ぬいぐるみの受難
「今日こそは君を守ってあげるね」
ぼくは、ぬいぐるみに話しかける。
だけど、そんなぼくの背中に、まだ小さな妹がのしかかってきた。
「ダーッ!」
狙っているのは、ぼくの大切なぬいぐるみだ。
妹は、自分のぬいぐるみの耳を持って、ぐるんぐるんと振り回して、戦いをいどんでくる。
とても怖い。
でも、負けたら、またぼくのぬいぐるみが奪われてしまう。
ぼくはあわててぬいぐるみを後ろに隠すけど、妹が振り回したぬいぐるみがぼくの頭にあたって、ごろんと倒れてしまった。
すかさず、妹はハイハイをしてぼくのぬいぐるみに襲いかかった。
振り回していたうさぎのぬいぐるみを放り出して、子ぶたのぬいぐるみにむしゃぶりついている。
大切なぬいぐるみを奪い取られて、ぼくは泣きはじめた。
「ぶーた。ごめんねぇー。守ってあげられなくてごめんねぇー」
ぼくの泣き声に気づいたママが駆け寄って抱き上げてくれた。
「ゆうた。よしよし、もう泣かないで」
妹は、ぶーたに食いついて、よだれまみれにしている。ぶーたは食べ物じゃないのにっ!
「ママァ、ぶーたが。ぶーたがぁ!」
「大丈夫よ。ぶーたは強いから。このくらいじゃへこたれないのよ」
そう言って、投げ飛ばされたうさぎのぬいぐるみを引き寄せた。耳がほつれてちぎれそうになっている。
「ママ、いずみん、かわいそうだね」
「大丈夫よ。後でちゃんと直しておくから。この程度のケガ、何度だって乗り越えてきたんだから」
「ほんとうに?」
「そうよ」
「ぼく、しずくちゃん、いやだ。乱暴だから」
「そんなこと言わないで。まだ赤ちゃんなんだから」
「赤ちゃんだからしからないの?」
「ゆうただって、赤ちゃんの頃はしずくとおんなじことをしてたのよ。いずみんの耳を持って、ぶーたを倒してたのよ」
「うそだぁ」
「本当のこと。ママ、そんなゆうたが、ぶーたといずみんのことをこんなに大切に思ってくれるようになってうれしいわ」
「うん。ぼく、お兄ちゃんだからね」
「しずくもいつかわかってくれると信じて。ねっ」
「うん。わかった」
妹は、まだ、ぶーたをガジガジしている。
ぶーたは、子ぶただけど食べ物じゃないのに。いずみんの耳が長いのは、振り回すためじゃないのに。
この次こそ、守ってあげるからね。
ぼくは、ママに抱っこされながらそう誓ったんだ。
夜、パパが家に帰ってきた頃には、ぶーたはきれいに洗われ、いずみんの耳はきれいに直されて、手の届かない本棚の上に並べて置かれていた。
ぶーたといずみんが仲良く寄り添っているのは、まるで、パパとママみたいに見えて、ぼくはうれしくなったんだ。
一 おしまい 一