告白
「あ、の?な、な、なにを……セヴィリス様……?」
彼が自分を抱きしめている。魔印のある肩を強くつよく。
「申し訳ない……、貴女がとても愛しくて……」
「セヴィリス様……」
彼は苦しそうに顔を歪めて、手にいっそう力を込めた。
「貴女は、あんな人たちに一人で立ち向かおうとしていたんだね。そして、今までもずっとずっと、この館で一人過ごしてきた。そう思うと、なんだか胸が痛くて……」
「わ、私は……」
両親と死に別れ、この館へ来てから今までのことが鮮明に彼女のなかに流れる。嫌な思いも、悲しい思いもたくさんしてきた。それが、セヴィリスの元に嫁いだことによって少しずつ浄化されている。
「今は、とても幸せですから」
彼女は微笑む。セヴィリスは「うん」と頷いたあと、しばらく無言で彼女を抱きしめ続けた。
そして、思い切ったように息を吸うと、再び口を開いた。
「申し訳ないけれど、伯爵家での貴女の待遇のこと。以前に聞いていたんだ。修道院でね」
「あ……。そうだったのですね……」
彼女は瞬きをした。ということは、夫は、彼女を妻に迎える時にはすでに知っていたのだ。養女のリリシアが家族に疎まれていたことを。
「……そのことは、他でも有名でしたし、婚約者の下調べをするのは当然だと思いますから、気になさらないでください」
だが、彼はなおも続ける。
「不遇な方だと、思った。魔物に立ち向かった勇敢な女性がそのような扱いを受けているのが気の毒で、とても不憫に感じた」
「セヴィリス様?」
それは、どういう意味だろう。なぜ今そのことを?
セヴィリスは、彼女の肩を抱いたまま自分の方に振り向かせた。
「それもあって、貴女をグリンデルに迎えることを決めたんだ」
同情。
セヴィリスはリリシアの不遇を憐れんで妻に迎えたのだ。
ああ。そうだったのね……。
彼女はぎゅっと目を閉じた。
それならわかる。
(すごくすごく、セヴィリス様らしい……)
修道院のこともそうだ。そもそもデインハルト家が慈愛の精神に満ちている。そんな中で育った彼にはごく自然のことなのかも知れなかった。真面目で、正義感の強いセヴィリス・デインハルトは聖騎士長としてすべきことをしたのだ。
彼のいう、愛のない婚姻生活というのは間違いではなかった。わかっていたことだが、胸が痛い。
(私はとっくに大好きになってしまったけれど)
彼の告白はさらに続く。
「それにもう一つ。貴女に求婚した理由がある。ごくごく個人的なことだけれど。……私には弟がいたんだ」
リリシアは驚いて彼を見た。
「え?……弟君が、おられたのですか」
そのような話は使用人たちからも聞いたことがなかった。彼は硬い表情で頷いた。
「……弟は、レイスは数年前に亡くなった。たまたま父と避暑に出かけた際に運悪く魔物と遭遇してしまって、そして命を落とした。父はそれが元で聖騎士長を退いた」
彼は低い声で淡々と話す。それが逆に辛そうに見えてしまう。
「そんなことが……お気の毒に」
リリシアは彼の手を握りしめた。かすかに震えている。あまり、話さないようにしてきたのだろうか。絞り出すような声でセヴィリスは続けた。
「弟の……レイスの命を奪ったのは、ラギドなんだ」
「え……」
雷に打たれたような衝撃がリリシアを襲った。あの、おぞましい魔物が。
声も出せずに、夫を見上げる。彼の緑の瞳はいつのまにか燃えるような赤になっている。まるで、初めて会った時のように。
「だから、貴女を娶ったのは弟の仇を討つためなんだ。
魔印のある貴女をそばに置けば、あいつを誘き寄せることができる……。倒す機会が必ずやってくるからね」
私は貴女を利用しているんだ。
夫の瞳にはどす黒い復讐の炎が揺らめいている。そこにリリシアは映っていない。あまりの衝撃に、かける言葉が見つからない。リリシアはただ、セヴィリスの震える手を握り続けた。
「私は、打算、同情、責務。様々な理由であなたを迎えた。その全てが、利己的な考えだ」
だから貴女の望みを叶えるのは、せめてもの報いでもある。貴女が申し訳なく思う理由なんて一つもないんだ。
『妻として振る舞ってもらうことなど望んでいない。好きなように過ごして欲しい』
初夜にそう言われたことが蘇る。
合わせ絵の外れたかけらがゆっくりと合わさる音が聞こえた気がした。
「でも……でもね」
声色が変わる。
「ラギドへの復讐を誓い、聖騎士の務めを果たすために貴女を迎えたのに」
それなのに、貴女のことを恋しく思ってしまうんだ。
「貴女のこと、知れば知るほど、好きになる。私の話を楽しそうに聞いてくれるのも、驚いて目を見張るその姿も、肩を素直にいつも私に恥ずかしそうにみせてくれるその慎ましさも、この屋敷で、あなたの見せた勇気も」
一日一日を重ねるたび、貴女で自分のなかが満たされていく。務めや復讐など飛び越えて、あなただけを感じていたくなってしまう。
セヴィリスはリリシアの手を恭しく掲げ、その手の甲にそっと唇を寄せた。
「どうか、どうか、貴女を愛する赦しを。お願いだ。リリシア殿」
戸惑いと、悲しみと、喜びと。いくつもの感情がものすごい勢いでリリシアの身体を駆けめぐる。なんの気持ちが自分の本当の想いなのかもわからない。弟の復讐、聖騎士の務め、そして同情。彼の優しい笑顔の陰に、こんなにも様々な感情が渦巻いていたなんて。
リリシアはゆっくりと、彼の瞳を見つめた。自分の気持ちを確かめるように口を開く。
「私は、戸惑いの気持ちであなとのもとへ参りました。のけ者にされてきた自分になぜ、こんなに優しくしてくれるのか、わからないながらもありがたく感謝の日々を過ごしてきました。……そうして、あなたの人柄を知るにつれ、どんどん、どんどん愛しくなっていったのです」
「リリシア、殿……」
「リリシアと。私は、あなたをお慕いしております。心の底から、大好きです」
彼は瞳を瞬かせた。暗い炎は去り、甘い熱情が二人を包む。唇が、そっとそっと、近づいた。




