第3話:「俺の名は。」
前回のあらすじ…自分を神と名乗る色を全部抜いたキ〇アみたいな見た目のやつから全然説明して貰えなかった…
深く沈んでいた意識が、木々の隙間から差し込む光にゆり起こされる。
どうやら無事に朝を迎えたようだ。
目を覚ました俺は、しばらく森の中であの黒い何かを調べていた。
黒い何かは出そうと思えばすぐ出すことができたし、球状にして射出することもできた。ノーコンだったせいで木に穴が空いてたが。
とりあえず射出すると危険が危ないので、腕に纏わせて使うことにした。
…さて、これから俺はこの世界でコレを頼りに戦っていくことになるだろう。言わば必殺技だ。
ソレに名前をつけないのはちょっと淡白がすぎるってものだ。
だから命名する。お前は今日から、
「黒塗り」
小さく詠唱すると、呼応するように腕が黒い炎に包まれる。身体の表面でなら自由に動かせるし、触れたものは容赦なく分解するので、割と強いスキルなのかもしれない。やったぜ。
「とりあえず人を探すか。」
ステータスの中の《黒い何か》に項目が幾つか追加されているのを確認した後、当初の目的通り、とりあえず人を探すことにした。それにしても、
「なんでパジャマのまんまなんだよ…」
おかげで足裏が痛てぇ。
あの自称神め、怒涛の展開に流されて気づかないとでも思ったのか?
今度会ったら1発ぶん殴ってやる。
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森の中に、人がよく通る道なのか歩きやすい道を見つけた。街道ってやつだろうか。
これを通っていけば人と会えるかと思いしばらく歩いたが、出遇うのはさっきのオオカミやら人間大のムカデやら。モンスターとの戦闘は日常茶飯事な世界なんだろうか。
ヤツらはどうも黒い炎が恐ろしいのか、黒塗り《エンチャント》を発動させれば動きが止まった。
あとは頭を1発殴ればそれで終了。いちいち敵に怯えなくて良くなったのは非常に嬉しい。
街道を歩いてしばらく経つと、道から外れた森の中から、鉄と鉄のぶつかるような高い音が聞こえた。
鉄の音なら多分人が居るのだろうが、なんの音だろう。こんなところで鍛治をするわけもない…戦闘、だろうか。
少し茂みに隠れるようにしゃがみながら音の元に進んで行くと、少し森が開けているところに辿り着いた。
その開けた空間の中には、2つの影があった。
銀髪の女と、クマ。クマの方は、昨日のオオカミと同じようなモンスターなのだろうか?
鉄の音の正体は、その女がクマと短剣で打ち合う音だったようだ。
どうやら女の方は防戦一方のようで、クマの爪を弾き返すことしか出来ていない。
──しかし、俺と同じぐらいの歳に見えるあの女は、どうやってクマと打ち合っているのだろう。何か仕掛けが──
この期に及んでまだ判断の鈍い俺は、すぐさま動くことは無かった。
ザクリ
弾き損ねた一撃が、彼女の彩に朱を足す。
「うぅっ…!」
「!?」
彼女は傷を抑えて片膝をついてしまった。
どう見てもピンチなのにのんびり考えてるとか、何をやっているんだ俺は!
思考を集束させる。
飛び出すか?いや、正面からじゃダメだ。俺の動きよりヤツの動きのほうが速い。奇襲でなければ。それも、できるだけヤツが集中したタイミング…!!
片膝をつきながらも、彼女は手にした短剣でかろうじて攻撃を受け流していく。
「しまっ…!」
しかし、その短剣も弾かれて落としてしまった。
「はぁっ..はぁっ..私、まだ、終われないのに…!」
荒い息を吐きながら彼女が呟いている。彼女は諦めてしまったのだろうか?
いや、いいや、彼女の目は、まだ諦めてなどいない。ろくに人と付き合いの無い俺でもはっきりと意志を感じ取れる。
それに──
クマが唸り声をあげて、大きく腕を振りかぶる。その爪は彼女にとってまさに、断頭台の刃そのものだろう。やけにスローに見えるその動作は、さながら処刑までのカウントダウン。
3
2
だが、
1!
──俺が、そんな光景は見たくないから。
だから、刃が落ちる未来は来なかった。
既に、移動していたヤツの背後の草むらから飛び出していた俺は、そのまま大きく踏み込んで右拳を突き出した。
息を吸いこむ。咆哮する。
「黒塗りッッ!」
背中に吸い込まれていった拳は、迷いなくヤツの心臓を穿ち、胸から飛び出した。
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拳を引き抜く。
燃え移った黒い炎がクマを焼き尽くしていくのを認めて、大きく息をついた。
息をつくと、今までクマを殺すことしか考えていなかったからか、急激に思考が戻ってくる。
目の前のクマから急に腕が生えてくるとかホラー映像では?
ほら、彼女びっくりして尻もちついちゃってる。
ようやくしっかり顔が見えたな。綺麗な蒼い目だ、可愛い。
…違う、そうじゃない。
手を差し出す。
「大丈夫か?」
彼女は俺の手を握って立ち上がり、
「ありがとう。でも、どうして?」
言葉を返してくれる。
こんな状況でも真面目にできない自分の思考に嫌悪しながら、彼女の言葉の意味を考える。
どうして、とは、何故助けたのか、という意味だろうか?
「いや、少し道に迷っちゃってな、助けられるついでに道案内でもしてくれると助かる。」
「…道案内…?うん、構わないけど…」
大分言葉につまりながらの返答。
「何か、気になることでもあるか?」
「ううん、なんでもない、改めて助けてくれてありがとう。私はワイス、アナタは?」
本名を言うか?いやでも、バリバリの日本ネームはおかしいよなあ。怪しまれたら困るし、とりあえず適当な名前で、
「ああ、俺は…俺の名はルークだ。」
「ルークね!聞きたいことも色々あるけど、とりあえずよろしくね。道案内頑張ります!」
胸の前で拳を握りしめる彼女に、本名を伝えるべきだったのだろうか。謎の罪悪感が俺を襲った。
俺のことを信じられないようなものを見るような目で見つめる彼女の姿が、ヤケに頭に残った。