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王子様の飼育係   作者: 新 星緒
《 恋愛初級編 》
8/12

1・再びナマケモノの飼育係になる

「『ある朝ペッレルヴォが目覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が、とてつもなく可愛らしいミユビナマケモノに変わってしまっているのに気がつきました』」


 私が呟くと、

「カナデ。なんだい、それは」

 と、となりに座るウオレヴィが尋ねた。

「私の世界で有名な小説の冒頭を真似したの」

 国語の教科書で読んだ、主人公が芋虫になる話。印象的だったから最初だけ覚えている。


「事態のヒントがあるのかね」と円卓を挟んで向かいの国王陛下。

「ないです、すみません」

 ペコリと頭を下げると、膝の上におすわりしているナマケモノ元殿下がぐるりと首を180度をまわして私を見上げた。

「相変わらずすごい首だねえ」

 よしよしと、その頭を撫でる。

 気持ち良さそうに目を細めるナマケモノなペッレルヴォ。


「くっ。ずるい」悔しそうな声をあげるウオレヴィ。

「息子たちはすっかり君に夢中だな」

 陛下がのんびりと言い、王妃殿下が

「何を呑気なことを言っているのですか。由々しき事態なのですよ」と厳しく諌める。「またしてもペッレルヴォがナマケモノになるなんて」

 みんなの視線が私の膝の上に座って可愛らしい顔をしているナマケモノなペッレルヴォに集まる。


「今度は一体、誰の仕業なのかしら」

 義母の疑問に、ナマケモノ元殿下はこてんと首をかしげた。





 ◇◇




 今朝のことだ。アスラクがいつものようにペッレルヴォを起こしに行くとベッドに彼はおらず、代わりにミユビナマケモノがくうくう寝息をたてながら眠っていた。

 てっきりイタズラだと思ったアスラクは、主人の名前を呼びながら部屋中を探した。だが、どこにもいない。


 うるささに目を覚まさしたらしいナマケモノがもそもそと起き上がり、自分の手足を見ている。


 不安になったアスラクは恐る恐るナマケモノに

「ペッレルヴォ様ですか」

 と尋ねた。

 こくんと首を縦にふるナマケモノ。

「……何故またナマケモノになったのですか」

 すると今度は首を横に振るナマケモノ。

「まさか、ご自身で呪いをかけたのではない?」

 うなずくナマケモノなペッレルヴォ。


 恐慌したアスラクは可愛らしい主人を抱きかかえると、

「大変だぁぁぁっっ!」

 と叫んで王宮の廊下を疾走したのだった。




 ◇◇




 そうしていつものように温室に集まった私たち。ナマケモノなペッレルヴォにアスラク、ウオレヴィにヨウシア、ヒルダに私の定番メンバー。

 今回は更に国王夫妻に、ペッレルヴォの義父となった筆頭魔法使いのおじいちゃんもいる。おかげでアスラクたちは立っている。




「心当たりはないのかね」

 と陛下が息子に尋ねるが、ナマケモノな元殿下は首を横にゆっくりと振る。それから欠伸をして、こてんと私に寄りかかる。

 ああ、可愛い。三ヶ月ぶりのナマケモノ。事態は深刻だとしても、私の頬は弛んでしまう。仕方ない。だって可愛いんだもの。


「ご自分で変身したのではないのですか」

 ウオレヴィが刺々しい声で言う。

「よしなさい。本人が違うと言っているでしょう」

 たしなめる王妃。

「以前と違う種類の魔法のようですしな」と筆頭魔法使い。


 彼、ヤンネの見立てだと、ペッレルヴォがナマケモノになったのは呪いであることは間違いないけれど簡単なもので(ヤンネにとっては、だそうだ)、解くこともできるそうだ。

 ただ、犯人と目的がわからないうちは、呪いを解いてもまたかけられてしまうかもしれない。


 幸いペッレルヴォはナマケモノな自分に慣れていて、犯人がみつかるまでこのままで構わないと言っている。



「だって」と口を尖らせるウオレヴィ。「兄上はめちゃくちゃナマケモノを堪能しているじゃないですか。カナデに甘えたいから変身したとしか思えない」

 ナマケモノ元殿下はのそのそと動いたかと思うと横座りになって、私に抱きついた。


「可愛い!」

 ナマケモノの頭をまたまた撫で撫でする。

「カナデ、騙されるな!」ウオレヴィが声を上げる。「そのナマケモノ、中身は17歳の男だぞ」

 アスラク、ヨウシア、ヒルダの三人がうんうんとうなずく。


「でも可愛いもん」

 ね、とナマケモノ元殿下に声をかける。ちょうど良い重さとぬくもりが、私だって心地よい。


「ペッレルヴォもこんなに積極的になれるのだなあ」

 陛下が目尻を拭っている。

「くっ。私もナマケモノになる」とウオレヴィ。

「同じことをしても勝てません。頭を使いなさい」と王妃。

 ツンとした顔をしているけれどウオレヴィよりも夫よりも先にここに来て、ナマケモノになった義理の息子をデレデレ顔で抱っこしたり撫でたりと可愛がっていた。実はもふもふが大好きなのだそうだ。気が合う!


「カナデ。私もよしよししてほしい 」

 らしくないキャラと成り果てたウオレヴィが抱きついてくる。と、ナマケモノ元殿下が

「アーッッ!」と叫んだ。

「また威嚇されてる」ぷぷぷと笑うヨウシア。

 ナマケモノな兄と王太子な弟はにらみ合う。


「一応言っておくけど」と私。「ナマケモノが大好きなのであって、ペッレルヴォが特別なわけではないよ。もちろんウオレヴィも。ふたりとも友達だからね」

 兄弟がガクンと肩を落とす。

「カナデに好きな男ができたら、息子たちは大荒れするな」と陛下。

「ウオレヴィ。落ち込む暇があったら、カナデに惚れられる男になるのです」と妃殿下。

「煽らないで下さい!」妃殿下に抗議する私。


 元王太子が呪われてナマケモノになっているとは思えないおかしくてのんびりな会話をしていると、小路をやって来る軽やかな足音がした。

「来たかな」とヤンネおじいちゃん。

 その言葉に答えるかのように、木の陰から可愛い女の子が姿を表した。


 国王夫妻を見て、びくりとする少女。ぎこちない動きで礼をする。

 筆頭の孫で魔法使い見習いをしているヘルミだ。まだ十歳。分厚い書物を抱えている。


「おじいちゃん」とヘルミが言えば、

「職場では『筆頭様』だ」と祖父は険しい顔で語気を強くする。

「筆頭様、これ……、こちらをお持ちしました」

 ちょっと泣きそうな顔になっているヘルミが書物を差し出す。

「うむ、ご苦労」

 ヤンネが重々しくうなずくと、ナマケモノ元殿下も合わせて首を振る。ペッレルヴォは偉そうな態度をとっているけど、宮廷魔法使いとして働いている長さはヘルミのほうが上だ。


 だけど可愛いので、お腹の毛をこそっと撫でた。頭を撫でるとウオレヴィがまたまたすねるからね。

 ペッレルヴォはくすぐったかったのか、身をよじってますますしがみつく。可愛いので、もう少しだけ撫でてみる。


「いちゃつくな」

 ウオレヴィの手が伸びてきて私の手をとると、強制的に恋人つなぎをしてきた。しかも自分からやっておきながら、顔を赤らめている。しっかりしていても、まだまだピュアらしい。


「ん、どうした。下がっていいぞ」

 ヤンネおじいちゃんの声に目を向けると、ヘルミとバチリと目があった。

 きっとナマケモノが気になるのだ。この世界にはいないから。

「抱っこする?」

 そう訊くと、ヘルミはブンブンと頭を横に振って、失礼しますと走り去った。


「怖かったのかな。こんなに可愛いのに」

「この爪ではないかな」とウオレヴィがナマケモノの爪をつつく。

「そっか。で、手を離してくれるかな?」

「……兄上を私にも抱っこさせてくれるなら」

「なんだ。ウオレヴィもしたかったんだ」

 元殿下を弟に渡そうとしたら、急に暴れ始めた。


「違いますよ、カナデ様」とアスラク。「ウオレヴィ殿下はあなたからペッレルヴォ様を引き離したいだけです」

「アスラク、余計だぞ!」

「そうなの?」

「こほん。ここは私が抱っこをしましょう」と妃殿下。


 どんどん混沌とする会話を繰り広げていると、魔法使いのおじいちゃんが、

「あったあった」と言いながら、卓上に書物を広げた。


 これだ、と言う言葉にみんなで本を覗きこむ。

「ペッレルヴォにかかっているのは恐らく、この『呪いのかけ方、初歩編』だ。初歩といっても魔法レベルは上級だから、しっかりと魔法を学んだ者しか使えない」


 ふむふむ。


「しかしながら初歩だから、わしなら解ける」とおじいちゃん。「だがペッレルヴォもせっかくの機会だから、これを解呪と合わせて学んでおくように。前回は初歩をすっとばして複雑な呪いに挑んだろう。前にも叱ったが、危険なことなのだからな」

 こくんと首を振るナマケモノ元殿下。


「仕方なかったのです。練習のために他人に呪いをかけるなんてできなかったのですから」

 おずおずとアスラクが言い訳をする。

「普通は他人にかけるものだがな」と陛下。

 申し訳ありません、とアスラク。

 ナマケモノなペッレルヴォもうなだれる。

 可愛い。


「その話は終わっています。ペッレルヴォは罰として私財のほとんどを国に納めました」

 妃殿下が毅然と言う。

 ツンツンしているけど、優しい人なのだと思う。


「とにかく犯人がみつかるまで、ペッレルヴォはナマケモノだ」と陛下は私を見た。「カナデ。そなたを再び、飼育係に任命する」

「謹んでお受けいたします」

 膝の上のナマケモノ元殿下を抱きかかえて立ち上がり、ペコリと頭を下げる。


 ヨウシアが銀の盆を持って陛下の元にくる。立ち上がった陛下はその上から金と深紅のリボンで出来たロゼッタを取ると、私の胸につけてくれた。


 こうして私は三ヶ月ぶりにペッレルヴォの飼育係となったのだった。


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