五話
惨状
全身火傷したと錯覚するほどの熱波の後、視界を埋め尽くす煙と髪を振り乱させる爆風。息が出来ず、無理に吸えば土埃が入ってきて激しくむせてしまう。
しばらくして視界が晴れる頃、漸くまともに呼吸ができるようになった。
「ゴホッ・ゴホゴホ。一体何が・・。」
起きたんですの。
呟きは最後まで紡がず、視界に入ってきた景色に唖然とする。
明らかに爆発の後が残る地面。陥没した中央には化け狼だったと思われる黒い塊(ほぼ炭)
地面からはまだ所々煙が上がり、部分的に熱を持っているところは赤く溶けているように見えた。
それが防御壁があった向こう側に広大に広がっていて、余波で倒れた木々も多くある。まるで軍の魔法師数百人が戦場で敵を殲滅させた後の様だ。
辺り一面吹き飛んでいる。
「ど、どうしてこんな事に・・」
「それは俺の方が聞きてぇな。」
「あ!お前は!」
忘れていた。生きていたのか。と、正直思った。
先の爆発はロヴェルティナにも予定外だったのに、確実に巻き込まれたであろう男は、意外にも初めと変わらず汚れや傷ひとつない格好で此方に歩いてきた。
「随分としぶといですわね。」
「精霊のお守りが無けりゃ、危なかったかもな。」
「精霊の、お守り?」
「・・お前もお守りで無事だったんじゃねぇのか?」
「そんな物持っていませんわよ。」
この男は何を言っているのか。お守りなんて物で身が守れたら苦労しない。
「そんなことよりその話し方、粗暴な育ちが伺えましてよ。」
「ふん。俺に向かってよく言うぜ。」
「??」
何やら先程と印象が違うのをロヴェルティナは敏感にも感じ取った。
きっとこの話し方の方が『素』と言うものなのだろう。高慢な態度は変わらないのに、威圧的なところが無くなり、警戒心を分かりやすく表さなくなった。せっかくの美しい顔がこれでは不相応に思えてくるが、溜め息を吐き無造作に前髪を搔き上げる仕草からは、滲み出る気品を感じる。
(この男は殿下に雇われた、顔だけの良い賊の仲間だと思っていたけれど違うのかしら?)
油断させるために変装までさせる狡猾さに苛立ちすぎて、冷静さを失っていたかもしれない。
無傷なのも、ロヴェルティナと同じく魔法で防御壁を張ったからだとしたら、相当の魔力を持っている事になる。平民の賊崩れにそれ程のものがいると思えなかった。
これはやはり第一印象の通り貴族だと思って接した方が良さそうだ。
「貴方、殿下に指示されて私の命を狙ってきた者ではないの?」
「お前の言う殿下ってのは誰だ?」
「この国で殿下といえばフロレンシオ第一皇子殿下に決まっているでしょう!」
「・・ほう?」
「この国ねぇ?」と面白そうにしている男は不敵な笑みを隠す事なくロヴェルティナに尋ねて来る。
殿下の名前を出してもいまいちピンときていないようだ。人伝に依頼されて大元が誰か知らないと言うより、殿下の名前そのものを知らない態度である。自国の皇子の名前を知らない国民がいるだろうか。
剣は腰にきちんと仕舞われているので、いきなり刺される心配は無さそうだが、一応距離は取っておきたいと思うのは、なんとなく男と会話が成り立っていないのを感じるからだ。
ふと謎の声が「あっちはむずかしい。」と言っていたのを思い出した。
『あっち』とはどう言うことか。
『狭間』は居てはいけないところ。
ではここは?あっちでも狭間でもないここはどこ?
(ここはユスティレア帝国ではない?)
思い至った考えに指先から冷えていくような感覚に陥る。
「ここは、どこ、ですの?」
「ここはヘーザルド森林の・・泉があった場所。ルーミエス王国の西の森だ。」
ロヴェルティナは、生まれ育ったユスティレア帝国で婚約者候補として最低限の勉強はしていた。その中の歴史や地理でルーミエス王国という国はあったか。
いや、無かった筈だ。
しかし現に存在しているわけで。
「あ、貴方は・・何者ですの?」
「俺か?俺は・・ククッ」
「何を笑っているんですの!」
急に笑いだした男に、ロヴェルティナが不気味さを覚えていると、遠くから倒木を飛び越える影が見えた。
「殿下ー!!ご無事ですか!」
男と同じ服装をした別の男が走り寄ってくる。その男の仲間と思しき者が発した名称に聞き間違いが無ければ、断じて許容できない単語が聞こえた気がする。
「殿下・・ですって?」
「なんだその顔は。そんなに意外か?」
「そうではなくて・・」
「俺はユーリ・エヴェルス。このルーミエス王国の第一王子だ。」
見た事の無い化け物。あれから聞こえて来ないが謎の声。知らない地名に国。そしてこの国の王子を名乗る男。
止めとばかりに、やけに明るく感じていた空を見上げれば「嘘でしょう・・」と小さな呟きが溢れる。
大小二つの月が輝いていた。
(ま、まさか・・)
あり得ない事だと自分でも思うが、今自分に起きている事に説明する術がほかに思い浮かばない。
「お前からは興味深い話が聞けそうだな?もう一度聞く。お前は何者だ?」
ユーリと名乗った男の大層愉快そうな笑顔が鼻につくが、ロヴェルティナの心境はそれどころではなかった。
(私、違う世界に来てしまったの!?)
(# ゜Д゜)=3→無礼者!喰らえ!
ε≡≡(; ・`д・´)→避けるユーリ
( ◎ o ◎ )→後ろにいたヘルハウンドにたまたま当たり爆散
(-_-;)(=o=;)→二人共ドン引き。
というパターンも考えてました。