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Kiss for witch  作者: アイビス
2/7

2話

「──と、いうわけです」


 ──河川敷にあるベンチに腰掛ける雲雀が、長い説明を終えて瞳を閉じる。

 今、雲雀から聞いた話は──要約すると、こういう事だ。


 ──この世界には、魔法使いという魔法を使う者が存在する。そして、雲雀は魔法使いの一人。

 魔法使いの間では、昔からとある言い伝えがあり──それが原因で、雲雀はあの男に追われていたのだとか。

 その言い伝えとは──魔法使いを百人殺すと何でも願いが叶う、といった内容。

 通称──『魔法大戦闘(ラグナロク)』。

 雲雀にも叶えたい願いがあり、戦いに参加する事を決意したが──雲雀は、全く戦いに向いていなかった。

 よって、今までは戦う事なく、上手く逃げられていたが──今日はとうとう正面からの戦いとなり、魔法戦闘の経験がない雲雀は一方的にやられてしまったのだとか。

 何とかその場から逃げ出し、空き地で休んでいる所に、夜行が現れた。

 そして──今に至る、という事だ。

 ……嘘の感情は全くない。全て事実だ。


「空き地で眠ってたのは、魔力ってのを回復させるためだって言ってたなァ」

「はい。眠ったり、食事を食べたり、休んだり……まあ、他にも無理矢理回復させる方法もあるのですが、そういった感じで魔力は自然回復するんです」

「ンで、その服──じゃねェ。今の鴇坂の体も魔力で作られてるって話だったなァ」

「そうです。大量に出血しているように見えるかも知れませんが……この血のように見える液体も、実は魔力なんです。実際の肉体には傷一つ付いていませんよ」

「だが、痛みは実際にあるって言ってたじゃねェかァ」

「……はい。とても痛かったです……」


 苦笑を浮かべる雲雀の姿に、夜行は舌打ちをした。

 ──何をへらへら笑っていやがる。

 あれだけボロボロにやられたんだ。ちょっとは苛立ちか怒りの感情を持てよ。


「それより……百鬼くんも、魔法使いなんですか?」

「あァ? (ちげ)ェに決まってンだろォ?」

「ですが……生身で魔法使いと戦えるなんて、普通じゃありません。それに──」


 スッと瞳を細め、夜行を品定めするように見つめる。

 ──疑い……というほどではないが、こちらの事を探るような味がする。

 だが──不愉快ではない。

 つまり、雲雀の視線は、夜行に負の感情を向けてはいないという事だ。


「……百鬼くんの体……少し変です」

「あァ? 変だとォ?」

「はい。何と言えばいいのか……こう……常に魔法を掛けられている、と言えば良いのでしょうか?」

「常に魔法だァ?」


 雲雀の言葉に──夜行は、ふと思い至った。

 ──他人の感情を味覚で感じ取るこの力。

 これが魔法だったとしたら──


「それに……今まではよく見ていなかったので気づきませんでしたが──百鬼くんの体から、魔力が溢れています」

「それァつまりィ?」


 ──もしかしたら、この力について何かわかるかも知れない。

 そう思った夜行は、思わず雲雀に近づいていた。


「えーっと……百鬼くんの体には、魔法が掛けられています。普通だったら、すぐにその魔法の効果は消えるのでしょうが……その魔法が消えずに残っているのは、百鬼くんの体から溢れる魔力が原因です」

「つっても、魔力はいつか尽きるンじゃねェのかァ?」

「普通はそうですが……百鬼くんの保有する魔力の量は、普通ではありません。ほぼ無限にある、と言っても過言では無いかと。そして……魔法で使用する魔力に対し、百鬼くんの体から生成される魔力の量の方が多いので、百鬼くんの体にある魔力が尽きる事はない──という事ではないでしょうか。てっきり百鬼くんの持つ魔法は、身体能力を強化する系統の魔法かと思ってたのですが……どうやら違うみたいですね」

「……なァ」

「はい?」

「他人の感情を読む魔法……ってのァ存在するかァ?」

「感情を読む……ですか?」


 数秒ほど、考え込むように眉を寄せ──雲雀は頷いた。


「あります。が、かなり高位の魔法です」

「ンなら、感情を味覚で感じ取るって魔法はあるかァ?」

「……聞いた事はありませんが、おそらくは存在するかと」

「……そうかァ」


 雲雀の言葉を聞き、確信した。

 オレの持つこの力は──魔法だ。

 だが──そうなると、疑問が生まれる。


「百鬼くん?」

「この力が魔法……ンなら、誰がオレにこンな魔法を掛けたンだァ……?」

「あ、確かに……というか、百鬼くんに掛かっている魔法って、どんな魔法なんですか?」

「……オレァ……小さな頃から、他人の感情が味覚でわかンだァ」

「小さな頃から……ですか? 具体的に、いつ頃です?」

「あー……小学生になる前だった覚えはあるなァ」


 夜行が眠たそうにアクビを漏らし──突然、辺りに音楽が響く。

 反射的に身構える二人──と、音の出所(でどころ)に気づいたのか、夜行がポケットの中に手を突っ込んだ。


「……げっ。風香からかァ……」

「風香?」

「オレの妹だァ……クソ、すっかり忘れてたなァ」


 スマホのロックを解除し、メッセージアプリを開く。

 ──お兄ちゃん、どこにいるの? 何かあったの? 大丈夫?

 夜行の事を心配するメッセージ内容に、夜行は申し訳なさからため息を吐いた。


「つっても、このまま帰ったらアイツが家まで追って来そうだしなァ……」

「そうですね……」


 ──沈黙。

 この先どうすれば良いのかわからず、二人とも黙ってしまう。

 だが──意外にも、その沈黙を破ったのは雲雀だった。


「……百鬼くん」

「あァ?」

「──あの魔法使いを倒せるかも知れない方法がある、と言ったら……協力してくれますか?」


 真剣な表情で、夜行の顔を見つめる雲雀。

 ──嘘はない。おそらく、本当にあの魔法使いを倒せるかも知れない方法を持っているのだろう。

 だが──そんな方法があるのなら、何故それを今になって言う?


「……あァ。このままじゃァ風香にまで被害が出るかも知れねェからなァ……なンか策があるンなら協力するぜェ」

「ありがとうございます。では──失礼します」


 ベンチから立ち上がり──雲雀の体がふらりと揺れる。

 反射的にその体を支えた──直後、雲雀の柔らかい両手が夜行の顔を包み込んだ。

 そして──躊躇(ためら)う事なく、口付けした。


「んっ──」


 予想外の出来事に、思わず思考を放棄して固まる夜行。

 そうしている間にも、雲雀は素早く夜行の首に手を回し──簡単には離れられないように体勢を整えた。

 そして──夜行の唇をこじ開け、舌をねじ込む。


「──ンッ?! ンンッ、ンンンンンンンンンンンンンッッ?!」


 ようやく我を取り戻した夜行が、慌てて雲雀から距離を取ろうとするが──既に体勢を整えている雲雀はそう簡単には離れず、むしろ先ほどよりも強く抱き締めてくる。

 ──何秒ほど、そうしていただろうか。

 やがて、雲雀がゆっくりと顔を離し──二人の口の間に、つうっと唾液の線が糸を引いた。


「……失礼、しました……」

「おまッ──あァ?! なンッ、何してンだお前ッ?!」


 顔を真っ赤に染め、雲雀が顔を俯かせた──直後の事だった。

 ──口の中に広がる辛味。

 この辛さは──殺意だ。


「──見つけたぞ……もう手加減はしない。全力で殺してやろう」

「来やがったかァ……」


 白いローブを着た男が、夜行と雲雀を睨み付ける。

 拳の骨を鳴らす夜行が男と向かい合い──それを制するように、雲雀が夜行の前に出た。


「……ほう。逃げるのは終わりか」

「鴇坂ァ……大丈夫なンだろうなァ?」

「大丈夫です。それより……いきなりキスして、申し訳ありませんでした」


 杖の先を男に向け、雲雀が顔を真っ赤にしたまま続けた。


「先ほど話した通り、人の体には魔力が存在します」

「……あァ」

「覚えていますか? 魔力を無理矢理回復させる方法もある、と言った事を。その方法の一つが、他人の体液を摂取する事なんです。先ほどのキスで、百鬼くんの体にある魔力を分けてもらいました。百鬼くん以外の人が相手だったら、魔力不足でその人が倒れてしまっていたかも知れませんが……無限に等しい魔力を有する百鬼くんはなら話は別です。特に体調に変化はないですよね?」

「あァ、問題ねェ」

「そうですか──それなら、安心して戦えます」


 ──ボウッ! と、雲雀の持つ杖の先から、紅蓮の炎が漏れ出した。

 炎は燃え盛り、揺らめき、不気味にうねりながら形を変えていく。


「……? なんだ、この魔力は……?」


 何か違和感に気づいたのだろう。男が眉を寄せ、指揮棒のような杖の先を雲雀に向けた。

 そして──辺りに風が吹き荒れる。

 否、違う──男の杖に風が集まっているため、風が吹いていると錯覚してしまったのだ。


「何にせよ関係ない──この一撃で、貴様らを楽にしてやろう」


 男が指揮棒のような杖を振り──巨大な風の塊が放たれる。

 ──直後だった。

 風の塊を呑み込んで、()()()は現れた。

 いや──正確に言うのなら、()()()は元々そこにいた。

 ただ──まだ形を成していなかっただけだ。


「こ、れは……」

「はっ──はァ……?!」


 ──龍がいた。

 全身から炎を発し、男を見下ろす赤い龍がいた。

 夜行も男も、予想外の存在が現れた事に驚愕して固まっている。

 ──その驚愕は、致命的な隙。

 体をうねらせて突進する赤い龍が、炎の顎門を開いて男を呑み込み──


「がっ──あああああああああああああああああああああああああああッッ?!」


 炎に呑み込まれる男が、痛みからか絶叫を上げた。


「ちょっ──え、えっ?! な、なんで?! いつも通り攻撃したつもりだったのにっ?!」


 何やら慌てた様子の雲雀が、ぶんぶんと杖を振った。

 直後──炎の龍が嘘のように霧散する。

 ──地面に、男が倒れている。

 それも、先ほどまでとは服装が違う。なんか、こう……サラリーマン風、と言えばいいのだろうか。


「これァ……」

「魔力が無くなって、変身が解けたんでしょうね」

「……なァ」

「はい?」

「魔法使いの戦いっつーのは、自分の願いを叶えるためにあるンだよなァ? って事はつまり──お前、コイツを殺すのかァ?」

「えっ──えぇ?! な、なんでそんな話になるんです?! 百人の魔法使いを倒せば何でも願いが叶う、とは言いましたけど、別に人を殺す必要はありませんよ?!」


 ……要するに──こういう事だ。

 魔力を使って変身した状態──それが魔法使い。

 その状態の相手を倒せば良いだけで、変身が解けた後は攻撃する必要はない──と。


「でもコイツ、オレの事を殺そうとしてたよなァ?」

「……見た感じ、普通の会社員でしょうからね……もしも顔を覚えられて、勤めている会社に文句を言われたら厄介だから──という理由で、百鬼くんを殺そうとしたのかも知れません」

「どンな理由だよそりゃァ……」


 夜行が本日何度目になるかわからないため息を吐き──再びスマホから音楽が流れる。

 メッセージではない。着信だ。

 相手は──妹の風香からだ。

 片手で乱暴に頭を掻きながら──スマホを耳に当てる。


「……もしも──」

『おっそーいっ! ちょっとどこにいるの?! 今何時だと思ってるの?!』

「あァ? 何時ってお前──」


 スマホを耳から離し、画面に視線を落とした。

 ──午後の八時過ぎ。


「げっ……」

『げっ、じゃなーい! もうっ、どこで何をしてるの?! 心配掛けないでくれる?! まさか──また喧嘩したの?!』

「してねェしてねェ……つーか大声出すなよ、耳(いて)ェだろうがァ……」

「あ、あの……だ、大丈夫ですか、百鬼くん?」

『──ちょっと待って。お兄ちゃん、女の人と一緒にいるの?』


 スマホ越しに聞こえる声が、若干低くなったような気がする。

 ──口の中に、鋭い辛味が走る。

 これは──怒りの感情だ。

 電話しながらでも感じるとは、よっぽどの怒りを抱いているのだろう。


「……あァ、たまたま会ってなァ。ちっと話し込んでたら、遅くなっちまったァ。(わり)ィなァ」

『……お兄ちゃん。その女の人に代わってくれない?』

「なンでだよォ……とりあえず今から帰るから、切るぞォ」

『あ、ちょっと──』


 何かを言い掛ける妹を無視して、スマホの通話を切る。

 ベンチに置きっぱなしになっていた買い物袋を持ち上げ、夜行は雲雀と向き合った。


「色々と聞きてェ事ァまだあるがァ……とりあえず、妹が待ってるから今日は帰らせてもらうぜェ」

「はい。あ、えっと……」

「あン?」

「その……助けてくれて、ありがとうございました。百鬼くんがいなければ、私は……あの男にやられて、『魔法大戦闘(ラグナロク)』から脱落していました……ので、その……本当に、ありがとうございます」

「……あァ」


 ──口の中に広がる、優しくて柔らかな甘み。

 久しぶりに感じる感謝の気持ちに胸が熱くなるのを覚え──夜行は雲雀に手を振り、自宅へと歩いて行った。

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