第68話:【勝利の】
「はぁッ!」
イリーナの剣とウサブルカの右手がぶつかり合う。指と指の間に剣が入り、掌を押し付けて奴の爪を止めている。
しかし、一時は拮抗したかに見えたソレは奴の左手によっておわりを告げた。
もう片方の手がイリーナに振られた。彼女がそれを後ろに跳んで躱したところを、瞬時にウサブルカが追撃。右手の爪が、イリーナの頸動脈を断ち切ってしまった。
「イ、イリーナッ!」
俺は慌てて駆け寄った。しかし……。
「来るな……ッ!」
イリーナは俺の動きを叫んでとめ、ウサブルカを睨んだ。
……そうだ。ウサブルカが待ち構えていたんだ。もし俺が心配に駆られ、イリーナに駆け寄っていたとすれば、すかさず奴が俺に対し爪を振るっただろう。
それを躱すすべは、俺にはねぇ。
「ぐ……すまねぇ!」
グッ……と握り込んだ拳から、血が滲み出す。この場において俺は大したことが出来ていない。あらゆる切り札をここに来る道中で切ってきた俺には、ヤツを倒せる決定打を持っちゃいない。
俺には、イリーナを支援することしか出来ない。
「まったく……もう少し慎重に動け!」
イリーナは奴の攻撃を剣で弾き、ときに躱す。それを繰り返し、なんとか生き延びてはいたが、次第に動きが鈍くなっていた。
頸動脈を切られたからだ。アレのせいで、イリーナの首からは血が絶えず流れ出ている。
「こんのッ!」
俺はウサブルカに向かって氷の剣を投げた。
しかし、奴はそれを躱すこともしなかった。
平然と突っ立っている。それだけなのに、俺の剣は奴の体に弾かれてしまった。掠り傷も与えれなかった。
「うそ……だろ!?」
完全に戦力外になっちまったことが確定した。今まで発明などを使って何とか食らいついていた。
しかし、今回の相手は強過ぎる。食らいつくことも、出来る状態ではなかった。
「フシュゥッ!」
俺が落胆していた時、クルヴァースが一声鳴いた。そいつの方に手を向けてみると、地面の白が吸収されていた。
まるで掃除機みたいに、あいつの体にどんどん大地の力が吸い寄せられていく。
そして……。
「フシュゥゥゥゥッッ!」
クルヴァースは魔法を放った。やさしい白い光を放つ魔法。
それがイリーナに当たった瞬間。首の怪我が瞬時にして治癒された。
「こんなことも出来るのか!? クルヴァース! よくやった!」
「フシュゥゥッ!」
クルヴァースはガッツポーズを取り、元気よく跳ねた。
するとこの一連の流れを見たからなのか、ウサブルカがその口角を吊り上げた。
「すばらしい。魔法をほぼ完璧に使いこなしているではないですか。それでこそ、それでこそですよ。益々欲しくなってまいりました。ふふふ」
クルヴァースはゾワゾワ〜と鳥肌を立たせていた。その触手がブルブルと震えた後、萎れている。
気持ちはよくわかる。俺もウサブルカにあんなことを言われたらまず間違いなくああなっちまうだろう。
「フシュゥッ! フシュゥッ!」
クルヴァースはまたしても魔法を放った。白い光の矢が、ウサブルカの方へと飛んでいき、ヤツの体を貫く。
しかしあいつはまるで動じていない。貫かれて穴が空いた部分も、すぐに他の黒が押し寄せ、元通りになる。
「ふ、フシュッ!?」
「無駄ですよクルちゃん。私は殺せません。この世界に大地の力がある限り、私は不死身なのです」
「へへっ……それなら、随分とクルヴァースと相性が悪いじゃねぇか! このままならこいつ。この世界の大地の力を喰らい尽くしちまうぜ!」
俺の言葉に呼応するようにクルヴァースの体が光り出した。
「おやおや……これは厄介ですね。出し惜しみは止めておきましょう」
地面の白が黒く変色する。
その黒は光のような速度でウサブルカの体に吸収されている。
2倍、5倍、10倍。桁違いな速度で奴が巨大化している。
俺はイリーナの手を引っ張り、走って奴から離れた。
しかし……全力で走ってもなお、奴の成長の方が早い。
いまだ巨大化し続けている奴の黒が、徐々に俺たちの背中に迫ってきていた。
「しっかり捕まれッ!」
イリーナが前を走り出した。
身体強化魔法を付与したのだろう。俺の2倍ほどの速度で走っており、奴の黒から一定の距離を取ることが出来た。
「はぁ、はぁ、クルヴァースは、無事か?」
逃げなきゃならないという意識ばかりが先んじて、クルヴァースのことを忘れていた。
俺は首を振り、辺りを見渡した。
「フシュゥ」と近くからあいつのか細い声が響いた。
聴こえた方向はイリーナの位置だ。
灯台下暗しとでも言うのか、逃げている最中は気付かなかったが、どうやらクルヴァースはイリーナの背中に張り付いていたらしい。
「ホッとしている暇はないぞ」
イリーナが顔を挙げ、目の前のクロを睨みつけている。
ウサブルカの頭は月にも届きそうなほど高くなっており、腕や足も浮遊大陸の全長ぐらいはあるだろう。
奴の手が……いや、奴の指一本でも振るわれれば、それだけでこっちは死んでしまう。
「……クルヴァース。この空間から出る方法はあるか?」
この世界から普通の草むらに戻るには何らかの力が必要なはずだ。
現に、先程は元来た道を全力で走ったというのに、元の草むらには戻れていない。
となると、ここは普通の世界から隔絶された場所だと考えるのが一番自然だ。
ウサブルカがこの中から出ずに俺を動かすという手段を取ったのも、それが理由だと考えれば納得がいく。
そう考えれば、クルヴァースがこの空間から脱する力を持っていてもおかしくはない。
ウサブルカがあそこまで求めるのにも、納得がいく。
「フシュ? フシュゥ!」
クルヴァースは頷いた後、魔法陣を構成した。
「な、何を言ってるんだ。この空間から出る……とは、逃げるつもりか!?」
「そうするしかねぇ。今のままじゃこいつには勝てない! ここは一旦逃げて準備をし直すべきだ!」
「しかし……!」
イリーナが不満そうな声を漏らした時、横から轟音が鳴った。
見ると、白い空間に穴が空いており、そこから元居た場所の草むらが見えていた。
「行くぜイリーナ!」
俺は彼女の手を無理矢理引っ張り、穴の外へと抜け出した。
後に、クルヴァースも無事に戻ってきたようだ。
「何を考えている!? 奴の言ったことを忘れたのか! あそこは奴が許可しなければ入れない場所なんだぞ!?」
「大丈夫さ」
懐から筒を取り出し、中に入っている地図を腕に押し当てた。
「お、おい……何をやっている?」
パリン
ガラスが割れるような音が前方で響いた。俺達が出てきた白い穴が黒一色に染まる。
そして、穴から辺りの空間にピシピシとヒビが入っていく。
大きな破裂音とともにそのヒビは消え去り、突如、俺達の前にウサブルカが現れた。
「感謝いたしましょう。あの狭い転生の間から出していただいたことに」
転生の間か……。
こいつは死んでいないため、あの空間から出られなかったのだろう。
俺や、おそらく魔法使いの男も一度殺され、転生という形で利用された。
やはり思っていたとおりだ。
あそこから出る方法は死ぬか、クルヴァースの力を使うかの2択しかない。
俺達がクルヴァースの力で無理矢理出れば、こいつも抜け出してくる。俺はその予感があった。
「残念だったなウサブルカ! お前はすでに……俺の策にハマっているぜ!」
俺はあの地図を取り出し、魔法を使った。
ホムンクルスを起動させるために使うと言われる、魔力を注入させる魔法。
それによって、地図の向こう側にある、術式が反応する。
隊長から貰っていたモノ。その正体は紛れもなく封印魔法の短縮するための術式だ。
おそらく普通に撃ったのでは効果が無い。
しかし、それならば地図で巨大化させ、その魔法の軌道上にウサブルカを配置してから撃ってやればいい。
幸い、奴はこんなにデカくなってくれた。
「それは……!」
ウサブルカが驚いたような声を出す。
そして……俺の推測は当たったようだ。注入魔法に反応した術式が、青い球体を撃ち放つ。
もう1つの大陸のようなサイズになった球体が、奴の背中に炸裂した。
「うぅ……ッ!?」
奴の体全体から青いオーラが噴き出し、バチバチと音が鳴った。
1つあった懸念点は、封印魔法が大地の力を封じてくれるかどうかという所だった。しかし、奴の様子を見るに問題はないみたいだった。
「クラジレン……あれは隊長の封印魔法じゃないか!? まさか……術式自体を地図に移したのか!?」
「あぁ、その通りだぜ!」
封印魔法を巨大化させたって効果はない。浮遊大陸の地面に落ちるだけでウサブルカにはどうやっても当てれない。
しかし、この船のような術式を経由すれば話は別だ。
ゴリラ達の森を中心にし、先端を俺達が来た道に合わせる。
そこに魔力を注入すれば、先端から放たれた魔法はウサブルカに当たる。
中々厳しい賭けだったが、どうやら成功したようだぜ。
「しかし、浮遊大陸への被害はどうなる!? 術式など巨大化させた状態で置いたら……」
「それは、大丈夫だぜ。術式は透けるもんだし、繋がっているから浮くことになるはずだ」
どこか一点が山の頂上辺りに当たっていれば、そこを軸にこいつは浮く。
問題は見上げれば巨大な青い線があるということで多少騒ぎになるくらいだ。
イケゴリが使ってた消去魔法をクルヴァースに使ってもらえば、万事解決ってわけだ。
「……なるほど」
その場に、やけに低い声が響いた。
それと同時に、ウサブルカの指が一本、クルヴァースの方へと伸びていく。
「フシュ!?」
クルヴァースは目の前に壁を発生させ、その指を防いだ。
「お前……まだ動けたのかよ!?」
「ふふふ、残念でしたね。たしかに人間にしては大した物を作った様ですが、私に使うには、少し役不足です。体の中で自身を分裂させ、影響を受ける部分を最小限にさせていただきました」
なんて野郎だ……。
腕に毒が入ったので肩から切り落とすみたいなことを、体の中だけでやりやがったのか。
いやしかし、効くには効いたんだ。何発も撃てばいずれは……。
「やってみてはどうでしょう? フフフッ」
ず、随分と不気味じゃねぇか。
俺の考えが分かって言ってるってのか……。
「後悔するんじゃねぇぞ! この野郎!」
俺は地図の中に魔力を込め、もう一度封印魔法を撃った。
飛んできた球体は確実にウサブルカに当たった。
なのに奴は、ピンピンしている。
「言ったでしょう? 体の中で影響を受ける部分を限定化させた、と」
「そ、そうか!」
その影響を受けた部分を魔法が飛んでくる方向に押し出したんだ。
もう既に封印が出来ている部位にこの魔法を当てたって意味がない。
それが分かっていたから、あいつもあんな余裕ヅラをしてやがるんだ。
「ク、クソッタレぇッ!」
どうすりゃいいんだ。
もう完全に手が無くなっちまった。
「もう、万事休すのようですね。クルちゃんは貰っていきましょう! 私とともに、世界を支配するのです!」
パリィン
クルヴァースが発生させた壁が割れる音がした。
「クルヴァース!」
イリーナがいそいであいつを担ぎ、ウサブルカの元から逃れる。
「おやおや、しつこいですよ! 諦めなさい!」
ウサブルカが手を開き、イリーナに掴みかかろうと伸ばしていく。
「フシュゥッ!」
それを躱すため、クルヴァースは前方の少し高い所に浮いた床を設置する。
イリーナは跳んでその上に乗り、さらに跳躍してウサブルカから逃れる。
「……!」
戦況を見て、少し引っ掛かりを感じた。
そしてその引っ掛かりの正体に気付いた時、俺の口角は自然と上がっていた。
「そうかぁッ!」
俺は地図を筒に入れ、イリーナ達の真下に行った。
「イリーナ! 受け取れ!」
筒を投げて、イリーナに受け渡す。彼女は困惑したように目を細めていた。
「中を開けてクルヴァースに魔法を使わせるんだ! さっきも使ってた、浮く床を設置させる魔法を!」
「あ、あぁ! 分かった!」
イリーナは地図を取り出し、クルヴァースに魔法を使わせる。
「何をするつもりか知りませんが、それ以上好き勝手はさせません!」
ウサブルカはイリーナ達に接近し、手を振りかざす。
「チィッ!」
イリーナは床を粉砕し、ウサブルカの手から逃れる。
「こいつが切り札なんだろう! お前に渡しておくぞ!」
イリーナは落下している間に、地図をヒュン、と俺の方に投げた。
「ありがとよ! そのままクルヴァースもこっちに投げてくれ!」
「貴方はこの期に及んで! いったいなにを!?」
イリーナがクルヴァースの触手を掴み、俺の方に投げた。
飛んでくるクルヴァースに対し、俺は地図を広げた。あいつが中に吸い込まれていく。
「なんだと!?」
「そ、そんな馬鹿な!? あぁッ!?」
ウサブルカは突如苦しげな声をあげる。
やっぱりだ。魔法を巨大化させる仕組みは大地の力を利用して出来ていたんだ。
奴は今、クルヴァースが巨大化した影響で、自分の大地の力すら枯渇している。
「何が起きてるんだ! 何故クルヴァースがあの中に!?」
「クルヴァースとウサブルカは元々1つで、神の魔法によって2つに分けられたと言ってたろ? なら、問題は後から生まれたのはどっちかだ」
「ま、まさか!?」
「そのまさかだぜ。ウサブルカが大元で、クルヴァースはその分家のような形で生まれたんだ。魔法の力によってな!」
「ッゥゥッ!」
ウサブルカが俺の目を睨む
「そんなチャチな種明かしなんて、この際どうでもいい!」
ピシッ、とウサブルカの口の部分にヒビが入る。
「何故、クルヴァースが地図に入れるのです!? あの子が触れても大丈夫なよう、地図に誓約を施していたのに!」
「たしかに、そんな仕組みを用意するのは至極当然だ。俺もそこは懸念していた。だが忘れたのかよ! お前はついさっき、力を封じられたばかりだぜ!」
「あ……あぁッ!?」
隊長から貰った封印魔法。あれが、地図の誓約とやらを維持する力を、封じたんだ。
「フシュゥッ!」
ウサブルカの背後に、クルヴァースが立った。どうやらあの浮く床を置いていき、ここまで戻ってきたようだ。
「あんたも、もう終わりだ。このクルヴァースに勝てる力はねぇだろう!」
ウサブルカはガタガタと震えだし、クルヴァースの方を向いた。
「クルヴァース、ま、待ちなさい!」
「フシュァァァァッ!」
クルヴァースはウサブルカに巨大な光線を放つ。
光線は奴を一瞬で消し飛ばし、空の彼方へと消え去っていった。




