抜錨そして出港
第一独立護衛隊群は、このDDV『むさし』を旗艦相当の艦船とし、同型の二番艦である『ひたち』、それに汎用護衛艦(DD)しののめ型の一番艦『しののめ』と同型艦五隻で、都合、DDVが二隻、DDが六隻の合計八隻で構成されている。
とまあ、これが通常の隊列だが、今回は観艦式対応として、LSD『しれとこ』が習熟訓練に同行している。
第一があるから、当然第二もある。その第二独立護衛隊群は、DDG(ミサイル護衛艦)を中心とした八隻構成となっている。第二の方は、艦名、構成等はいずれ、紹介する機会もあるだろう。
それぞれ、各艦単独では、武器を除けば、燃料食料を満載にした場合、数ヶ月は寄港せずとも作戦行動を取る事が出来ようになっていたはずだ。一応、これは軍機だけどもな。
勿論、武器をどれだけ積んでおくかは、たとえ架空戦記だとしても、オフリミットだ。俺が海自を退役した後も、言ってはいけない事になっている。稀に、戦記物でかなり緻密に書いている奴が居るようだが、あれは、『オフレコだよ』とか言われたものをボヤかして書いているのだと思う。だよな、○○先輩……
公務員法違反にならないように、気を付けて執筆して欲しい。尤も、俺にも言える事だが。
ちなみに、武装も含め、諸元はWiKiに概要が載っているから、適宜参照してもらえると助かるかな。まあ、軍艦の性能公表値は、最低限のものだけれども。取りあえず、詳細値は軍機と言う事で、適当に想像してみてくれ。
そして、その諸元値の一つに連続航行距離というものがある。勿論、これは、カタログスペック上の事だ。そう、カタログスペック上では、三か月以上は海上を航行する事は可能と書いてある。(これはマジで)
だが、自動化が進んでいるとは言え、操船するのは人間だ。軍艦をAIに任せるのは、流石に……だろう。なので、カタログスペック上では可能だが、乗組員の性能も含めると、半年は不可能であると考えている。
いくら海の男(最近は海の女も多くなっているが)とは言っても、やはり陸地は恋しいだろう。今は平時だから、最高でも一か月程度かな、航海に出るのは。じゃあ、どれ位の期間かと言うと、これまた軍機なので、海の男(女)が、ポンコツにならないように、ローテーションして、とだけ言っておこう。
実は、今回の訓練に、特別に補給艦(AOE)も帯同している。『いなわしろ』型補給艦、『いなわしろ』だ。前級の『ましゅう』が、テロ対策特別措置法に基づき、インド洋に派遣された事は、かれこれ二十年も前の話だ。我が隊群の訓練予定は一ヶ月ほどだが、補給艦『いなわしろ』が一緒に来てくれるのは、とても心強いと思っている。
艦長は、友野完治一佐。『ひたち』艦長の渡辺一佐と同期の四十期卒だ。
艦隊群の殿、DD『あさなぎ』が大湊を出港した旨の報告があると、大湊港の艦隊司令部から呼び出しがあった。
「ディスプレイに表示します」
FIC要員の一人が俺に向かって、少し恭しく言ってきた。俺は少し苦笑しながら、全艦船に転送する旨、目線で伝える。すると、FICの大型ディスプレイに大湊の艦隊司令部で指揮を執っている稲垣耕三海将補が映し出された。分かっていると思うけど、このおっさん、俺の上司、いや上官な。
当然の事ながら、FICにいる全員が一斉に立ち上がる。軍隊だから、もう条件反射って事かな。俺も、無意識に号令を出していた。
「総員、気を付けっ!!」
出港直後は、なにかしら作業が有るものだが、手すきの隊員は、俺の号令の基、その場で直立不動の姿勢を取っている事だろう。
「休め!!」
自分が発した「~けっ」の音が聞こえるか否かのタイミングで、海将補から短い号令が出る。その瞬間、俺もそうだが、直立不動の姿勢を取っていた全員が、両手を後ろ手にし、両足を半歩開いて、『休め』の姿勢を取る。
「高野一佐、そして隊員諸君、一人も欠ける事無く、この大湊に無事に帰って来てくれ。小官からは以上だ」
出来る上司ほど、短い訓示で済ませるものだ。俺もこうありたいと心から思っている。そして、ディスプレイのおやっさんに軽く頷き、部下に号令をした。
「総員、気を付けっ、敬礼!!」
おやっさんが映し出されていたディスプレイが、航行図に切り替わる。すると、堅苦しい雰囲気が払拭され、このFICでも、少し弛緩した空気が流れた。
司令官が見えなくなったから、という理由ではない……と思う。艦艇員は忙しいのだ、上官に敬礼はするものの、いつもの訓練通りに、自分の役割に戻っていく。いつもの自分に戻るからこそ、ホッと一息ついた、ように見えるのかも知れない。
そんな中、前地先輩が俺に小声で話しかける。小声って事は、副長としてではなく、防大の先輩って目線で、俺と話したがっていると言う事だ。
「旗艦が先導するのが通常だが、ブリーフィングの時に『しののめ』を先導させるって聞いて、少し驚いたぞ。その時は特に理由を聞かなかったんだが」
「ああ、これ、訓練の一環ですよ。まあ、津軽海峡は我が日本の中庭。完全に実効支配しているとは言え、中央部は公海ですしね。まあ、航行する潜水艦は全て監視しているとは言え、万が一、旗艦がやられちゃったりしたら、洒落にならないでしょう。尤も、これだけの艦隊群に対して、手出ししてくる勇者は、世界広しと言えども、居ないと思いますけどね」
「はは、違いない。しかしさ、観艦式訓練如きで、こんなに武器積むんか?それに、『しれとこ』もだ。まるで、戦争に行くみたいじゃないか」
「確かにそうですねぇ、実弾射撃訓練なんて予定していないですし。実弾とかこんなに積み込む必要あります?ましてや、揚陸艦が我々とツルんで習熟訓練なんて、観艦式の直前でいいんじゃないですかね。ほんと、まったく、理解に苦しみますよ」
「確かにな。習熟訓練は兎も角として、ドンパチの道具は、おやっさんか」
「ええ、海将補が持ってけって言うんでね。あんなの持っていたら、管理が大変ですし。だから、だいぶ抵抗したんですけど」
武器弾薬を搭載しなければ、半年は航海出来るのだが、やはり海軍、軍艦の訓練航海だ。一応、これだけの武器を積んでいれば、艦隊群だけで、リムパック程度の訓練が出来そうな気がしてくる。
内緒だが、積み込んでいる艦対艦ミサイルを全弾打ち込めば、日本近海で展開している『海上自衛隊』以外の、海上に浮いている補助艦を含む戦闘艦を全て駆逐して、さらに十分なお釣りが来るほどの量だ。
「そうか。でも、これじゃあ訓練じゃなくてよ『実戦をやって来い』って勢いだよな。まあ、最近はいろいろとキナ臭いから、それなりに覚悟はしているけどもさ」
「本当ですよ。全く、先輩のおっしゃる通りですね。自分も、『合戦用意』なんて指令は出したくありませんから」
「全くだ……だがな、日本は大陸の出口をしっかりと蓋しちまっているからな」
北を上にした地図だと分からないが、その地図を反対にして、南東、太平洋側を上にした地図を表示してみると分かるだろう。アジア大陸から太平洋に出るには、一部の例外を除けば、必ず日本列島の海峡、水道を通る必要がある。
「外洋に出られる津軽海峡や沖縄なんかは、そりゃ、喉から手が出るほど欲しいと思っているだろうからなぁ、他所んトコはよ」
「それだけ重要って事ですね、我々の任務は」
「違いない。俺たちは日本国の四方を守る海上自衛隊だからな」
俺は、前地先輩の『日本国の四方』という言葉を聞いて、軍艦マーチのフレーズが頭に浮かんできた。
守るも攻むるも黒鐵の
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇國の四方を守るべし
眞鐵のその艦日の本に
仇なす國を攻めよかし