかった。

 外国の人かな?とりあえず、ハイボール缶を冷蔵庫に入れて、シャワーをしよう。


 そして、シャワーからでると、目を疑う光景が。

 《なんで、どうして?いや、まず逃げにゃ~いけん!スマホはテーブルの上じゃ!どうしょぉ~!》パニックになっていると、


「まあ座れ。と、声をかけられた」さっき会った黒い男が、床の上で靴のまま片膝立てて座っている。王様感がある。モブキャラの僕とは違う人種だ。

 他人の家でのこの態度。マジか。

「あの~。どうやってここへ?」いきなり暴力をふるったりは、しそうにないので話しかけてみた。

「追跡魔法で追いかけてきただけだが?」魔法?ダメだ。やっぱり通報案件か?

「鍵は?」

「カギ?それは何だ?」

「扉が勝手に開けられない様にロックしてあったはずですが・・」

「ああ!その鍵か。開けと思って魔法を使ったら開いたので、よくわからなかった。壊していたらすまんな」


 急いで玄関へ確認にいく、普通に解錠されていて壊れた様子はない。よかった。

「それであの、僕になんのご用でしょう?」

「俺はどうやら界渡りをしたようだ。この世界は魔素が豊富だ。ここに住んでも良いと思っている」

 う~ん、頭痛がする。帰ってもらいたい。

「ここに住むとは、この世界に住むってことですか?それとも、僕のこの部屋に住むってことですか?」

「このような狭い部屋に住むなんて思ってもない。どこかに館を建てるつもりだ」

 う~ん、勝手に建てたら土地所有者と揉めるんだろうな。異世界人って警察はどう扱うんだろう?とりあえず警察に連れて行く?

 異世界人はまず登録が必要です、とか言えばついて来てくれそうかな?


 ということで、僕たちは最寄りの交番ではなく、ちょっと歩くが警察署に行った。なんとなく、こっちの方が追い返されにくい気がしたから。


 受付で、名を名乗り、かくかくしかじか話をした。もちろん僕たちは明らかに不審者だろう。

 だが僕は被害者だ、警察に頼っていいはずだ!

 そして、人の好さそうなおじさんが出てきて対応してくれる。警察官なのかな?制服を着ていない。クレーム処理とかのスペシャリストだろうか?夜遅くにすみません。


「魔法ねぇ。ちょっとおじさん、信じられないなぁ」と言われる。

「僕もそうなんですが、この人がそう言うので。僕もう帰っていいですか?」

「いやいや、君、ちょっと待って」と言われたところで、

【ビュオーン】と小さな竜巻が机の上に現れる。

「これで信じられたか?」と男が笑う。


 その後はおじさんは、どこかに連絡すると言って、部屋を出て行った。

 ・・・。

 そして、かなり待たされた後、パトカーに乗せられてどこかに連れていかれた。未確認生物研究所とかって存在してたりする???一般市民無力なり。


 そして、よくわからない建物の応接室に通される。

 眼鏡に髭の格好いい30代くらいのカリスマ美容師っぽい人が出てきて、名刺を渡される。名前と連絡先しか書いてない。ガチで怪しい名刺だ。秘密の部署なんだな。きっと。


「まあ、お座りください。山田慎一と申します。このような事例が海外で2件ほどありましてね。大和国も万一に備えてマニュアルは作成してあったのですが、ぶっちゃけ使うとは誰も思ってなくて、驚いています。

 え~っと君は緑山さんでしたね。このことはご内密に願います。なんでかって聞かないでね。偉い人が決めたんで」と笑った。良かった。いい人そうだ。


「そして、あなたが、マキシマス・レイドンさん。職業は?」

「レイドン家は代々西方の地を任されている」

「うん、えっと、貴族的な感じかな?どんな魔法が使えるのかな?」

「おおよそなんでも出来るが、健康の維持を目的に、移動で魔法を使うことは推奨されていなかったな。最も最近は魔素が枯渇していて、移動で使っているのを見られたら何を言われるか分かったものではなかったが」


「・・はぁ。そうですか。大変ですねぇ。なんでも出来る、の『なんでも』が聞きたいんですが」と山田さんが言うと、

【フワリ】と天井付近まで浮かされていた。

「うわぁぁぁぁ、下ろしてください!ゆっくりで!」と叫んでいる。


 その後、マキシマスさんに、不思議な飲み物を手渡され、食べ物を差し出されたが、正直食べたくなかった。違う世界のものを食べて体壊したら、誰が面倒みてくれるの?下手したら隔離病棟行きなんじゃないかな?山田さんと目があう。

「資料によると、異世界の食べ物は食べられるそうです」と言われる。

 じゃ、お先にどうぞ。そもそも、海外の2件の前例とマキシマスさんが、同じ世界から来たかどうか分からないのでは?


 一旦保留だな。飲み物を、テーブルに戻したタイミングが、山田さんとピッタリあった。気まずい笑顔のまま目が合う。気が合うかもしれない。


「それでは、異世界人だと確認が取れたということで、マニュアル通りにすすめます」

 その説明によると、なんと異世界人は国の保護下に入るらしい。税金生活おめでとう。ただ、緊急事態なんかが起こると協力依頼があるかもしれないって。確かに、災害救助なんかにはすっごく活躍しそうだ。

 が、前例がある割にはそんなニュースは聞いたことがないので、お偉いさまご用達の極秘案件にしか出動依頼はないのかもしれない。あ、勝手に闇のドンとか想像しちゃった。僕がニュース見てないだけかもしれないのに、ごめんなさい。


 脳内でアホな想像をしていたら、大まかな説明が終わったようだ。

「ところで、ここの魔素は俺が独占して使っていいんだな?」

「報告が上がっているのは、現在世界で貴方一人ですからいいんじゃないですかねぇ。他にも魔素を使う異世界人が来たら、そのとき相談してください」

「分かった」


 今日はこのフロアの仮眠室で休んで、明日また話をしましょうとなった。

 無関係なのに帰してもらえないんだ!?知りすぎた僕、明日の朝日が拝めるのか不安。

 山田さんに、タオルやスウェットなどを渡される。マキシマスさんのほうを見ると手ぶらだ。

「あちらさんは魔法でするからいらないって」と説明される。なるほど。


 翌日、朝日は拝めたが、家には帰れなかった。小さな会議室みたいなところに通される。マキシマスさんは別の場所で説明を受けているらしい。

「おはようございます、って私、寝てませんけどね。緊急会議で」と山田さん。

 確かに、よれよれな感じがする。でも異世界人が来たら緊急会議もするよね。

 《あぁ、エスパーじゃのおても見える。本当に異世界人なのかと、お偉いさんに延々と聞かりょ~る山田さんの姿が!》お疲れ様です。


 そして僕、誓約書を書かされた。秘密を守りますってやつ。破ったら逮捕されちゃうんだよね。怖い。でも、二度と会わない人の事をペラペラしゃべるような友達もいないから大丈夫。

 あ、自分で言ってても、空しいな。あぁ。またネガティブな沼が……ハイボール缶、待っててね。

 サインをして、それじゃあ、と立ち上がったところで、山田さんが

「ご自宅までお送りします」と言ってくれた。そりゃあね、ここがどこかも分からないから当然なんだけど、チキンな僕は、

「ありがとうございます」と頭を下げた。


【ドッガ~~~~ン!】なんか爆発した。テロとか?

「山田さん、大変です!レ、レ、レイドンさんが、住む場所を提示したら、干渉されるのは気に入らないと壁を爆破して、とにかく来てください!」


 山田さんは走っていった。テンパって報告に来た女性は僕を見て、ひとり取り残すのはまずいと思ったのか、「とりあえず一緒に来てください」と言って走り出した。仕方なく僕も後を追う。

 《あとちょっとで帰れたのに、なにしてくりょんなあ、あのボケ!》


 昨日の応接室が、壁が無くなって、廊下から見えていた。

 そして、当の本人はソファーに悠々と座っていた。強心臓だ。

「マキシマスさん。干渉していると言っても、異世界のかたには連絡の取れるところに住んで欲しいという気持ち、分かっちゃくれませんかねぇ」

「分からんな」

「それでは、例えばですがね、どんなところに住みたいとかありますかねぇ?」

「広ければ広いほどよい。閑静で、干渉されず、煩わしくない。景色も必要だな。湖畔などがよいな」

「なるほど、分かりました」えぇ~。そんな物件あるのぉ~。

「元の世界にお帰りいただきましょう」

「なんだと!魔法が使えない世界と言っていたのに、界渡りの魔法が使えるというのか?」

「前例が2件しかなにので確定ではありませんが、試してみましょう」

「いや、まて、まて。先程そこの女が説明していた家でいいだろう」

「ご理解いただいてありがとうございます」

「妥協してやったんだ、界渡りの方法を聞かせてもらおうか?」マキシマスさんが、山田さんに詰め寄った。

 山田さんは、僕の方を振り返って、ウインクした。なんなの?

「実は、第一発見者の人が心の底から、帰れ!と念じると帰れるようなのですよ。緑山さんが第一発見者ですよね」

「確かに、初めて会ったのはそこの太郎だ」鋭い眼光を放ってくる。怖っ!


「異世界人には、第一発見者とその人が守りたい人は、決して害せないらしいですよ。念のため」

「害するなど、そんなこと考えてはいない!」

「それならよかったです。それでは後は、この酒井に任せますので、失礼します」山田さんは立ち上がると、僕に向かって、行きましょうと歩き出した。


「ちょっと待て。俺は、太郎と同居しよう。それでは、太郎一緒に帰ろう!」と強引に話が進んでいく。


 ちょっと待てはこっちだ。なんであんたと暮らさなきゃいけない訳?どんな罰ゲームだよ。

「私は別に構いませんけどね。緑山さん、どうですか?家賃が国持ちになりますよ」

 家賃が国持ち。なんていい響き。いやいやいや、それでこいつの面倒見るの?もっと貰わないと、絶対に割に合わない!

「いや、遠慮します~」

「それでは、元ご実家を買い上げる費用を差し上げるのでどうでしょう?地元で仕事が見つかるまでの就労支援金も差し上げます。勿論、毎月謝礼金もお支払いします。ぜひ引き取っていただきたい!」

「支援金、謝礼金、実家・・・!それって、僕の事調べまくってます?」

「当然です」ニヤリと山田さん、横を見ると酒井さんの口角も上がっている。

 実家に帰りたい、仕事をやめたい、先立つ金がない。全てお見通しか。国家権力半端ない!


 とはいえ、異世界人の面倒を見ることを即決する訳ないだろ!ペットじゃないんだから、『じゃ、今日からウチの子ね』とか、なんないから!

「非常に魅力的なお申し出ですが、今回はご縁がなかったということで」

「・・分かりました。それでは今度こそご自宅までお送りしましょう」


 車に乗って自宅へ到着、

「名刺、無くしていませんよね。何かあったらご連絡ください」

「は?はあ、何もないとは思いますけど、昨日一応スマホに登録したんで。それじゃ、失礼します」


 やっと解放された。なんとも不思議な出来事だった。このまま寝たら、起きたら夢でしたとかかな~?でも、土曜日だから洗濯と掃除と買い出しだ。

 ドアを開けて中に入ると、いた。くろいあいつが、いた。

 ゴキブリじゃないよ。

 《なんで、おるん?》断ったよね。そして、不法侵入だよ。また警察行くの?エンドレスループなの?


「なんでここに?」

「同居すると言っただろう」

 だね。確かに言ってたね。でも断ったよ。通じないか?通じないんだな。通じてたらここにいないんだから。

「お前が、この俺の、唯一の弱点だと言われただろう?放置しておくわけがない。弱みなど我が身の恥だ!」

「いや、あの、僕って自分で言うのもなんですが、全く害のない男なんですよ。だから本当に!放置で!大丈夫です」

「俺が大丈夫でないから、ここにいるんだ。これ以上の議論は無駄だ」といって、優雅にティータイムを始めてしまった。

 どこかから出てくるポット、カップ、クッキー。魔法か・・優雅なもんだ。


「いや、まて、土足厳禁だ。玄関で靴を脱いで来い!」

「おお、太郎、えらく言葉が乱暴になったな、それが素か?」

「マキシマスさん!いや、マックスだ!お前に使う丁寧語が行方不明になったんだよ!!!」


 家から飛び出した僕は、久しぶりに出した大声で、痛めた喉をさすりながら、スマホで山田さんを呼び出した。すると、本人が目の前に、スマホで喋りながら歩いてきた。

「もしも~し、そうなりますよねぇ」ねぇ、じゃなくて、引き取ってください。

「ウチにマックス来てます。どうにかしてください!」

「おぉ~、マックス呼びか。仲良くなったんだね」

「違います。長い名前も、さん付けも、嫌だ!!!ってなるくらいイラついているからです」

「まあまあ、どこかでお茶でもするかい?」

「お茶!ってそんな場合じゃないんです。家に来て引き取ってください。ウチで優雅にお茶しているあいつを!」


「いや~マキシマスさん、さっきぶりです」山田さんが玄関から挨拶した。

「おぉ山田か、狭いところだが寛ぐといい」

 いちいちムカつく《まじでなんなん?》

 マックスは、洗濯機をのぞき込んだり、掃除機に触ったりしている。

「お邪魔します。あ、マキシマスさん、靴脱がないと、ここで、こんな風に」

「なるほど、面倒なのだな。収納しておこう」というと、靴が消えた。もはやなんでもありだ。

「ここに住むの決定でいいですか?」

「ああ、構わん。だが、太郎の元実家を買ってくれるんだろう。そこの方が広いならそこに住もう」

「簡単に言うけど、異世界人、見張っておきたいんじゃなかったんですか?岡桃県遠いですよ!」

「距離は関係ないんですよ。マキシマスさん、異世界人ですから」

「その通りだ。『さっきの会議室へ』、ほら見ろ」

 空間に穴が開いて、朝いた応接室へ繋がった。

「すごいですよね~空間接続。私も、資料でしか見てなかったんです。今、あっちに行っても大丈夫ですか?」

「構わん」

 山田さんが靴下のまま穴をくぐった。酒井さんが壊れた壁の周りを掃除していて「うわぁ!!!びっくりした!山田さん!?」と驚いている。

 僕も目があったので、穴から手を振っておいた。

 山田さんが帰ってきて、「あ、ごめん靴下汚れちゃってる」と言うと、

『クリーン』の魔法。すごい万能だな。


「魔素が独占して使い放題だから、なんでも出来るな!」とマックスはご満悦だ。そこで僕は疑問がわいた。

「なんでも出来るっていうけど、ジャンジャン魔法を使ったらすぐに異世界人ってバレてしまうんじゃ・・?だとしたら僕の、秘密を暴露したら逮捕って意味分からなくないですか?」

「マキシマスさんにも地球人をやってもらいますよ。魔法は一般人には内緒です。各国の情報部には報告していますが、それも友好国だけです。戦争になっちゃいますからね」

 あ、すごく、物騒な話だった。聞かなかったことにしよう。


「緑山さん、真面目な話。大和国は、絶対に異世界人に傷をつけられない第一発見者である貴方が、身元引受人的な役割を担ってくれることを願っています。そして、その負担が大きいことを理解しています。ですから、金銭面でのサポートはさせていただきたいし、その他でも出来る限りの体制を約束します。どうかお願いします」といって山田さんは頭を下げた。


「分かりました。じゃあ、山田さんが担当でお願いします。実際に頼ったら、知らない人をたらい回しにされてうやむやとか嫌ですから」

 せめてもの抵抗をした。しょぼいけど。


「了解しました。あぁ~~~!!!良かった。どうやったら引き受けてもらえるか色々考えたんですよぉ。本当に良かった。では、私は家を買ってきます。緑山さんは退職届を出しておいてくださいね。次の職なんですけど、特にこれと言って働きたい場所がなければ、色々二人で旅行に行ってくれたりしませんか?空間接続って一度行った場所に繋げられるんですよ。

 非常事態にササっと現地入り、凄く便利!ぜひお願いしたいんです!それじゃ、二人でこれからのこと相談しててくださいね」

 早口でまくし立てて、ものすごいスピードで去って行った。あの人、仕事出来るんだろうなぁ。


「ええぇ~っと、じゃ、とりあえずこれからよろしく」

 僕はこの先数年分の感情を、既に使い果たした気分で挨拶した。

「ああ、よろしく。それで?退職届とはなんだ?」

 そうだ!退職届って、どうやって書くんだ?

「う~ん、僕も初めてだから分からないんだ。検索してみよう」


「なぜ辞めるのかって聞かれたら、とか色々書いてあるな~。うわ~、引き留められたら気まずいって書いてある。でも僕は何も言われないだろうなぁ。それはそれで悲しいかなぁ」

 ブツブツ言いながらスマホを検索していると、マックスも横からのぞき込んでくる。そういえば異世界転移のお約束、言葉が通じる!文字が読める!って凄いね。

「この文字って、漢字と平仮名に見えてて理解できるの?それとも元の世界の言語に変換されて見えてるの?」

「漢字と平仮名に見えて理解出来ているな。面白い。外国があると言っていたろう?言語は同じか?」

「全然違うよ。はい、これ、この間買ったモバイルバッテリーの説明書なんだけど、いろんな言語で書いてあるでしょう?全部読めるの?」

「いや、日本語は分かる。英語がところどころ分かるくらいだな」

「ところどころ?あ、もしかして、第一発見者の僕のせい?それだったら先に謝っておこうゴメン。僕は英語の出来がよろしくない人間です」

「この国に住むのに不便がなければ問題ない」

「良かった、じゃあ、もしかして、《さみーけーはよ~とをたてぇ》って通じる?」

「寒いから早く扉を閉めろ、だな」

「おぉ~、岡桃弁も完璧か。やっぱり僕の言語能力のコピーなのかも」

 面白い。このロックな魔王様のビジュアルで岡桃弁。最高だ。同郷人フィルターで、いい人に見える、不思議。


「知識や認識能力もコピーかなぁ?モバイルバッテリーて分かるんだろう?」

「そうだな。恐らく、洗濯機も掃除機も分かったし、認識は出来ている。ただ経験がないので自分の身についていない感じとでも言うのか。穴だらけの知識といおうか。何をする道具かは分かるが、どんな手触りかは分からないし、どんな音がするかもわからない。奇妙なものだ」

「僕の生活がコンパクトだからだ。ベースの知識が少なくてごめんだね」トホホ。

 でも、スマホが分かるなら、一台必要かな。ぶっちゃけこれがあれば知識は補完されるだろう。山田さんがもう手配してたりするかな?


 検索は終了。会社に行って就業規則を見ないとどうにもならないと結論した。

「今日は土曜日で、僕は洗濯、掃除、買い出しがルーティンなんだけど。マックスは洗濯って必要なさそうだよね」

「『クリーン』いいぞ、この家のもの全て綺麗にした。掃除と洗濯は終わったな、買い出しに行ってみようではないか!」

「えっと~、終わったって、洗濯機のなかの洗濯ものも綺麗になってるってこと?」

「そうだな。この空間の中にあるものが全てクリーンだ。お前も、お前の今着ている服も綺麗だぞ」

「お風呂入ったり、シャワーしたりしなくてもいいの?」

「風呂は寛ぐために入るが、洗うことはないな」

「凄いな。クリーンって毎日お願いしたら、負担になる?」

「負担?魔素があれば問題ない」

 ということで、毎朝お願いした。洗濯も掃除も、皿洗いもしなくていいって事だよね。すごくない?でも、生ゴミとかどこに行くんだろう?

「ゴミはどうなるの?」

「ゴミも綺麗になっているぞ?」

「不要物のゴミじゃなくて、例えば埃とかは何処へ行っちゃうの?」

「圧縮されて収納されているぞ」と言って小さい丸い塊を空間から出して渡された。空間収納、すごく羨ましい。


「ちょっと重いんだね。ごみの日に捨てに行くから、ごみ箱に入れておいてね」といって、塊をポイっと捨てて見せる。

「なるほど、魔素のない世界は不思議なシステムや決まりが沢山あるんだな。お前が俺の、魔素が枯渇しそうな世界に来ても生き残れそうだ」

「そうだね。たくましく生き残れそうだ」と言って二人で笑った。


「その収納の中に、子どものころからのゴミが全部固められて入っているの?」小さく固められているとはいえ、凄い量な気がして聞いてみた。

「そんなことはしない。クリーンは星の中央部に連結されていて燃やされるらしい。見たことはないから確かではないが。ここへ来て、連結が外れてしまったので、収納に連結したわけだ。捨てる場所があるなら良かった」

 確かに。ずっと入れておくのは嫌だよね。


「じゃ、買い出しに行こう。トイレに行ってくる」って出掛ける前の習慣でトイレに向かったけど、もよおさない。???もしかして?

「マックス!クリーンってトイレにも行かなくてよくなるの?」

「体の中も綺麗にしてあるぞ」

 うわ~凄い!でもトイレに必要な筋肉が衰えそうな気もする。

「体の中は・・・たまにでいいよ」

 今、僕、人類イチ綺麗な体だな。ククッ。なんだか、楽しくなってきた。

 あ!ゴミ箱の!僕の排せつ物も塊の一部だったのか?手で触っちゃったよ。

「ねえ!これって、え~っと、便とか尿とかも?」ゴミ箱を指さして説明を求めた。

「そうなるな。でもクリーンしているから綺麗だぞ?魔素が枯渇して便の処理を手で、となったときの衝撃はトラウマだからな。流石に皆、耐えきれず、便はクリーンしてもよくなって、他で魔素を節約しようと決まったんだ。この世界はクリーンがなくて、よく成り立っているものだ」

 トラウマか。大人になってから便に初めて会ったのなら衝撃は凄かっただろう。


「いろいろ驚くことがあって、なかなか出掛けられないな。今度こそ、出発だ!」

【ぶるるるるぶるるるる】あ、山田さんだ。

「もしもし」

「もしも~し、応接室と空間繋げられる~?」すぐに、接続。


「まいど~」とフランクにやって来る山田さん。

「家、買えたよ。明日、里椿町まで手続きに行って鍵をもらおう。十時東央駅中央口で待ち合わせね。それからマキシマスさん、はいこれ、スマホ、私の番号は登録済みです。緑山さんと同じ機種だから、使い方は教えてもらって。それじゃあ、あわただしくってゴメンね。また明日!」と言って手を振り去ってていく。

「さようなら~」といって振り返す。

「マックス。空間接続切っていいよ」

「手を振られたら、さようならで、切るだな。理解した」


「《台風みて~な人じゃ。スマホが同機種で手配されとるし、すげぇ~。今日は何べんすげぇ~いよぉ~るじゃろ~。すげぇ~の大安売りじゃ》」

 といつものクセで独り言をつぶやく。

「あ、いけない。僕、独り言多くて。直そうとしてるんだけど。なかなか」

「独り言はいけないことなのか?」

「いけなくはないけど、ブツブツ言ってたら驚かれるかも。最近はハンズフリーイヤホンで話す人が増えたから、カモフラージュできるけど。って、そんなことはいいよ。最低限の登録だけして、今度こそ、買い出しに行こう」


 マックスは、近所のスーパーで滅茶苦茶目立った。魔王の雰囲気のある外国人だからだ。都会でこれなら、田舎ではもっとだろうな。

 これは、明日の里椿町では浮きまくるな。明日山田さんと新幹線で設定を話し合おう。田舎の人はガッツリ話しかけてくるから、準備が大事。


 マックスも食べてみたいというので二人分の焼きそばの材料と鶏肉をパパっと選んでそそくさと退散した。

 昼ご飯を食べ損ねたのでちょっと早いが夕飯の支度を始める。鶏はパリパリのチキンソテー。焼きそばは豚とキャベツだけ。いつものメニューだが、人様に振る舞うとなると味気ない。でもこれから同居生活だ。見栄をはっても始まらないだろう。でもせっかくだから、お高いハイボール缶はマックスの分を追加で買ってあげた。


 それでは、まずは発泡酒で乾杯。

「うまい!」うまい、と言ってもらえた。なんか嬉しい。

「でもこれは安さで選んだヤツだから。美味しいビールは凄いから、今度はそれを飲みにいこうな!」なんか僕、甲斐甲斐しい?新たな自分を発見したか?

「焼きそばどうぞ、これは普通の味だけど」

「うまい!これが普通の味なのか!?」B級グルメ好きだったか?好評だ。


 さぁ、次はいよいよ待ちに待った、お高めのハイボール缶だぞ!

「これで、さっき飲んだ発泡酒5本分の値段だよ」ともったいぶって注いだ。

「チキンも美味しそうに焼けたし、改めてカンパーイ。いただきます」

「うまい!ここは食べ物も飲み物も旨い世界だな」

「ありがとう、マックスの世界では全て魔法で出すなら、スーパーもレストランもないの?」

「あるぞ、魔法が上手く使えないものは、真似て似たようなものを作っていたからな。魔素枯渇が深刻になると、ますます作る者が増えたしな」

「へぇ。魔法が先で料理が後なんだ。不思議」


 食後はスマホや通貨の説明をして、その後はダラダラとテレビを見た。

 テレビよりもネットに興味津々のようだったが。

 さあ、明日は駅に遅れずに行かなきゃいけないし。今日はすっごくくたびれたし、もう寝よう。

 居間のテーブルをどかして、魔法でベッドを作って寝てもらう。なんか、ふかふかの寝心地よさげなベッドが、ドーンと現れた。スペースがカツカツで、生活するにはありえないが、朝になったら収納してくれるらしいから、問題はない。

 それじゃ、お休み。


 そして翌日、東央駅は相変わらずの人混みだった。マックスは、知識はあるが、食べたことのないものばかりの土産物店で、あれも買おう、これも買おうがエンドレスだ。

 テレビで、来日した外国人が、『アニメで見たラーメンが食べてみたかったんです』とか言っているのと同じだな。

 駅の土産物店って、お財布に優しくないお値段なので、小さいサイズにしてもらった。それをいくつか購入。国から貰える負担金の額を聞いておけばよかったなんて考えてしまった。あまりお金の話をガツガツいくのは得意じゃないけど、食費が倍になるなら、家計は大打撃だからなぁ。どう切り出すべきか。


 山田さんと無事に合流。駅弁を買ってもらって車内で昼食だ。なんと個室だった。新幹線に個室ってあったんだ。知らなかった。


 マックスの設定は、二人で色々アイデアを出し合った。外国人の設定にしたら、外国語が喋れない。日本人の設定にしたって、知らないことが多すぎる。どうしたもんか。結局、日本生まれ日本育ちのハーフで日本語しか話せない、事故で記憶喪失、両親は他界しているので友人の田舎で療養中という設定になった。抜けている点はそれで押し通す。

 事故のことも覚えていないで通せるから問題ない。


 僕との関係は友人。趣味のサークルとかで知り合ったことにしましょうと提案されたが、僕には趣味がない。すみません。お役に立てないようです。

 こんな濃いキャラクターと僕の接点が見つからない。難問だ。

「アパートが隣で、友人になったことにしましょう」と山田さんが無難にまとめてくれた。

 それでお願いします。


 後は、仕事だ。働きもせず、家に頻繁に人の気配がしたり、しなかったりすると詮索される気がするというと、山田さんは不思議そうにしたが、田舎をなめちゃいけません。

 悪気とかは一切なくてナチュラルに《昨日は留守にしっとたん?》とか、《賑やかにしとったけど、お客さんじゃったん?》と聞いてくるもんなんです。防犯的には満点ですけどね。《変な人が歩きょ~たんよ~》とかいう情報まで入ってくるからね。

 田舎のコミュニケーションを力説した。

 そして生み出された設定が、自宅兼オフィスを構える、トラベルライターなるものだ。山田さんが早速出版業の検索を始めたので、僕はトラベルライターの検索をした。やっつけでもゼロよりはマシなはず。

 SOHOスモールオフィス・ホームオフィスという働き方が身近になってきた昨今だが、まさか自分が元実家でそれを始めることになるとは。



 ***マックス***


 駅弁を広げながら、トラベルライターを検索してみる。なかなか競争率の激しい厳しい世界のようだ。

「例えば、今、食べてる豚の駅弁とか、どう表現しますか?ライターさん」と太郎が聞いてくる。

 にわかの、というか、5分前に自称することになった、なんちゃってライターに聞いても、素晴らしいコメントが出てくるわけなかろうに。


「ここを見て見ろ、感想などなく店舗情報だけでもいいようだぞ」と返しておいた。

「ウチの旅行本では、感想重視です。どうぞ!」と押してくる。

「う~ん。そうだな。この世界のものは旨い!」と、正直に言っておいた。

 呆れた顔をされたが、こればかりは仕方ない。本当の事だ。

 自分で魔法を使って生み出す食べ物は、自分の想像を超えてこないから感動が薄いのだと、ここにきて初めて分かったのだ。



 ***太郎***


 こいつは、この世界のものを一通り食べるまで、ずっとこの感想しか言えないのでは?こいつには期待しないでおこう。なんて難しい顔で考えていたら、


「名乗るだけじゃなくて、実際に活動したらいいですよ。旅行に行ってもらいたい我々と、仕事をしている風に見せたい緑山さん。ウィンウィンですね。出版業やってみましょう!会社を登記して、私が総務、経理担当になりますから、細かいことは気にせずに好きにやっちゃっていいですよ。会社名何にします?べたに緑山出版とかですか?」

「俺の名前がはいってないな」

「じゃ、マックスグリーンブックスとかですか?」

「緑は外してもらって大丈夫です」

「マックスブックスでいいですか?社長はどっちがやります?」

「マックスブックスなんで、マックスでお願いします」

「じゃ、それで決まり。署名だけして貰う感じにしますから、名前を書く練習をしておいてください。印鑑とか勝手に作りますね。本当はダメですけど。そもそも異世界人の戸籍や会社をつくる法律なんてないですからねぇ。超法規的出版社爆誕ですね」

「超法規的…爆誕……」山田さんがノリノリだ。


 ビジネスバックから紙とペンを出して

「はい。練習頑張って!」と机に置かれた。まずは、見本を。

「カタカナでいいんですか?」山田さんは電話のコール音を聞きながら頷いている。いいらしい。

「マキシマス・レイドン。これを見本に頑張って」

 苦戦している。

「異世界ではどうやって書くの?ペンが勝手に動くの?」

「こうだな」と言ったかと思うと文字らしきものが浮かび上がって来た。

「これが名前?」ト音記号とヘ音記号とクローバーが混ざりあったような字だった。異世界の文字。感動。そして筆記用具いらずだった。


 そうこうしているうちに岡桃駅だ。新幹線から在来線に乗り換えるんだけど、時間がすごく開いちゃった。本数少ないからなぁ。

「すいません、田舎で」と、僕は悪くないのに、なぜか謝る地元民。


「太郎、これを買おう。普通のやつと、マスカットのやつもだ」

「私が買いますよ。私、実はきびだんご食べたことないんですよね~。せっかくだからホームで頂きましょう。飲み物選んでください」と言って山田さんが買ってくれた。

 いただきます。僕もずいぶん久しぶりに食べた。お土産って地元民はほとんど食べないからなぁ。素朴な味。美味しい。

 目の前に電車が入ってくる。なんだこれ!?えぇ。出神行き、特急やがみ、高級な感じにリニューアルしてる。これに乗って島玉県に電車旅というのも楽しそうだな。


 でもよく考えれば、旅よりも、まず車だ。田舎で足がないのはつらいぞ。中古車でもいいから手に入れるか?久しぶりの運転、ちょっと緊張するな。ペーパードライバー教習に通ったほうがいいかな。


 在来線に乗り込んでも、まだまだかかる。遠いな。

「車を買ってからペーパードライバー講習するのと、講習してから買うのと、どっちがいいんですかね?」と山田さんに聞いてみた。多分警察のような組織?の人だし、いいアドバイスがもらえるかもしれない。

「そうですねぇ。販売店から自宅まで乗るのも不安なら、買う前一択ですね」

「確かに」そりゃそうだ。買う前に行こうかな。

「私が乗せて、広いところまで行って、練習するとかもできますよ」

「いいんですか?」

「もちろん。私、異世界人サポート担当ですから。異世界人の世話役の世話をするのも仕事のうちでしょう。老獪なタヌキやキツネの相手をしなくていいなんて異世界人様様ですよ!」

「車に乗れるのか!すぐに買いに行こう」とマックス。

「今日は無理だよ。明日は仕事だし、東央へとんぼがえりだよ」

「帰りは一瞬だとは言っても流石に、車は買えないかな」と山田さん。

「一瞬?あっ!空間接続で帰るんですね!」

「マックス社長にお願いしましょうね」とニッコリ笑顔の山田さん。

 そうか、片道のことだけ考えればいい生活になるんだ~。まじか~。


 里椿駅に到着。不動産屋さんが待ってくれていた。もとは僕の家、内見とか必要ないので手続きと鍵の引き渡しだけ。その他にも色々あるような気がするが、山田パワーでなんとかしているんだろう。ま、甘えさせてもらおう。

 不動産屋さん曰く、昨日連絡を受けて、家の中は確認済み、手続きの関係書類も手配済み、後はもう電化製品を揃えればすぐにも住める状態だとのこと。凄い、どこにでもデキる人はいるもんだな。


 懐かしの実家に車で送ってもらって、鍵を開けた。感慨深いな。二度と来ることが無いと思った実家だ。凄く広く感じる。親世代が建てたにしては新しいスタイルで、ほぼ立法体の二階建てだ。一階が1LDKで、二階に4部屋。

 取り敢えず、隠し事が多いのでカーテンが必須だな。っていうか、親になんていう?買い戻すお金ってどうしたの?って絶対聞かれるよ。


「近所の方が来ても不振に思われないように、この部屋は事務所風にリフォームしますか?」と聞かれる。そうだなぁ。せっかくだ、腹を決めてやってみよう。

「じゃあ、居間は二階になるんですかね?キッチンは一階だから不便だなぁ」と僕が言うと、

 山田さんはネットで『リビングのようなオフィス』と検索して見せてくれた。

「こういった感じはどうでしょう?普通にくつろぎを優先していてホームオフィスにピッタリかと。これなら居間としても十分でしょう」

「凄い!素敵ですね!こんなおしゃれな会社ってあるんだ」

「じゃあ、明日から、業者の選定をしましょう。見積を取ります」


 僕は家を見せながら、マックスに子どもの頃の話や、虫や動物、蛇なんかが出た時のエピソードを披露した。山田さんは家中くまなくチェックした後に、一旦帰りますよと声をかけてきた。

 でも、僕たちは東央に帰るけど、近所の人からしたら、出掛けた気配がないから在宅している思う。そうなると訪ねてくるかもしれない。

 悪意のあるなしに関わらず、人がやってくるのが遠隔で分かった方がいいと思う。

 なんとか出来ないかと大魔法使いマックスに依頼。監視カメラとかを付けるより凄いことが出来るはずだ。きっと。


「敷地内に人がくれば分かるようにしたぞ、目に見えるサイズの虫や動物は入れないようにした」

 あ、蛇とか、嫌いでしたかね。僕も田舎っ子のくせに得意じゃないので助かります。


 謎組織の応接室に来た僕らは、家電を選んで、家財道具を選んで、凄い額になりそうなリストを見ている。費用は国持ちで、問題ないそうだ。うまい話には裏があるのでは?……怖い。


 リフォームその他、新生活を始めるにあたっての整備に含まれるものは車も含めて出してくれるそうだ。東央のアパートもしばらく残しておきたいそうで、家賃も負担してくれるんだって。

 毎月の謝礼金は月50万円。マックスにも生活支援金として月80万円。でもマックスはお金の管理はやらないと言って全て僕の口座に振り込まれることになった。二人分、130万円でローンなし。なんだか、月給25万で家賃払っている生活が僕らしい気がする。が、引き受けたんだ。やるしかない。


 そして就職支援金の代わりに、なんと会社の資本金としてマックスの社長用口座には一千万円が振り込まれていた。

 山田さんがそれを見てニマニマ笑いながら、楽しい職場にしましょうね!と言っている。経理担当社員が怖いです。


 タクシーで山田さんの家に行って、ドアを繋げた。なんと山田さんとマックス、いつもの応接室を空間接続専用ポータルにして、常時接続にしたのだ。爆破された壁をいいことに、修繕時に空間接続用のドアを4つ取り付けていた。仕事が早すぎてついていけない。


 一つは山田さんの家。通勤時間ゼロを手に入れてご満悦だ。

 そして、僕の東央のアパート。それに、里椿の家。あとの一つは保留だ。これでマックスがいなくてもいつでも行き来できる。

 明日からの業者のことや、家電などの搬入も山田さんが勝手に行き来して対応してくれるんだって。ありがたい。

 そして、明日は会社だ。退職届。頑張ろう。


 一カ月後、無事、退職。僕のセカンドライフが始まった。サクッとあっさり辞めることが出来たが、昨今の若者はそういったものだと、会社は認識しているらしい。多分。


 里椿の家は、すっかり居心地の良い居間になっていた。オフィス感は無いに等しい、ラックがあるので、気が向いたら働きますくらいの感じかな。玄関脇の一部屋はコピー機や資料棚が置いてあった。これって山田さんが本業をするためなんじゃ?


 家は、色々考えた末に名義はマックスに変えてもらった。僕の家ってなると金の出どころの言い訳が難しいし、家族がここに引っ越して来たいって言いだしたら困っちゃうから。ちょっともやもやしていたからスッキリした!


 家族からしたら、「元自宅を買い取った出版社の社長の自宅兼オフィスで、住み込みで働く息子」という不思議な設定になるが、「元自宅を買い取った息子が、出版社にオフィスとして提供して、その社長と同居している」よりは分かり易いはずだ。


 そして僕たちのライター生活、一日目が始まった。

「マックスと社長とマキシマスさん、緑山さんと太郎と取締役、呼び方どれがいいですか?ちなみに私は、慎一か慎さんが希望です」唐突に山田さんがいいだした。

「マックスで構わんぞ、慎一」

「僕は太郎で大丈夫です。慎さん。話し方も素で大丈夫ですよ」

「本当~。ありがとう。よかった、三人きりのアットホームなオフィスなのによそよそしかったんで。自分って意外と形から入るタイプなんだよね~」と山田さん、じゃなくて、慎さんが言った。

「慎さん、なにかとこれからもよろしくお願いします!」


 それでは、まずは企画会議。僕は、異世界人のマックスならではの不思議な感想を売りに出来ないかと提案した。勿論全面に押し出すんじゃなくて、ゆるキャラ的な、ぬいぐるみでもいいんだけど、その子が人間の世界を旅して、不思議なコメントを言うっていうコンセプト。

 ぬいぐるみと旅すること自体は子どもの世界ではお馴染みだし、大人でも最近は一緒の旅とかあるらしいので、受け入れてくれる層もあるんじゃないかなぁ、と。儲け度外視なんだから、がっつり尖った角度で参入してもいいと思う。男二人のぬいぐるみ旅行記。いや、絵本ぽくして文学系ぬいぐるみ旅行記とか。シュールすぎるか?


「それで行こう!」慎さんは賛成してくれた。

【ピンポーン】誰か来た。

「《あらぁ~太郎ちゃん帰っとたんじゃ~。これぎょうさん採れたけ~みんなで食べね~よ~》」と言ってトマトをくれた。

「ありがとうございます。助かります」と言った時には後ろ姿だ。鈴木さん、相変わらずよく来るのか。長居はしないが、とにかくよく来る。

 最初にマックスと慎さんで近所に挨拶周りをした時には驚かれたらしい。僕は最初はあえて行かなかった。

 マックスの家、兼職場って認識をして欲しかったからなんだけど、すっかり昔の雰囲気に戻っちゃったな。


 気を取り直して、ぬいぐるみ会議だ。可愛い系、ロボット系、動物系、なにがいいかなぁ。旅するなら、座ったり、立ったりできる形の方がいいのかな?

 食べ物の前でお箸を持たせるのも可愛いかも。イラスト集をみながら、あ~でもない、こ~でもないとやっていたら、マックスが、

「こんな感じで、こうだな、それからこうか?う~ん」と言っている。そして、なにやら机の上に形が出来上がりつつある。

「か、可愛い。これは、クロヒョウ?」15センチくらいのテディベア的なクロヒョウだ。

「そうだ、格好いいだろう。俺とそれから、お前だ」といって、クロヒョウの後に出てきたのは、なんとも情けないたれ目キャラの二頭身の人型のキャラクターだった。

 不精して伸ばしているだけの髪が、女の子のショートカットみたいになっていて性別不詳だ。変な所を再現しなくていいから。それに洋服が緑だ。緑山だからか。

「自分だけクロヒョウ、ずるくない?」

「何を言っている、これもまた俺だ」

「く、く、クロヒョウなの?」

「動物にも変われるということだ。今、動物を検索したらクロヒョウというのが格好よかったので、ぬいぐるみ風に作ってみた。額の灰色の炎がポイントだ。俺が動物に変化すると、あえて隠さない限りは、額にこのマークが入るんだ」

「凄すぎる。服はどうなるの?」

「服は着たまま変化するぞ」

「よかった~。裸は逮捕案件、クロヒョウなどの猛獣も街中をうろついていては大騒ぎだからね。外では必ず、自分か太郎に相談して変化してね」と慎さんが注意した。


「ま、とりあえず、写真撮ろう!」

「仕事用のカメラを買いに行くかい?」

「あ、スマホカメラじゃだめかな?プロ用のカメラなんて使える気がしない」

「そうだよね~。使いこなせないくらいなら、スマホでいいかな」


 お皿に、さっき貰ったトマトをのせて、ぬいぐるみを座らせてみた。

 テディベアのように、手と足の関節が動くので、足を前に投げ出すように座らせる。

「あ、マックス、ぬいぐるみの足の裏に肉球がないよ」

「本当だ。あれが可愛いのに」慎さんが検索してマックスに見せている。

「これだな。できたぞ」うん。なんでも、すぐ出来上がるな。

 それじゃ。トマトの感想を。クロヒョウくんになり切って、どうぞ!

「赤いな」赤いな頂きました~。

「美味しいとかの感想は?」

「美味しいぞ」

「だね・・」ダメだ、ぬいぐるみ旅行記、出来る気がしない。

「これは、難しいな。路線を変えるかな?」とガックリ来ていると。

「まあまあ、せっかく可愛いのが出来たんだから、岡桃編くらいはこのまま作ってみたら?」

「そうだぞ、せっかく作ったんだ。それに、中身が入ったようだしな」


「こんにちは、初めまして、クロです」え~っと?人工知能的な?やつかな?

「こんにちは、タロです」僕のぬいぐるみもしゃべった~~!!

「動かしてるの?」

「勝手に動いている。魔素濃度の濃い場所で生き物の形を作ったら、入りたいという者がいるとは聞いたことがあったが、俺も初めてなのでな。取り敢えず許可しただけだ」

「この世界の者なの?幽霊とか妖怪的な?そして、許可しちゃったの?怪しもうよ」

 慎さんをみると、魂が抜けそうだ。気合をいれるためか、頬をパチンとたたいて、

「あ~でも、う~ん。日本でも古来は陰陽師が式神を使役?してたっていうしね」と動揺しながら言っている。

 式神?とりあえず、なんでもいいけど、話すようになっちゃったら、もういらないから片付けてって言いづらい。はぁ。


「分かった、とりあえず、岡桃編はこれでいこう」僕はガックシだ、トラブルの予感しかしないから。

「名前は変えられるの?流石に太郎とタロは紛らわしくないかな」

「タロ、名前がかぶるとクレームが入ったぞ。自分で考えろ」と、まさかの名付け放棄。健気にタロは悩んでいる。あぁ、庇護欲をそそる。

「じゃあ、ロタでもいい?」と聞いてくる。逆にしただけだが、良しとしよう。

「いいよ。ロタとクロ、よろしくね。他の人間がいる時は動かないでくれるとうれしいな」

「任せてください!大丈夫です」と、しっかりもののクロ。それより幼い感じのロタは、うなずくだけだ、守ってあげたくなる、これは身びいきなのか?

 初日から新入社員?が増えたマックスブックス。どうなることやら。


 そして、ウチの新入社員は浮いた。浮世離れしている浮くじゃなくて、宙に浮いた。これで高い場所の掃除も楽々、ってマックスのクリーンがあるから掃除しないな。

「君たち、他には何が出来るの?」と慎さんは興味津々で聞き取り調査を始めた。立ち直りが早い。もう通常運転だ。



 ***マックス***


 それにしても、魔素が多い世界というものは、凄いものだ。

 この俺ですら、油断していると、視界が黒ずむほどの濃度だ。これを使わずにチマチマ生活するなんて信じられないが、競合しないのはありがたいのでそれはいい。

 問題は、太郎たちに見えていない存在だな。さっき幽霊、妖怪、式神など、不思議な存在として名前が上がったが、俺には半透明に見えている。

 そいつらも魔素を使っていないようなので、俺の独擅場には違いないが、魔素の濃い場所が居心地がいいようで、魔素だまりになっている場所には当たり前のようにいる。


「視界が鬱陶しいな」と愚痴ると、太郎が、

「何の事?何か不思議なものが見えているの?ここにもいる?」と怯えている。

 不思議な者のトップに君臨するだろうクロやロタが平気なら、何のことはなさそうだが、可愛い見た目でないと受け入れ難いかもしれない。なかなかの迫力の者もいるからな。

「不思議なものだらけだぞ。だが、心配はない、悪さをする者がいればクロとロタがやっつけるだろう。二人は相当の力を持ったものだぞ」

「式神系ですか?」と慎さん。

「というか、恐らくこの世界の神の使い、というには大袈裟か。見習い程度か?」

「そうです。私達は神使の見習で、大和の神々に挨拶をして回りながら社会勉強中なのです。いつか、どこかの神にお仕えするべく修行中でしたが、この度、異世界から人が来たと言う事で、私達がお世話係として派遣されたのです」

「世話係とはな。実際は監視役であろう」



 ***太郎***


 なんだか、ファンシーな絵づらで、剣呑な雰囲気になってしまった。

 僕からしたら、シャワーから出たら自宅に、怪しい男が侵入していた恐怖を経験したので、この世界の神様達が、そいつを監視したいなら、どうぞどうぞって感じだが。

 ていうか、神様ってリアルにいるんだな。八百万っていうから、神様だらけなのかも!?

 《今度からは、神社では、真面目にお参りせにゃ~いけんな~。お賽銭もケチっとるの、バレとるんかなぁ~》


「まあまあ、クロとロタがいてくれると、心強いよ。マックスの監視は協力してやっていこう。だから、見えないだけで、色々いるという怖いものは、よろしく頼むね」といって、二人をギュっとした。

 癒されるし、強いっていう何ともありがたい存在だ。感謝。


 マックスにも、「はい、仲直りして」と二人を手渡す。

 ふわふわの触り心地のぬいぐるみは、反射的にナデナデしてしまうのは、異世界人とて同じらしい。

 二人も気持ちよさそうに撫でられている。平和が一番だ。


「マックスは動物に変化できるんだよね~。見せて貰ったりできる?」と慎さんがリクエストした。

【ブオン】とマックスの居た空間が歪んだとおもったら、クロそっくりのクロヒョウがいた。ぬいぐるみサイズの15センチくらいの超可愛いクロヒョウだ。子猫っぽい!額に灰色の炎マークも確かにある。


 ぬいぐるみのクロも可愛いと思ったが、リアルは別格だな。4足歩行も、跳躍も完璧だ。おお、ネコ科になりきっている。凄いな。

 抱き上げると、ベルベットのような触り心地だ。

「うわ~。感激!すべすべ!あったかい!」

「太郎、自分も、触りたいです!」グイグイ来る慎さんに手渡す。

「ふわぁ~。夢のような手触りですね。本物もこんな感じなんでしょうか?」と感動している。

 並べてみよう!と二人で盛り上がっているのを察して、クロが横に来てくれた。

「最強だな。動物の飼い主が、ペットとそっくりのぬいぐるみを購入する気持ちが分かる。並べてみたくなるんだな」というと、マックスが、顎をあげて僕をさして、

「お前も、並んでいるようなものだぞ」と言った。


 ロタは、俺の肩の上が気に入ったようで、ちょこんと乗っかっている。どういう仕組みか落っこちない。

 でも、確かに、傍から見れば、自分そっくりなぬいぐるみを肩に乗せているなんて、ナルシスト具合マックスだと思われるな。

「外出の時はカバンの中かな?」と言うと、

「分からなくできる。大丈夫」とロタに言われた。うちの子は、出来る子だった。


 翌日は、空間接続ポイント作りの為に、岡桃県の警察だ。話は通っているらしく、僕らはすんなり、偉い人の部屋に通された。

「自分が付き添に来れない県も、二人で行ってもスムーズに進むようにするから安心してね~」と慎さんは言うけど、僕とマックスでこんな風にVIPに出迎えられるのは、腰が引けちゃうよぉ。しかも警察。


 取り敢えず、挨拶をしたら、退散だ。この偉い人とも、緊急事案が発生して、空間接続が必要にならない限り、会うことはないだろう。

 それにしても、慎さんの組織が凄いよね。事情を知る人を絞る為かもしれないけど、緊急事案には、署長室に乗り込むってことだろ?恐るべし。


 さて、慎さんをポータル応接室に送ったら、いよいよ、新米ライターの取材開始だ。

 取り敢えず、城だろ。観光地と言えば。勿論岡桃県にもあります、黒色のお城。

 モデルのクロとロタは自分で浮いて、ベストな角度に収まってくれるのでいい写真がすぐ撮れる。

 勿論そんなことをすれば目立つので、『認識修正』の魔法を使ってもらっている。

 これの凄い所は、何をしても、常識の範疇に修正されて、人の目に映るという所なんだが、さらには、ビデオなどの映像も修正されるんだ。凄すぎない!?


 クロとロタが使い方を教えて、マックスも使えるようになっている。

 神様界隈では、使えるのが常識で、たまに人間に不思議現象が激写されるのは、未熟者の証拠で恥ずかしいことなんだそうだ。

 ていうか、教えたら、使えるものなのか?マックスは異世界人だが、人間の範疇ではなかったのか?

 一人だけ、何の能力もない俺を心配して、ロタが俺に『常時認識修正』をかけてくれた。《(やさ)しゅうて、ええ子じゃな~》

 肩に座るロタをナデナデする。嬉しそうに、僕の頬にスリスリしてくるロタは食べちゃいたいくらい可愛い。あ、ナルシストじゃないよ。


 さてさて、お次は、隣の後桃園でのんびりきびだんごタイムだ。お城の見えるベストポジションを確保して、写真を撮る。素敵な景色と、スイーツと可愛いぬいぐるみ。しかも、自分達でポーズをとってくれる優れもの。もはや僕の仕事はシャッターを押すだけだ。


 順調順調とニマニマしながら、撮影後のスイーツを堪能していると、マックスが、

「ちょっと、あそこを見ろ」と城の堀を指さした。何も見えない。

「お前は見えないのか」と舌打ちしそうな勢いで言うマックス。

「俺の目の、見える機能をコピーして、ペーストしてやろう」と言う。

【ピカっ】としたと思ったら【ビタン!】という音と共に視界が一瞬暗くなった。そして、次に見える世界は……

「《なんじゃこりゃ~!変な物が見よ~る!なんで勝手な事するん!?》」と大パニックだ。

「目に力をいれたら、意識して見たいものだけ見えるようになる。やってみろ」と、言われる。使い方の説明じゃなく、この機能を無くしてくれ!


「太郎頑張って!」「がんばれ」と二人も応援してくれる。

 君たち凄い力があるんだろう?何故に応援するだけなんだ?


 ちょっと落ち着いた所で、水を一杯飲む。大騒ぎした自分を見る目が怖くて、恐る恐る周りをうかがったが、不自然に思われていないようだ。認識修正魔法恐るべし。


「はぁ。ちょっと落ち着いた。それで?何を見て欲しかったの?」と改めて聞く。

「あそこの堀に、いかにも声をかけて欲しそうに、大袈裟に項垂れているキツネがいるだろう」

「鬱陶しいほど、アピールしていますね。おおかた稲荷様のお遣いに失敗して、手助けを求めているのでしょう」

「だめなキツネ」


 お稲荷様の所のキツネって賢くて優秀なイメージだけどな。顔立ちもシャープで格好いいし。

 堀にいる子は・・ちょっとイメージが違うかな。《ああ!よよよと、泣き始みょ~る。可哀想じゃなぁ》

「話くらいは、聞いてあげようよ」と僕は提案した。

「そうですか。呼んできます」とクロが飛んで行って、子ぎつねを連れて帰って来た。


 頼れるメンバーと思われたのか、子ぎつねはテーブルに下ろした瞬間、安心したように「うわ~ん」と声をあげて泣き出した。


「クロやロタは、神使の修行中だったんだよね。こんなの目指してる訳?」

 僕は、素直に思ったことを聞いてみた。クロは若干黒い笑みを浮かべながら、

「キツネは少し特殊です。代々受け継ぐ仕事を持っているので、力不足でもお役御免にならずに神使になれます」

「そう、そして、一族でサポート。羨ましい」とロタ。


 どうやら、この子はエリート一族の中の、どんくさいタイプのようだ。

「誰かの助けが当たり前になっていたので、あそこで大袈裟に嘆いていたのだな」とマックスは呆れている。

「取り敢えず、泣き止もうね。はい、残り物で悪いけど、きびだんご食べる?」と差し出す。猿、犬、雉なら、桃太郎だな。なんて思っていると、

「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」と言って食べだした。


 そして、【ズドン!】と堀から水柱が上がったと思ったら、ふわふわと光る玉が子ぎつねの元に飛んできた。

「回収出来ました!落とした時はどうしようかと思いましたが、力がみなぎっている今ならと思ったら、やっぱり出来ました!感謝します!」と言って飛び去って行った。慌ただしいヤツだ。


 それにしても、なんとオーバーな子なんだろう、一生のご恩って。

「太郎、神や神使は、お供え物に力を貰います。しかも、自分へ、という個人を特定して貰ったお供えは別格なんですよ。あの子ぎつねも、きびだんごによって、魂の格が上がったのでしょう」


 ・・まじか。そうなの?知ってたら、あまり物じゃなくて、ちゃんとあの子用に注文したのに。

 力がみなぎるって言ってた。レベル上げゲームの、レベルアップと同時に体力満タン回復みたいな効果があったのかな?


「??ということは、クロやロタも食べ物をお供えしたら、どんどん強くなるの?」

「そうですね。強くなるというか、格を上げる為の力になるというか。ちなみに、マックスは、私達が世話をするのが仕事なので、私達に影響を与えないと思います。太郎は言ってみれば第三者ですので、私達は、お供えされると、格を上げる力になると思います」

「これから、太郎の作った飯を毎日一緒に食べれば、お前たちはあっという間に最強になれそうだな」とマックスは揶揄っている。

「でも、そうかも?」とロタはキラキラした目で僕を見ている。


「ぬいぐるみのままでも食べられるの?その都度、出てから食べるの?そもそも本体ってどんななの?」疑問がいっぱいだ。


 僕たちは、美敷美観地区に電車で移動しながら話をした。

 クロとロタの本体は、薄っすら発光している白い靄なんだって。

 大人になってから形が決まるらしい。その辺りもさっきの子ぎつねとは違いがある。


 ぬいぐるみのままでも食べられそうだから挑戦したいということなので、僕は取り敢えずペットボトルの水を渡した。失敗しても水ならベタベタしないからいいと思ったんだけど、マックスに、

「太郎、お前以外、みなクリーンが使えるからな」と見透かされた。

 トホホ、一人だけ凡人。辛い。


 二人は無事に、水が飲めた。なんと、俺が渡したというだけで、ペットボトルの水でも少し力が上がったと喜んでいる。

 マックスが揶揄っていたけど、これで上がるなら、超サクサクレベル上げしていけるのでは?

 ま、怖いものが来たら守ってもらう約束だしな。強ければ強いほどいいはずだ!せっせと食べ物を貢ぐことにしよう。


 美観地区で、おおでまんじゅうに、むらすすめなど、人気のお土産を、素敵な背景と共に撮る。クロとロタは慣れてきたて、後ろからちょこっとだけ顔を出したり、遠くでぼやけるアングルを希望したりと、どんどんアイデアを出してくれる。優秀だ。


 そして、撮影が終わったら、手ずから食べさせる。これが一番力が溜まるらしい。もはや餌付けだ。

 マックスはおおでまんじゅうが気に入ったようで、

「それは、俺用だ、残しておく」と空間収納に片付けてしまった。


 その後も、数日かけて、デニムで有名な児藍や、瀬戸海大橋などを取材した。

 悲しいかな、僕の運転技術が今一つなので、県北の車で行った方が便利な地域は今回は見送られた。いつか、岡桃山間バージョン旅行記を作れるようにドライブテクニックを磨くぞ!



 ***マックス***


 この数日の取材旅行だけでも、かなり力を溜めているクロとロタが、無邪気にモデルのポーズを取っている。

 どんどん力を吸収する様子を見ると、巨大な容量を持っていると思われる。こんな輩が修行中だと?なんとなく引っ掛かりを覚えるが、太郎が可愛がっているし、今更追い返す訳にもいくまい。


 沢山のパンフレットと、取材メモ、大量の写真データを持って帰宅した。

 慎一は「お疲れ様~」と出迎えたが、手を出して「お土産は?」と聞いてくる。

 忘れていた。横を見ると、太郎がアワアワしている。仕方がないので、俺用のおおでまんじゅうを一つ取り出して、手のひらに乗せてやった。


 撮影で使ったスイーツを片っ端からクロとロタに貢いで、お土産を忘れていた事情を、最初の、子ぎつねとの出会いから報告する。

 自分もその場に居たかったと嘆く慎一だったが、慎一もお供えと言いながら二人を餌付けしている。どこまで強くなることやら。


 そして、その夜、俺の枕元に、押し合いへし合いしながら神様達が大挙して押しかけて来た。

「おいおい、神なんだろう。空間を広げろよ」と言うと、ハッとして、

「そうだの、すまんの」と言ってゆったりした空間を作り出して、俺を招き入れた。

「お主に、ちと頼みがあってのお」

「クロとロタのことか?」と俺がすかさず聞くと、

「そうだ、するどいのお。あの二人は神使候補ではなく、神の候補、我らの子どものようなものでの。大事に育てておったが、甘やかしすぎても良くないと、今回の使命を与えたのだが。どうやら、前以上に甘やかされる環境になっておるようでの、心配でな。お主が、厳しくしてやっておくれ」

「厳しくしてもいいが、泣かしてはならんぞ」

「一生懸命に考えていた、神使見習いという設定は守ってやっておくれ」などなど。


 まさかの言いっぱなしで消えて行った神様ご一行。嘘だろ。

 何故、孤高の大魔法使いの俺様が、子育てならぬ神育てをしなきゃならんのだ!?世話をされるのは俺ではなかったのか!?


 理不尽だ、理不尽も神のうちか?

 むしゃくしゃしたので、深夜にも構わず、太郎を起こしてブチまけた。

 子育ても、もちろん神育ても未経験の二人で、顔を見合わせた。

「どうしろと?」「《ど~すりゃ~ええん?》」声がかぶる。



 ***太郎***


 厳しくしろと、神様達に言われたというマックス。

「僕は、取り敢えず、手ずから食べさせるのをやめるよ。それだけで勘弁して。ご飯を食べちゃダメなんて今更絶対に言えないよ!」


 初出版に向けてデスクワーク作業にかかるはずだった一日目は、こうして波乱の幕開けとなった。


 マックスは、どこかのお偉いさんから家出娘を探してくれと依頼がきてブチぎれたり、地下の崩落現場に人を送りたいとレスキューから要請が来たりして、慎さんと忙しそうにしている。トラベル本は僕が頑張らなければ!


 そうして出来上がったマックスブックス初出版、『クロとロタの岡桃トラベル珍道中』。クロとロタの可愛らしいコメントをそのまま採用して、僕は、それをデジタル画面で切り貼りするだけで原稿を作った。

『食べ過ぎだって怒られたからこっそり食べた』とか『内緒だよって、一つだけ買ってもらったのをクロと半分にしてたべた』とか、ミラクルキュートなコメントで溢れている。

 我ながら良い出来だった。情報は薄いけど、可愛さはたっぷりだ。昨今情報なら、ネットで観光協会でも検索すれば事足りるだろうから問題なしだ。


 そもそも売れなくてもいい本って、限りなくハードルが低い。いや、ハードルは皆無だな。だったら、もやは、僕の旅の思い出アルバムと化した出版物でも堂々と出してやろうじゃないか。

 因みに岡桃城周辺マップの堀の所には、小さく子ぎつねのイラストが入っている。完全にプライベートな情報だ。


 まあ、そんなこんなで、僕たちの波乱しかない出版社は無事に船出した。

 そして、驚くべきことに、そこそこ売れた。ゆえに、トラベル本は、クロとロタが主役のままで継続されることになった。


 慎さん曰く、

「甘やかすお母さんと、口うるさいお父さんが、子どもを旅行に連れて行って、写真を撮りまくったのをまとめた家族アルバムだね~」


 反論できない、が、それで売れたのだ。良しとしよう!

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