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2話 修道院の子どもたち

 


「ええ、それはもちろん。どこへ参りますか?」

「レイフィル丘近くの修道院へ」

 修道院と聞いて御者は怪訝な顔をした。だが黙って頷くと馬を走らせた。ベルリーニ領へと入り、ほどなくリリシアは石造りのこぢんまりとした修道院へと到着した。

 鉄製の門が開き、リリシアの乗った馬車が庭に入っていくとたくさんの子供達がいっせいに駆け出してきた。併設されている孤児院の子供達だ。彼らは目ざとく馬車を見つけていて、そこから降りてきたのがリリシアだとわかるととたんに笑顔になる。あっという間にリリシアは少年少女に取り囲まれた。

「リリシアお姉ちゃんだ!」

「リリシア様、また遊びに来てくれたの?」

 さまざまな年齢の子たちが口々に嬉しそうに彼女の名を呼ぶ。リリシアは先ほどの嫌なことなど忘れてしまい、心からの笑顔になる。

「こんにちは、みんな」

「うん、ねえ、はやく一緒に遊ぼう!」

「ええ、そうね。先に院長先生にご挨拶させてね」

 彼女は皆に押されるようにして、粗末な建物へと入っていった。


 ✳︎✳︎

「リリシア嬢、本当にいつもありがとうございます。貴女がくると皆、はしゃぎ過ぎてしまって。ご迷惑をかけているのでは?」

 子供達と十分に遊んだ後、リリシアは狭い応接室へと通された。初老の院長は聖職者の普段着である白い長衣を身につけているが、何度も洗濯を重ねたせいで所々綻びができている。

「そんなことありませんわ。みんなと遊ぶのはとても楽しいですし、いつも元気をもらえますから」

 リリシアは微笑んだ。頻繁に訪ねることはできないのだが、彼女はここに来ると子供たちの笑顔に癒されるのだ。

 レイフィルの修道院は院長がベルリーニ伯爵領の土地を借りて施設を運営している。僅かな牧草地の収益でやりくりしながら、身寄りのない子供達を育てているのだ。リリシアは手提げから小さな巾着袋を取り出した。

「あの、これを寄付させてください」

 袋の中にはリリシアの小遣いが入っている。あまり自由にできる金はないのだが、彼女の精いっぱいの気持ちだった。院長は皺のある顔をくしゃくしゃにして深く頭を下げた。

「本当に、お気持ちだけで……なんとありがたいことか」

「いえ、いつも少なくてごめんなさい」

「とんでもない!私どもは皆、お嬢様に感謝しておりますよ」

 王国の貴族たちは数十年前にこぞって慈善事業を始めた。この修道院もその一つである。だが、現ベルリーニ伯爵は明らかにここに興味がなく、援助も年々減ってきているのだ。リリシアはそういった事情を知らないが、この修道院の運営が厳しいのは肌で感じていた。

「我々は多くを望みませんが、やはり子供には健やかに育って欲しいものです」

 院長は穏やかに微笑む。

「私の父は修道院で育ててもらったことをとても誇りに思って感謝していました。でも、遠い地方ですし、昔のことなのでどこにあるのかわからないんです。いつか行けたらいいんですけれど……」

 リリシアは俯いた。伯爵は父の出生地のことは何一つ教えてくれない。

「身分の高い方はふつう、そういうことは隠すものです。悲しいことですが。ですがあなたは違う。こうして我々や子供達をいつも気遣ってくださる」

「いえ、そんな。私にとってはとても心安らぐ時間ですので、こうして歓迎してくださるのがとても嬉しいのです」

 リリシアは外で遊ぶ子供達を優しい目で見つめる。院長は、清い心の持ち主である彼女が伯爵家で不憫な扱いを受けていることを思い、胸が痛くなった。

「そういえば、シノたちの姿が見えませんね。お使いですか」

 外を見ていたリリシアはふと気づいた。一番年嵩の少年二人の姿が見えない。

「ええ、村の仕事を請け負いましてね。朝から森小屋の修理に行っているのですが、なかなか帰らなくて」

「まぁ。今の時期はすぐに日が落ちてしまいますよね」

「そうなんです。行き慣れた場所ですが少し心配なんですよ。もう大人だなんて言っていますが、まだシノは十三ですから……」

 院長は苦笑いしているが心配そうだ。リリシアは身を乗り出した。

「私、迎えに行きます。馬車ならそうかかりませんし、小屋に行って、シノたちを乗せて戻ってきますわ」

「そんなっ。結構です。そのうち帰ってくるでしょう。そこまでお世話になるわけにはいきません」

 その時、遠くで雷の低い轟きが聞こえてきた。二人は顔を見合わせる。

「やっぱり、心配ですわ。雨に降られたら大変ですもの。行かせてくださいませ」

 そう言うなり彼女はもう外に向かっていた。御者はその分代金を上乗せできると踏んで快くリリシアの頼みを聞きいれた。不気味にゴロゴロ鳴り出した灰空のもと、馬車は出発した。

 森に近づくにつれて風が強くなってきた。木々が不気味に揺れている。遠雷が響き、馬たちが怯え始めた。

(あの子たち、大丈夫かしら……)

「お嬢様、すみませんがここからは馬車では無理ですね。降りないと。馬たちが怯えてしまって……」

  御者が不安そうな表情でこちらに降りてきた。

「では歩いて行くわ……小屋はすぐ近くだから」

「そこまでしなくても、きっとその山小屋で遊んでるだけでしょう。一晩くらい足止めされても別に、大丈夫ですよ」

 リリシアは暗い森を見つめる。今にも雨が降りそうな空模様だ。

「私、見てきます。ここで待っていてください」

「だ、だめです。そんなこと! 迷ったらどうなさるんですか」

「二人はお昼過ぎには帰るって院長さんに約束したそうよ。真面目な子達だから、約束は守るはずなの……もしかしたらどちらかが怪我をしているのかもしれないわ」

 リリシアの真剣な顔に御者はため息をついた。

「……わかりました。馬を繋いでおくので少しお待ちを」

 リリシアはその間に素早く馬車から降りた。なんだか妙な胸騒ぎがする。肩掛けを羽織り歩き出したその時、風の音に混じって恐ろしい獣の咆哮が響いてきた。続いて地鳴りのような低い唸り声があたりを這う。

「ひっ…… お嬢様!狼ですよ!早く馬車に戻って……」

「だ、だめよ。あの子たちが心配だわ……!」

「そんなもんどうでもいいでしょう。たかが孤児の子ども」

 御者の制止を振り切ってリリシアが森へ行こうとしたその時、そばの茂みがガサガサと揺れた。


「助けて……っ、だれか、たすけて!」


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