八話
遅くなりました。
存在意義
ロヴェルティナは荷馬車に揺られていた。
隊長と話を終えて戻ってきたユーリになかば強引に乗せられたのだ。
こんな荷馬車に乗るなんてあり得ないと、はじめは反発していたロヴェルティナも「その見苦しい格好のままでいいのか。」と言われて返す言葉に詰まった。
馬に一人で乗れないし、身元不明の女と相乗りしてくれる者はいない。そもそも嫌だ。
あとは徒歩だがそれだと置いていかれておしまいだ。何より王子であるユーリもこれに乗って街に帰還するのだと聞いた時は驚愕した。
今の自分は着替えもなければ、お金もない。サラもいない。帰る屋敷もない。
このまま泥だらけで、空腹に耐え、化け狼の出るこの森にいるのか。
出来るわけなかった。
ロヴェルティナは渋々了承し、今は街に向かっている、らしい。
ユーリとは別の荷馬車だ。
屋根もない荷馬車には御者と、その横に護衛が座り、荷台はロヴェルティナ一人。
「もっとゆっくり走って頂戴!」
「しかしこれ以上は隊に遅れてしまいます。」
「黙って、言うことを聞きなさい!」
まともに座る所がない荷台の上では、ある程度舗装されている道とはいえ乗り心地は最悪。ガタガタ揺れるし、気を抜けば滑り落ちそうでしがみつかなくてはいけなかった。
こんなもの人の乗るものでは無い。
ロヴェルティナの指示通りスピードを落とした御者。
しかし不服そうな態度を隠しもしない御者に、一言言ってやろうとした時、ユーリと他の隊員を乗せた荷馬車が近付いて来た。
すれ違いざま、慣れた姿で悠然と座っているユーリと目が合うと、自慢げで傲慢な表情でロヴェルティナを見て来る。
(完っ全にバカにしていますわ!)
湧き起こる怒りに任せて魔法を放っても良かったが、先の失敗が頭をよぎり、わずかに残った理性がやめさせる。相手は他国(?)といえど王族。安易に放って、また想定外の威力を発揮して傷つけてしまっては今度こそ終わりだ。
ロヴェルティナは深呼吸して気持ちを抑え、通り過ぎゆくユーリを恨めしげに睨みつけることしかできなかった。
スピードを緩めたロヴェルティナの荷馬車は他の荷馬車にもどんどん抜かれていく。
「はぁ・・第一王子なんて高貴な身分の者が、どうしてこんな所にいるのかしら?」
それを眺めながらポツリと溢れた独り言を、質問されていると思った護衛兵が話し始める。
「僕らは魔物の討伐を目的とした隊だよ。殿下が総隊長で、有志で集められた隊員は各地に派遣されるんだ。軍の兵や冒険者、付近の住人なんかも参加してるね。」
「・・わざわざ王子自身が現場にでる必要性がわかりませんわ。」
こんな粗末な馬車を使う王子が居るだろうか。いや、いない。
これまでの印象では始めこそ見目の良い男だと思ったが、中身は高慢で自信家で自己中だ。国に自分より身分の高いものが数える程しか居ないのだから当然か。いい意味で王族らしい性格と言える。
(あら?なんだか他人のことの筈ですのに、なんだか胸に刺さりますわね・・)
モヤっとする胸を振り払うように話を続けた。
「軍は何をしているの?国民を守るのが仕事でしょう?」
「冒険者ギルドがあるからね。国が横取りするわけにはいかないでしょ?そもそも国全体の魔物を全て軍だけで担うには色々と無理があるしね。国敵は魔物だけじゃ無いし。」
「(冒険者ギルド?)あの化け物、魔物ってそんなにいるんですの?」
ユスティレアには魔物はいない。
ギルドというのがよく分からないが、あんなのがそこら中にいるなんて嫌な世界だと思った。
「これを引いているのも魔物だよ?」
「なっ!それを早く言いなさいよ!」
「バリオスって言うんだけど。」
(ただの馬だと思っていましたわ)
魔物と聞いただけで身構えてしまう。よく飼い慣らされているようだが、安心は出来なかった。
「討伐隊は原則国財を使えないから、殿下は自らが矢面に立つことで、資金と隊員を集めているんだ。国中に行き渡る程に集める事は普通は難しいだろうけど、それをやってのけるなんて、流石としか言いようがないよね。」
要するに人気集めの一環ではないのか。目立ちたがりがやりそうなことだと思った。
そういえば・・
「お前、さっきから馴れ馴れしいですわよ。」
「今更?」
「無礼だと言っているんですの!」
「あんた貴族なの?俺、雇い主以外はペコペコしない主義なんだよね。」
「何ですって!?」
「討伐隊はさっきも言ったようにいろんな奴が集まってんの。俺は冒険者の外部組だからね。冒険者の俺に身分かざされてもねえ?今回の主人はユーリ殿下。それ以外の命令は聞くつもり無いなぁ。」
ロヴェルティナは更なる事実に言葉がでなかった。
目の前の護衛はユーリを仮の主人だと言い、それ以外は関係ないと言う。冒険者の外部組とは、もしや平民の事?
貴族のために平民はいるし、貴族のお陰で生きていけるのだ。我々が街を通れば、等しく敬意を払い平伏するのが常識だと言うのに、ここでは違うらしい。
隣の御者の態度が悪いのも察しがついた。貴族にこのような態度ユスティレアでは刑罰ものだと言うのに。
ロヴェルティナににとってこれは由々しき事態である。
平民が軽ぐちを叩けるなど、貴族の地位がこちらではあまり高く無いという証拠では無いか。
ここではたと気付く。
(私は・・貴族でなくなったら、どうなりますの・?)
無い無い尽くしのロヴェルティナ。当然実家のグラノジェルス公爵家はここには無い。となると、ロヴェルティナも貴族籍が無いということになる。
「僕はマティアス。お嬢さんは?」
あまりに気さくに名前を聞いてくる男の声は、自身の存在意義が足元から崩れていく衝撃で、気が遠くなっているロヴェルティナには届かなかった。