六話
戸惑い
頭が真っ白になった。
「おい。どうした。」
「・・・」
心ここにあらずな状態のロヴェルティナを見て、ユーリは訝しげに声をかけるが反応は薄い。受け入れがたい自体にひどく混乱していてうまく言葉が出ない状態だった。
「殿下!」
「来たか。ラウル。」
そこへ、銀髪を一つに結んだ立派な体格の青年が真っ直ぐに駆け寄って来る。
遅れて三人の仲間がやって来ているが、彼らは護衛を任された臨時の隊員のようで、ユーリに細身の隊員が「お怪我は?」と、何かを取り出しながら声をかけ「必要ない。」と、ユーリが答えれば、すぐに周囲の警戒に移っていった。
気がつくと周りには、他にも黒の詰襟を着た者達が忙しなく動き回っていて、隊長らしき人物が指示を出し現場の処理をしている。
「来たか、では、ない!どれだけ探したと思っている!」
「俺に向かってその口の利き方は不味いんじゃねえのか?」
「話を逸らすな!それにさっきの爆発はなんだ!?いい加減に・・」
一人、掴みかからんばかりの勢いでユーリに迫る男は、ユーリが視線と体をずらす事によってようやくロヴェルティナに気がついた。
「殿下、こちらは?」
一目見てどこかの令嬢だと分かったのだろう。質のいいドレスを着た全身泥だらけの女に、臣下として不審な目を向けながらも、多少の不憫に思う心情が金色の瞳に表れていた。
口だけは丁寧に戻し目では事情を詳しく話せと睨むが、当の本人はロヴェルティナから目を離していなかった。
ジッと見つめていたかと思うと、何かを決めた顔をする。
「そうだな。話は後だ。」
「は?いや、いいえ。今お願いします。」
「お前、名は何という?」
「おい!」
「話を聞け!」と叫ぶ男に構わずユーリはロヴェルティナに声をかける。
まだ頭の中は何も纏められないが、取り敢えず王族から問われれば返事をしなければ、と思うのは染み付いた礼儀作法の賜物か。
淑女らしく背筋を伸ばしドレスの裾を僅かに持ち上げてカーテシーをする。こちらの世界でこれが正しい作法か分からないが、今はそんな事を考える余裕は無かった。
「私は・・ロヴェルティナ・グラノジェルスと、申します。」
「そうか。ではラウル、モーゼスを・・」
「・・私は侍従ではなく護衛騎士です。二度と、お側は離れるわけにはまいりません。」
「ふん。まぁいい。誰か、モーゼス隊長をここへ。」
ユーリが指示を出すと護衛の一人が離れていく。
それを見送ったユーリは何を思ったか、未だうつむいたままのロヴェルティナに手を伸ばすと、強引に顎を持ち上げた。
「!!」
「さっきまでの威勢はどうした。顔を上げろ。」
突然の事に驚き固まるロヴェルティナ。
恋仲だろうと婚約者だろうと、結婚前の男女が必要以上に触れ合う事は貴族ではあり得ない。ましてや婚約者候補の一人でしかなかったロヴェルティナにこの手の免疫があるはずもなく、間近に迫ったユーリの整った顔に動揺するばかり。
覗き込んでくる青い瞳はタンザナイトの様に角度によって色を変え、月夜の妖しい雰囲気の相まって特に美しかった。
「急にしおらしくなって。俺に惚れたか?」
吸い込まれそうだと錯覚した所で、そんなセリフが耳に入りハッと我に返る。
「そんな筈ある訳ないでしょう!」
バシッと手を振り払うと、二度と触ってくれるなと睨みつけた。
なぜそんな考えになるのか。自意識過剰にも程がある。少し見惚れそうになってしまった自分が情けない。
異なる世界に来てしまった事に、頭がいっぱいになって頭の隅に追いやられていたが、そもそもロヴェルティナはつい先日、皇子の婚約者候補から外され、殺されかけているのだ。王族との色恋沙汰など、はっきり言ってもう夢にも見たくなかった。
「おのれ殿下に!」
王族に思い切り無礼を働いたロヴェルティナを見て、側にいた護衛は殺気立つ者、青ざめる者、意外そうに見る者に別れていた。
ラウルと呼ばれていた青年がまさに殺気立つ者で、手に持つ槍の矛先をロヴェルティナに向けユーリの前に立つ。女性を哀れむ心は持っているが、仕事には真面目な性格の様だ。
しかしロヴェルティナも引く気はなかった。
先に手を出したのはあっちだと正当性もあるので、いつでも魔法を放てるように体内の魔力を操作し始める。
すると、周りの心情を知ってか知らずか、ユーリがくつくつと笑い始めた。
「やめろラウル。」
「しかし!」
ラウルの発言は聞き流されるのが常なのか。彼を押しのけ下がらせると、ロヴェルティナにだけ聞こえるように「それでいい。」と言った。
「は?それ?」
「殿下、クリーフト隊長が来ました。」
「あぁ。今行く。」
「ちょっと!どういう意味ですの!」
意味が分からず、淑女としてあるまじき聞き返し方をしてしまったが、たいした答えも無くユーリは離れていってしまった。彼が離れれば自然と護衛もついて行くので、ロヴェルティナの側には誰も・・と思ったが、ラウルではない一人の護衛がいてくれた。
無言の護衛役に行き場のない怒りをぶつける。
「あの男は何がしたかったんですの!」
護衛役も首をかしげるだけであった。