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Kiss for witch  作者: アイビス
3/7

3話

「──おはようございます、百鬼くん」


 ──『県立玄武高校』二年二組の教室。

 朝のホームルームを終えてスマホを弄っている夜行に、雲雀が声を掛ける。


「……鴇坂かァ」

「なんだか眠たそうですね?」

「あァ。昨日の戦いを思い出してたら、眠れなくてなァ……ホント、よく生きてるよなオレェ……」

「あはは……あの時の百鬼くん、スゴかったですよ。まさか魔法を避けて、さらに一方的に攻撃するなんて……小さい頃、何か格闘技をされてたんですか?」


 雲雀の問い掛けに、夜行はアクビをしながら答えた。


「あー……長かったのはボクシングと八極拳だなァ。どっちも目ェ悪くして、中学校でやめたがなァ」

「八極拳……?」

「中国発祥の武術だなァ」

「へー……百鬼くんは強かったんですか?」

「どうだかなァ……正直、試合とかにァ興味なかったからなァ」

「そうなんですか? てっきり、スポーツをしている人は試合や大会に出るのが普通なのかと思っていましたが……」

「その認識で合ってンじゃねェのかァ? オレが特殊なだけだろォ──それよりィ」


 ゆっくりと顔を上げ、夜行は雲雀に目を向けた。

 ──口の中に広がる好意的な甘い感覚。

 その甘さに紛れるように──ピリッと痺れるような感覚があった。

 これは──本心を隠している時や、言いたい事が別にある時に感じる感覚だ。


「言いたい事があンなら、とっとと言ったらどうだァ?」

「……そうでした。百鬼くんは、人の心が読めるんでしたね」

「まァ正確にァ違うけどなァ……ンで、何の用だァ?」

「えーっと……その……実は、百鬼くんに相談──というか、頼み事がありまして……」


 茶色の髪を揺らしながら、雲雀が言うかどうか迷うように視線を床に向ける。

 ぱくぱくと何度も口を開閉させ──やがて、意を決して夜行に言った。


「き、今日の放課後、何か予定はありますか?」

「あァ? ……そうだなァ……帰りにスーパーに寄るくらいかァ?」

「そうですか……その……よろしければ、少しお時間をいただいても?」

「あンまり遅くならねェならなァ」

「ありがとうございます。では、今日の放課後に」

「あァ」


 柔らかな笑みを浮かべ、雲雀が自分の席──夜行の隣の席に腰掛ける。

 ──柔らかく優しい甘さ。

 安心したような感情を発する雲雀から視線を外し──夜行の口の中に、別の感情が広がった。

 ──苦味。

 こちらを探るような感情を察知し、夜行は教室内を見回した。

 ──バレないように、こちらを見ている生徒が何人かいる。そのほとんどが男子だ。

 あの鴇坂さんと話しているなんて……百鬼という奴は何者なんだ──と、嫉妬の感情が大半を占めている。

 ──鴇坂 雲雀は、学校内でも有名な生徒だ。

 成績優秀で、生徒だけでなく教師からの信頼も厚い。性格も優しく温厚で、このクラスで雲雀に借りが無い生徒は──夜行くらいじゃないだろうか。


「……アイツ、鴇坂さんに話し掛けられてたぞ……?」

「百鬼 夜行……だよな? 『暴君中学』の頭だったって噂の」

「なんであんな奴が鴇坂さんと……」

「鴇坂さんって、滅多に自分から話し掛けたりしないよな? なのに、よりによって百鬼に……?」


 ──チクチクと肌を刺す、嫉妬の感情。

 だが──夜行は気にした様子もなく、鼻で笑った。


「……ふン」


 恐怖以外の感情を向けられるなんていつぶりだろうか──そんな事を思いながら、夜行はスマホに視線を落とした。


───────────────────


「──ンでェ? わざわざ文化部棟に連れて来て、何の用だァ?」


 『県立玄武高校』には、大きく分けて四つの建物が存在する。

 学生棟、授業施設棟、運動部棟、文化部棟──この他にも体育館や武道場、グラウンド等の施設が存在しており、私立高校にも引けを取らない充実した設備が整っている。


「その……ですね。朝も言ったのですが、百鬼くんに頼みたい事がありまして……」

「それァ、教室ン中で済ませる事ァできなかったのかァ?」

「……そう、ですね……まあ、実際に来てもらった方が良いかと思いまして──っと……ここです。着きましたよ」


 歩みを止めた雲雀が指差したのは──とある部屋の扉だった。

 その扉を見た夜行は──首を傾げた。

 ……何も書かれていない。

 他の部屋は、扉の前に書道部やら茶道部やら書かれているが──この扉だけ、文化部棟にあるのに部活の名前がない。

 空き部室だろうか? しかしそれなら、雲雀はここに来る理由は──

 そんな事を考えていると、雲雀は扉を開けて室内へと消えて行った。

 考えるのを止め、夜行も雲雀に続いて室内に足を踏み入れる。


「あ、鍵は閉めてもらえますか? 他の人に聞かれると困るので……」

「あァ」


 ──ガチャン。

 後ろ手に扉の鍵を閉め、夜行は雲雀と向かい合った。


「ンで、頼みたい事ってのァ何だァ?」


 近くにあった椅子を掴み寄せ、乱暴に腰掛ける。

 それを見て、雲雀も近くにあった椅子に座った。


「えっと……頼みというのは、ですね……」

「あァ」

「……………」

「勿体ぶってンじゃねェ、ちゃっちゃと話せよォ」

「は、はい……その……」


 胸に手を当て、何度も深呼吸を繰り返す。

 そして──真っ直ぐに夜行を見据えて、言った。


「──あなたの力を、貸してください」

「……それァ、どういう意味だァ?」


 雲雀の真面目な言葉に、思わず目を細めて問い返す。


「……私、思うんです。何で私は、魔法という不思議な力が使えるのか……ずっとずっと、考えてるんです」

「……………」

「それである時、とある出来事が切っ掛けで、私は気づいたんです。私のこの力は、他人を助けるためにある、と」

「……どこでどうなってそンな考えに行き着いたかわかンねェがァ……続けてくれェ」


 ──とある出来事。

 そう言った──瞬間、先ほどまで口の中になかった味が広がる。

 ──思わず顔を歪めてしまうほどの強い苦味。

 触れてはいけない出来事があった──その事に気づき、夜行は特に追及する事なく先を促した。


「はい、続けますね。しかし、私一人ではできる事は限られてしまいます……ですが、百鬼くんがいれば話は別です」

「なンでそこでオレの名前が出ンだァ?」

「百鬼くんに掛かっている魔法──他人の感情を味覚で感じ取る力があれば、心のどこかで困っている人を助ける事ができます。それに……百鬼くんは、その魔法の事をよく思ってないですよね?」

「……わかンのかァ?」

「あれだけ顔に出てたら、私じゃなくてもわかると思いますけど……」


 口元に手を当て、雲雀がクスクスと笑った。

 そして──表情をキリッと切り替える。


「なら、その魔法で人助けをしませんか? そうすれば──その魔法を持っていて良かったって、他人の感情を感じ取れて良かったって、思える日が来るかも知れません」

「……………」

「それに、私……嬉しいんです」

「嬉しいだァ?」

「はい。今まで私は、他人とは距離を取ってきました。というのも……私は魔法使いです、なんて言っても信じてくれる人なんていないでしょうし……私の近くにいたら、『魔法大戦闘(ラグナロク)』に巻き込まれて危ない目に遭うかも知れませんから。だから、私の事情を知ってくれた人がいてくれて、嬉しいんです」


 その言葉に──夜行は、どこか納得したように目を閉じた。

 ──雲雀は、夜行と同じだ。

 幼い頃から他人の感情を感じ取る力を持ち、周りの考えがわかり過ぎる故、不良として周りから距離を取って生きていく事を決めた夜行。

 魔法という力を持つ故に、周りに相談する事ができず、危険な戦いに巻き込まないようにするために他人と深く関わろうとしない雲雀。

 根本的には──同じだ。


「……はっ」


 夜行には、雲雀の気持ちが痛いほどにわかる。

 ──誰にも相談できず、ずっと独りで自分の持つ力について悩み続けて。

 他人を避け、親にも言えず──最終的には、周りと距離を置く事が一番だと理解して。

 夜行は周りの全てを拒絶し、雲雀は周りとは深く関わらないようにし──逃げて逃げて、独りのまま人生を歩んで来た。

 故に──雲雀は、自分の事情を理解してくれる夜行という存在がいてくれて、嬉しいのだ。


「ですので……百鬼くん。私と一緒に、人助けをしませんか? この部活──『学校活動応援部』で」

「……オレァ」

「はい?」

「オレァ……こンな力、必要ねェってずっと思っていたァ。なンの意味もねェ、なンの価値もねェ……言ってる事と考えてる事の違いに頭が痛くなるだけの、クソ迷惑な力だってずっと思っていたァ」


 だが──


「こンな力が役に立つンなら──悪い気はしねェ」

「という事は──」

「あァ、テメェの頼みってヤツに乗ってやらァ」


 夜行の言葉を聞いた──瞬間、雲雀が夜行の手を掴み、上下にブンブンと振り回した。


「ありがとうございます! 嬉しいです!」

「そうかよォ……つっても、『学校活動応援部』って部活があったのかァ。初めて知ったなァ」

「それもそのはずです。部員は私一人なので……まだ部活としては成立してないんです」

「ならァ……オレが二人目の部員って事かァ?」

「はい。正式に部活として成立させる条件として、部員は三人以上で顧問の先生を見つける事……それと、部室の確保があります。とりあえず、顧問の先生と部室の確保は終わっていますので、あとは──」

「三人目の部員の確保、って事かァ」

「はい。ですが、普通の生徒ではダメです。何かの拍子に魔法を見せたり、『魔法大戦闘(ラグナロク)』に巻き込んだりしてしまっては大変ですから」

「……なるほどなァ」


 それもそうだろう。

 魔法使いの雲雀に、魔法の力を持つ夜行。

 何かの拍子に魔法使いである事がバレたり、魔法を使ったりしたら──生徒から変な目で見られるだけでなく、その情報がもしも外部に漏れたりしたら……『魔法大戦闘(ラグナロク)』に参加する魔法使いが、学校に襲撃しに来てもおかしくない。

 まさか、わざわざ目立つのに学校にいる雲雀を襲うのか──とも思う。だが、昨日のような、自分を見た一般人を殺すというタイプの男もいるのだ。絶対にないとは言えないだろう。


「魔法使いに関係がある人間で、ンでもってこっちに敵意がねェ奴ねェ……」

「……こうして考えると、百鬼くんみたいな人がいる事が奇跡のようですね……」

「……ま、どうにか三人目の部員を見つけねェとなァ」

「は、はい! 頑張りましょう、百鬼くん!」


 満面の笑みを浮かべる雲雀に対し、夜行は苦笑を見せた。

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