第46話:値上げ交渉
「ふぅー! 疲れたぜ……。」
流石にこんだけ分厚い本をコピーするとなると相当体力を消耗した。
おかげで体の中の魔力はもうすっからかんだ。
「お疲れクラジレン……これを売るのは任せておけ。」
彼女が甘い飲み物を出しながら、そんな言葉を掛けてくれた。俺は素直に甘える事にした。
「じゃぁ、頼むぜイリーナ。俺はちょっと寝とくよ……。」
ずっと開きっぱなしだった目もしぱしぱになってるし、睡魔がやばい。
俺は大人しく寝させてもらう事にした。
「あぁ、おやすみ、クラジレン。」
彼女のその言葉を最後に、俺の意識は夢の中へと落ちた。
ーーー
彼が寝てからしばらくして、私は外に向かった。
「そろそろこいつを売るとするか……。」
私はまずそういう事に詳しそうな商人を探した。
調合書のコピーを売るのであれば調合魔法を使って生計を立てている商人に売るのが一番いい。そういう商人ならこの物の価値が良く分かっているはずだ。
そんな事を考えていた時、クルヴァースが遠くの方へ指を差していた。
その方向に目を凝らしてみると、丁度ポーションなどの調合アイテムを売り捌いている商人を見つけた。
「なるほど……良くやった!」
私は魔獣の頭らしき部分を撫で、その商人の元へと向かった。魔獣は嬉しそうにピョンピョン跳ねながら、付いてきていた。
「すまない、少し買い取って欲しい物があるのだが……。」
私は早速、商人に声を掛けた。その男はチラリとこちらを睨むように目を細め、呆れた様に息を吐いた。
「何を売ろうってんだ? 悪いが、高値では買い取ってやれないよ。」
「これを買い取ってほしい。値段は、そうだな……最低でも金貨10枚程だ。」
少々強気の額で言ってしまったが、効果はあったようだ。
商人は興味を持ったように、私が渡した本に目を通した。
「……なるほど、面白い本じゃねぇか……。ここまで詳しく書かれている調合書は初めて見たな。」
数十秒程で本をパタリと閉じた。
しかし、その間に全ての項目を見終わっていた様で、商人はニヤリと笑みを浮かべている。
「良いだろう、これは……金貨5枚までなら買い取ってやる。」
正直満足の行く値段だ。金貨5枚で買い取れるのであれば、充分だと言えるだろう。
しかし、私にはそれで済ませるつもりはない。
「金貨5枚か……少々安過ぎるんじゃないか? その本の価値は分かったのだろう?」
「悪いね、俺にはまだ把握し切れていない部分があってな……それ以上を出すのは博打みたいなもんだ。」
なるほど、価値を把握しきれていないから高値は出せないという事か。
しかし、そういう訳にもいかない。
「金を出す時に出すのが出来る商売人だ。下手に渋って本当に価値がある物を買えなかった。などという事になっては笑い者にもならないぞ。」
「俺には投資する気は無い、今の状態でも暮らしは安定している。その安定を崩すような賭けをする訳が無いだろう。それに……そもそもあんたは最初に強気の額を言って、今はこの額に満足しているはずだ。」
「……随分と鋭い男だな。」
「へっ、こういう駆け引きには慣れているのさ。」
なるほど、そうなるとこちらが不利になってくる。何せこちらは商売の駆け引きに関しては素人だ、これ以上やるのは得策ではないか。
「分かった、降参だ。それならば、金貨5枚で売らせてもらおう。」
「おう、まいどあり……良い買い物が出来たもんだぜ。」
満足そうにニヤリと笑っている商人を見て、私は勝利を確信した。
「さてと、実はもう1つ調合書があるんだ……。こちらも売らせて貰って良いか?」
「なに?」
私は予め調合書のコピーを2つに分けている。
さっき渡したのは本来の半分程度の数だ。この男は価値について知っていて、安全を考慮した額を選んだ様だが、安全性ばかり取らせてやるつもりはない。
私は内心笑みを浮かべながら、商人の前に本を出した。
「……読ませてもらうぜ……。」
商人はパラパラとページを捲り、読み終わった後にハァ、と溜め息を着いた。
「どっちも良く出来た調合書だな……。商売人としちゃ欲しいもんだが……。」
「そちらも売るとなれば、金貨5枚程いただくとしよう。今度こそ、それ以下だと言えば、受け付ける気はない。」
「……チッ……。」
予想以上に上手く行ったようだ。この男は半分にしようと全部にしようと金貨5枚を提案する。
この男のようなタイプの商人は金を出す物にはとことん出す、と言っても安全から抜け出そうとする事は早々ない。
だからこそ、最初の半分で安全ギリギリまで持っていき、もう半分で抜け出してやる必要がある。
これが、こちらの利益を最大化する為に一番良い駆け引きと言った所だろう。
「……やられたぜ……。幾ら安全なのが1番と言っても、こんな物を金貨5枚で譲ると言われちゃ、買わざるを得ない……か。ほらよっ!」
商人が投げ渡してきた金貨5枚を受け取り、私は調合書を彼に渡した。
「あぁ……ありがとう。」
私は端的に感謝を告げ、その場を去ろうとした所を、商人に止められた。
「おら、もう1つサービスだ。」
そう言って、奴はポーションを投げつけて来た。
「良いのか? こんな物も貰って……。」
「構わねぇよ。それじゃぁ、頑張りな。」
私はその言葉に対し、頷いて、今度こそその場を去った。




