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第一話 祈りの剣(2)

 流石は城下町でも有数の豪商と思える部屋だった。

 貴族とは言え、領地経営に汲々としてきたルーサー・エストレには、見たことすら無いような、豪奢で趣味の良い家具が並ぶ部屋だった。

 テーブルにさり気なく置かれた小物ですら、爽やかな香りと清浄な空気を吐き出し続ける魔法の品。誇らしげに飾られる品々の価値など計り知れない。

 ここまで来ると、もはや羨ましいとか妬ましいという範囲を超えていた。


「それで、ロング殿はいつ来られるのですかね」


 呑まれてはいかんと思い直し、ルーサーは対応する召使を問い詰める。

 召使いの服一つとっても、高価な布を使っている事が明らかで、強気に出ないと呑まれてしまいそうだ。


「少々お時間をいただけますか。ええ、今少し」


 召使いは、のらりくらりとそう答える。

 今呼んでいるとも、帰ってくれとも言わない。

 わざと焦らせているのか、それとも最初から相手にする気は無いのかと、ルーサーは訝しむ。

 とは言え、どちらにしても同じ事だ。

 やるべき事は変わらない。


「私一人であるのなら、いつまでも待ちましょう。しかし、お忙しい中来ていただいている方々もいらっしゃる」


 ルーサーの背後には、十数名がメモを片手に待っている。

 吟遊詩人や文筆屋、雑誌の記者に私営書記家、噂話やゴシップを面白おかしく書き広める類の者たちが、決闘神判というイベントを一字一句書き漏らさないとばかりに目を光らせる。

 すべて、ルーサーが呼んだ者たちだった。

 そして、ルーサーが戦うべき相手は、ロングではなく彼らであった。


「お時間は取らせません。ええ、本日のところは」


 決闘神判の勝敗そのものは問題ではない。


「もっとも、その時においてもお時間は取らせないでしょう。我が一族に伝わる『祈りの構え』のある限り!」


 芝居がかって宣言するルーサーの一挙一動を、文筆屋達は記録する。

 決闘の勝敗が問題でないのなら、問題となるのは何か。

 それはすなわち、民衆がルーサーをどう評価するかという一点だ。


 評価されるには知られねばならぬ。

 知られるためには、知らせる者達を味方につけねば話にならない。

 最悪、どのような結果に終わったとしても、文筆屋達が上手く書いてくれるなら、ルーサーの神判は肯定される。

 だからこそ、積極的に彼らに協力し、派手に振る舞い、話のネタを提供する。


 既にルーサーの神判は始まっているのだ。


「『祈りの構え』。となると、スパダ派の剣をお使いになられる?」


 気づくとそこに彼はいた。

 足音の一つも聞こえなかった。

 立ち振舞いの一つ一つが、異常に静かな男だった。


「ロング・ザッカショー……」


 一見して長身痩躯。

 脇に連れた歳幼い婚約者が、その背丈を余計に高く感じさせる。

 良いものを食べているだろうに、痩せて頬のこけた顔に、作り物めいた微笑が張り付いていた。


「お待たせいたしました、ルーサー・エストレ様。此度の神判、神の御心のまま、正当なる神判となるよう努めます」


 ロングは、丁寧に胸に手を当て頭を下げる。

 非の打ち所の無いその仕草が、余計にルーサーの警戒心を煽ってくる。


「ロング殿。私の事はご存知ですな? 当然」

「汚名返上を志していらっしゃる、とだけ」

「それだけですかな」

「それで十分かと思いまして」


 後は神が知っていれば良い。ロングはそう語るように、片眉だけを上げて見せる。

 だが、ルーサーにはそれで良くはない。

 知っていて欲しいのは、文筆屋達であり、ひいては城下町の民一人ひとりなのだから。


「十分ではあるまいよ。折角、吟遊詩人や記者の皆様もいらっしゃるのだ。ここで改めて語るとしよう。『エストレ子爵家の悲劇』を」


 エストレ子爵家の悲劇。

 少し前に流行ったゴシップ話である。


 エストレ子爵家は、代々礼法を教える家柄である。

 ものを教えるという立場上、どうしても逆恨みをする者が現れる。

 誤った礼儀を教わったとか、教える際に侮辱をされたとか、噂は色々と流れたものの、要するに単なる逆恨みであった。

 ある日、その者は徒党を組んでエストレ子爵の屋敷を襲った。

 夜闇に紛れた襲撃を、しかしエストレ子爵の郎党は素早く対応し撃退し、襲撃者は残らず捕縛されるか、殺害された。


 そこで悲劇は起きた。


 第一の悲劇は当時の当主の死であった。

 当主は貴族の嗜みとして、自ら前線に立って戦った。

 生身である以上、傷を負う事は必然で、運悪くその傷から病を得て死んだ。


 それはいい。

 それは、貴族としては覚悟しておかなければならない事である。


 問題は第二の悲劇であった。

 前線で戦っていたのは当主だけではない。

 跡継ぎたるルーサーもまた、最前線で剣を奮い戦った。

 ルーサーの実力に不足があった訳では無い。

 おそらくは。


 不足があった訳ではないが、戦場というものは、個人の実力だけでは測れない。

 というか、運の要素が多くを占める。


 そしてその晩のルーサーは、完全に運に見放されていた。


 何者かが放り投げた硬い何かが、剣を振るうルーサーの頭部を直撃し、そのまま彼は昏倒した。

 気がついたのは、全てが終わった後だった。


 民衆というものは口さがない。

 突然の襲撃に、早々に戦線離脱をした跡取り。そして現当主は不幸に見舞われ死去。

 当然のように様々な憶測が流された。


「そうだとも。私は言われ続けた。臆病者、陰謀家、未熟者……阿呆だ無能だと、好き放題に言われ続けた。私がどれほど弁明をしようとも、その言葉を止める事は出来なかった」


 大げさな身振りを添えて、ルーサーの語りは続く。


「襲撃者は何も語らず処断され、家人の証言は無視され続けた。私の奮闘を。あの晩の真実を、証明し得るのは今となっては神において他に無い!」


 それ故に、決闘神判をもって真実を問うのだと。

 ルーサーは乞い願うように結論づけた。


 もちろん真っ赤な嘘である。

 嘘と言うのは大袈裟であっても、本心ではないし、本来の目的もそこにはない。


 悪評で落ちた名誉を取り戻す。

 決闘神判などという茶番を決起したのも、人々の評判を集めるのも、全てはそのためだ。

 名誉が無ければ貴族は成り立たない。

 礼法を教える家柄ならば、評判というものは何よりも重要な要素である。

 それを取り戻すための手段。それが決闘神判という訳だ。


「そう。ただ神に問いかけるのだ。我がスパダ派の剣技をもって。我が剣の『祈り』をもって!」


 ルーサーは胸の前で拳を縦に並べて宣言する。

 戦士が敬意を示す仕草であり、このまま剣を持てばそれがそのまま『祈りの構え』となる。

 突き立てた剣が、自身の正中線を守る盾となるこの構えは、防御に秀でた構えだ。

 だが、スパダ派におけるそれは、決して守り一辺倒の構えではない。

 構えの堅固な防御に任せて突進し、全力の一撃を叩き込む。

 その攻撃的な戦術こそが、スパダ派における『祈りの構え』の本質だった。


 実に攻撃的で、特攻的で、派手で。

 そして、実に客受けが良い。

 人前の決闘で使うには、これ以上無い技であった。


「では、わたしも祈りで応えましょう。偉大なる闘争の神ボンガロの代行者として、あなたの祈りを試す事にいたします」


 恭しく、ロングは頭を下げて応える。

 頭を下げたそのままに、やけに鋭い視線でちらりと見上げる。

 物言いたげに、ルーサーだけに伝わるように視線を向ける。


 その視線を、ルーサーは軽侮の視線と判断した。

 宣戦布告であろう、と。


「よかろう! 我が祈りをもって、貴殿のその身を砕いてみせて、神の元へと返す事にしよう!」


 怒髪天を突かんばかりのルーサーの声。

 跳ねるような勢いで、ロングに向かうルーサー。

 宥めるように、主を守るように、召使い達が壁を作り、ルーサーを押し止める。


 わぁわぁと、ルーサーは言葉にならない呻きを上げる。

 ロングは、いかにも困ったように肩をすくめる。

 その姿がいかにも腹立たしい。

 召使いの人壁を突き抜けようと、ルーサーは身を震わせて。

 召使い達は再現なく数を増やして押し返してくる。


 立ち会った文筆屋達は大興奮で、その様子を記録する。


 乱闘寸前の大混乱。

 渦巻くような熱気の内に会見は終了し、叩き出されるようにルーサーは屋敷を出た。


 波乱含みの決闘神判に、文筆屋も、民衆たちも喜んだ。

 翌日を待たず、酒場では吟遊詩人が唄い、街頭には張り紙が掲げられる。


「二つの『祈り』の決闘神判。神意に叶うのは、果たしてどちらか」


 血を見ずには終わりそうもない演目を、民衆は常に求めているのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一目本格系の設定と思いきや、闘争神ボンガロw 通好みな戦いである一方、吟遊詩人や雑誌の記者など戦いの外側に居る人間達の輪郭がハッキリして躍動しているのが、作品の方向性にマッチしていると感じ…
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