七話・ユーリの観察眼
(ユーリ視点)
「ユーリ様、ここに。」
「モーゼス。現状の報告を。」
「まず、隊の立て直しの時間稼ぎといえど、未報告であったヘルハウンドを殿下にお任せする事態となり大変申し訳ありませんでした。」
開口一番に「何を勝手な真似をしているんだ」と言う意味の小言をもらすモーゼス。
言い方に容赦がないのは、軍を引退した身でありながら有志参加の討伐部隊の隊長に任命されるような強者だからか、幼少時代からの剣技の師だからか。大甥にラウルと言う護衛騎士がいるのもあるかもしれない。
いつまでも子供扱いしてくるモーゼスに、文句の一つでも言いたいが、多少心配をかけた負い目はあるので無言で続きを促す。
「今回の討伐対象におきまして、現在の討伐数は予定の半数。ですが、先の騒動で魔物も隠れて出て来ないでしょう。」
「あとの残り半数は俺が、・・ここに誘導していたんだがな。」
誘導が目的だったので、討伐証明になるものは無い。さらに全て場所ごと吹き飛んでいる。討伐証明の無い数を報告書に載せるわけにはいかない。
「証明部位通りの数の報告で構わない。」
「想定より早いですが帰還しますか?」
「実際の討伐数は俺が保証する。問題ない。」
「我らが各個撃破した魔物の処理、運搬は既に終わっております。ここでの戦闘ではヘルハウンド以外、跡形も無いようなので省かせていただきます。」
魔物の素材は色々と用途がある。可能な限り持ち帰るのが討伐では基本で、ヘルハウンドも例外ではない。しかしそのヘルハウンドも素材となりうる部位はほぼ焼け焦げている事が遠目でも分かった。モーゼスが俺を責めたくなるのも分かる。
しかし今回は俺にも想定外な事が起きた。勘弁してほしい。
「ヘルハウンドは現在、規格の調査中でございます。」
「森の損壊部も調査に加えてくれ。」
「承知いたしました。」
「どれ程かかる。」
「時間はかからないかと。」
「負傷者は?」
「負傷者数名、魔石を使用しましたので命に別状はありません。」
「使用を渋って死なれても困る。歩ける程度まで治療したら、別の荷台に移動。空いた荷台を一つ用意しろ。」
俺から視線を外したモーゼス。
目を追うと置いてきたロヴェルティナと名乗る女を見ていた。
誰用の荷台か察したらしい。
目の前に女神が降臨したかと見紛う美しさに、初め声をかける時に柄にもなく緊張したが、口を開けばかかっていたフィルターが剥がれ落ちるように、よくいるただの貴族の女の不審者になった。
なので詰問はいつもの様に威圧を込めたが、それは間違いだったとすぐ知らしめられる。
二言目で突然敵認定された。
ヘルハウンドの横槍と国宝のお守りがなければ、あの見慣れぬ魔法で焼かれていたのは俺だったと戦慄したものだ。
この世の誰もロヴェルティナには敵わないと断定できる。
一夜で一国を火の海にする事も容易いだろう。
女神などでは無い。
ヘルハウンドを見て化物と叫んでいたが、こいつ方がバケモンだと思った。
こんな女が国に現れたなんて絶望しかないが、半ば諦めの気持ちで話せば奇跡的にも警戒を解いたようだった。
その中でロヴェルティナは無知さ隠しもしない。
作法は身に付いているのに、我が国も精霊も魔物も、空を見て驚いていた事から察するに、月すらも知らず。
しかし俺の知らない《殿下》には随分と複雑な事情を持っているようだ。
泉から現れたロヴェルティナが実際どこから来たのか。興味をそそられる。
魔法の才を考慮しても他国に逃すつもりはなかった。
問題は気の強い暴れ竜をどう従えるかだが・・
「事情は知りませんが女性に対して、獲物を見る様な目を向けるものではありません。」
いつの間に視線を戻していたモーゼスに窘められる。そんなに酷かったか?
「持ち帰れる魔物に余裕ができましたので、元より荷台は空いております。」
「そうだったな。調査終了次第、出立だ。」
「が、彼女から話を伺うのが最も迅速かと存じますが?」
「ラウルもそうだったがやめておけ。爆発の原因の見当をモーゼスはついてるだろう?あとで経緯は俺から詳しく話してやる。」
「そこまで危険な人物ならば、余計持ち帰りたく無いのですが。」
「決定事項だ。」
ここでロヴェルティナを危険という理由で始末は出来ない。物理的にも無理だろうしな。
話は終わりだと態度で示すと、モーゼスはわざとらしく溜息をついて持ち場に戻っていく。
ロヴェルティナを迎えに行く為、俺もその場を離れた。手を振り払われたのをふと思い出す。
懐かせるには時間がかかりそうだ。
ユーリにとっては『面白いもの見つけた!俺んちで飼う!』
モーゼス『元いた場所に返してきなさい。』