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第一話 祈りの剣(1)

 シエテ・ザッカショーは知っていた。

 歳幼くあっても利発な彼女は、物事の真実を見通す目を持っていた。

 だからシエテは知っていた。シエテだけが知っていた。


「神意でございます。旦那さま」


 彼女の夫、ロング・ザッカショーは丁寧に整えられた庭先で、生け垣の剪定をしていた。

 広い屋敷の中にあっても、それを探し出す事はシエテにとっては難しい事ではない。


 利発な彼女は知っている。

 いつも優しげに微笑むロング・ザッカショーとは世を忍ぶ仮の姿。

 実は、偉大なる神ボンガロの使徒である狼の精霊なのだと。


 シエテはそう確信していたし。

 それを信じているのはシエテ一人だった。


「商品の注文ではなく、ですか?」


 もちろん、ロング本人も信じてはいない。


 ロング自身は自分の事をこう思っている。

 目立った商才も教育も無く、もちろん神の加護などもない、実につまらない男だと。

 専門の庭師もいる庭で、生け垣いじりをしているのも、単純にやる事が無いからだ。

 お飾りでいるだけの婿養子。それがロングが思うロング・ザッカショーという男だった。


「ええ。注文はいつもの通りに。それとは別に神意が下されましたわ」


 シエテのふわふわとした金髪は、陽を受けてきらきらと輝いて、むしろ彼女の方こそが神の使いに思われた。

 純真無垢で天真爛漫。今でこそ幼い娘ではあるが、数年もすれば目も眩むほどの美女になるであろう。


 そんなシエテとロングの風体は対照的だ。


 痩せぎすの身体。

 こけた頬。

 硬い真っ黒い髪は、なにか周囲に影のような暗さを落としている。


 張り付いたような曖昧な微笑みは、その陰気さを隠そうとした仮面に過ぎない。

 生まれも育ちも自慢出来るものではなく、礼法一つとっても上手くやるのに相当な苦労を必要とする。

 狼と言われれば、風貌にその面影は感じるが、むしろ痩せ犬という印象の方が強い。


 あまりに対照的な婚約者を無邪気に慕うシエテに、ロングはいつも困ってしまう。


「神意という事は、つまり……」

「ええ。決闘神判官に選出されたとの知らせですわ」

「……こりゃあまた、露骨な……」


 今年に入って3度目の選出であった。

 通算すると15を超える。

 一生、決闘神判官として選出される事も無い者もいる中で、これはあまりに露骨に過ぎる。

 ロングの張り付いた微笑みも引き攣ろうというものだ。


「旦那さまは神の使いなのですから」


 当然の事ですわ、とシエテは誇らしげに胸をそらす。

 僅かとも、それでロングが死傷するとは思っていない。

 神の使いであるならば、それは有り得ないのだと、シエテは確信していた。


「お知らせいただきありがとうございます、お嬢様」

「シエテ」


 不満げに、シエテは唇をとがらせる。


「シエテ、とお呼びくださいな。旦那さま」

「……はい」

「シエテ、と」


 ずい、と真剣な顔で迫るシエテ。

 シエテの、夫への唯一の不満点は、自分の事を『お嬢様』と呼ぼうとする事だ。


「はい、シエテさま」

「シエテ、です」

「……はい、シエテ」

「よろしい」


 花が咲くように笑うシエテに、ロングの顔もほころんだ。


「では、シエテ。わたしは了承した旨を神殿に伝えに参ります。決起人についても聞いておく必要がありますし」

「いいえ? それには及びませんわよ」


 何を言っているのだと、シエテは小首を可愛らしく傾げた。


「神殿への了承はすでに伝達しておりますし―ー」


 嬉しそうなシエテの姿に、ロングの眉根に皺が寄る。

 今まで行った15回を超える決闘神判。その一つとして、一筋縄で行く事はなかった。

 特に、決起人が。


「先方はすでに、こちらにいらしていますわ。ええ、決起人の方です」


 今回も当然にそうであるようである、と。

 ロングは覚悟を決める事とした。

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