二話
転移
ふわふわしている。
優しい風に包まれて飛んでいるような、水に浸かってゆっくり揺られているような、柔らかいベットで横になっているような。
よく分からない初めての感覚。
これは何?
目を開けているのか閉じているのかも分からない。
私は一体・・
『なになに?』
あら?何かしらこの声。
『何かいると思ったら。』
『なんだろう』
『ニンゲンだよね?』
『名前はある?』
響いて聞こえる不思議な声。
沢山の様な、一つの様な。
女性かしら?子供かしら?不思議な包容感を感じますわ。
それにしても私を知らないなんて。まぁいいですわ。
特別に教えて差し上げましょう。グラノジェルス公爵が娘、ロヴェルティナですわ。
『どうしてここにいるの?』
・・そんなの知りませんわ。
ぼんやりしていて頭が回りませんわね。
私はどうしたのかしら?
『ゆっくり思い出してみたら?』
そうね。私はグラノジェルス公爵家の末娘。
曾祖母様は皇妹殿下でいらっしゃって、曾祖母様以前にも何度か皇族が降嫁してこられる様な、由緒ある貴族の生まれですのよ。
『知らない。ティナが貴族?』
その呼び方は平民と響きが近いから不快ですわ!
私は未来の皇太子妃でゆくゆくは皇妃ですのよ!
『ふーん。』
『王妃なの?』
『違う。だって環を持ってないもん。』
環?婚約指輪のことかしら?
・・ふん。なくて当然よ。
私は婚約者候補から外されて、その上死刑になりかけたところをお父様の計らいで修道院に逃げ込むところだったのですから。
『逃げてたの?』
・・そうですわ
思い出しましたわ。
幼馴染で第一皇子のフロレンシオ殿下と婚姻して皇太子妃になるのが夢で
貴族院を卒業後さえすれば、後は私が正式な婚約者となり全てが思うがままになる筈だったのに。
殿下の他の婚約者候補、特にあの女・・聖女と謳われるようになっていったフェリシア・リートベルフを無き者にしようとして、色々と策を講じた結果、全て失敗してしまったのですわ。
そして貴族院最後で最大のイベントである卒業舞踏会で、フェリシアは生意気にも私を断罪する内容の証拠や証人を集め、殿下やご友人の男共に擦り寄り、あまつさえ私の取り巻きをどんな手を使ったか分かりませんが裏切らせ、殿下のお側でわざとらしく震えていたのですわ。
私は安い挑発に乗り、禁則である魔法を行使してフェリシアを攻撃してしまったのですが、庇う殿下や友人によって呆気なく蹴散らされ、更には殿下にも被害が及びかけた事を論わられ、元々挙げられていた罪状に反逆罪も加えられて、即刻国外追放の身となったのですわ。
『ついほーって何?』
『出ていくことだよ。』
『へー。』
そんなぬるいことではありませんわ。国外追放といっても実際は処刑と同義。
・・国民に晒されるか、秘密裏に暗殺されるかの違いですわね。
やすやす殺されてなるものかと、その日のうちに屋敷から逃げるように修道院へ向かったけれど、きっと最初から見張られていたのでしょうね。
お父様ができる限りの対処をしてくれて、通常ではないルートで向かっていた筈なのに、土地勘のあるものしか知らないような小さな村を出てすぐに山賊に襲われてしまいましたわ。
『怖いねー。』
『まだまだ逃げなきゃ!』
異変に気付いたサラが居なければ、大雨に紛れて逃げることは出来なかったでしょう。
結局後少しという所で囲まれて
・・囲まれて?
あら?
『どうなったの?』
確か、サラに突き飛ばされてそのまま川に・・
『そこから来たんだー。』
そこからってどういう意味ですの?
サラは?サラはどうなったんですの?
『ティナしかいないみたいだよ』
そんな・・
ならばここはどこ?
サラを助けに行かないと!
『無理じゃないかなー。』
『ここからあっちはむずかしいよ。』
『ここは普通ニンゲンも居られない所だもん。』
人間の居られない所?
もしやここは死んだら行くとされる死人の国?
私、川に落ちた時に打ち所が悪くて死んで・・
『生きてるってば。じゃないとお話出来ないでしょ?』
『ここは狭間だよ。』
狭間・・?
『ここにニンゲンが居るのはあんまり良くないよね。』
『[体]に悪いんだっけ?』
『知らない。見たことないし』
よく分かりませんわね・・
そういえば体は重いし、指先一本動かせないですし
聞こえるのは間の抜けた声だけ。
今更ですけれど、お前たちは何者ですの?
『間抜けってひどいー。』
『話ちゃんと聞いてるのに。』
『だから大体分かったよー。』
お前たち!姿を見せてきちんと分かるように説明しなさい!
『わ。急に元気になった。』
『でもあとで。』
『とりあえず行こう!』
行くって、どちらに?
『ティナは逃げなくちゃいけないんでしょ?』
『ついほーだもんね。』
そうでしたけれど、サラが一緒じゃなきゃ・・
『コレ邪魔だね。なんか遮ってる。』
『捨てちゃえば?』
私を無視するなんて不敬ですわよ!
ん?なんだか手首が軽くなったような・・
『おおー!この方がいいね!』
『みんなも喜ぶ!』
『でもティナもの勝手に捨てちゃった。』
『怒るかな?』
『代わりにもっといいのあげれば良いよ!たぶん・・』
もしかして魔封じの錠を外したんですの?
開錠の魔法が無いと外れない筈ですのに・・
『じゃあコレは?』
『王妃になるって言ってたからいいんじゃない?』
『ガンバロー。』
『ぼくらが一緒だから大丈夫でしょ。』
『早く行こー。』
『そうだね。行こ行こ。』
待ってくださいまし!
なんだか身体が急に、おちて、落ちていくような・・
『『『すぐだからね。』』』
私の話を聞きなさいよーー!!
次、やっと王子が出ます