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王子様の飼育係   作者: 新 星緒
《 王子様の飼育係編 》

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4/12

4・ナマケモノ殿下に仲間と認められる

 聞いたところによると、ペッレルヴォ殿下が立太子されたのは十二歳の誕生日。それがこの国の慣例なんだそうだ。その時はまだ、第二王子の方が……なんて意見は陰の片隅で囁かれる程度。それがウオレヴィ殿下が十二を過ぎた頃から声高になったようだ。


 ウオレヴィ殿下のあの立派さを見ると、そんな意見が出るのは当然だと思う。ペッレルヴォ殿下に会ったことがないから判断は難しいけど、今のところ『優しい』『穏やか』『研究熱心』という褒め言葉しか聞いてない。母親の力がどうこうではなく、それぞれの王子の、王としての器の問題なのだ。


 アスラクは留守中にウオレヴィ殿下が温室に入ったことに不満を示したけれど、彼が語ったことを伝えたら難しい顔をして地面を睨んでいた。


「てっきりウオレヴィ殿下もペッレルヴォ殿下を見下し、軽視しているのだと思っておりました」

「殿下は最初にお兄さんにきちんと挨拶をしていたよ。軽視していたら、そんなことはしないよ」

「はい」

「私はここに来たてでみんなのことをよく知らないから無責任に言っちゃうけど、もう少し交流を持ったほうがいいよ」

「……それぞれの侍従や侍女たちも、仕事以外は口をきかないのです。私がその筆頭で」

「私も嫌いな人と仲良くするのは苦手だけどさ」

「愚かでした。殿下のためには多くの人と話し、意見に耳を傾けるべきでした」


 アスラクがまたズビズビ鼻を鳴らしながら泣くので、ハンカチを上げた。ついでに背中をさすってみた。

「だけどさ、ペッレルヴォ殿下はこんなに考えてくれる乳兄弟がいて幸せだと思うよ 」


 木の上の殿下は背中を丸めて向こうを見ていたが、ゆっくりと振り返った。

「アスラク!殿下が私を見た!目が合った!」

「え!」

 殿下に向かって手を振る。

「殿下!ありがとう!首の回転、すごいね!さすがナマケモノ!」


 アスラクが吹き出す。

「この流れで首ですか?」

「そうだよ、ナマケモノの首は270度動くんだよ。すごいんだから!首の骨がね、9コあるらしいよ」

「はあ。本当に好きなんですね」


 少しは警戒を解いてくれたのだろうか。ナマケモノな殿下はのそのそと動くと、両手両足で枝にぶら下がった。

 今日は大サービスデーらしい。




 ◇◇




 飼育係七日目。相変わらず夜はぐっすり眠ってしまうものの、昼間にわずかに動く殿下を見られるようになった。スロウな動作で移動したり、枝に膝をかけてぶら下がったり。かわいすぎる。


 もしかしたらナマケモノになりひと月が経ち、低エネルギー下での活動に慣れてきたのではないだろうか。


 今日もアスラクは午後から出掛けた。ペッレルヴォ殿下の呪いを解く方法を探している上級魔法使いと、打ち合わせだそうだ。だいぶ私を信用してくれるようになったのだと思う。


 一方でペッレルヴォ殿下が私の前でも動くようになったとはいえ、まだ食事風景は見せてもらっていない。警戒心がなくなったわけではないのだろう。


 ちなみに排泄も、そのブツも見たことがない。いつも私が寝ている間に済まし、即時アスラクが片付けているそうだ。いくらケモノになっているとはいえ、同じ年の女性に見られるのは殿下が嫌だろうから、との理由だ。


 正直なところ、ナマケモノに関することは全部興味があるのだけどね。『分かるよ』と賛同している。






 先ほどまでウオレヴィ殿下が遊びに来ていた。今は帰ってしまいヒマなので、ナマケモノのスケッチをしている。イラストを描くのは好きだけど写生はしたことがないし、インクをつけながら使うペンなんて初めてだし、一色しかないしで、いまいちうまくいかない。


「色鉛筆がほしい」


 呟いたら、芋づる式にほしいものがあれこれ浮かんだ。

「スマホ。ゲームしたい。アイス食べたい。泡のボディソープ使いたい。ポテチ」

 ペンを置いて頭を振る。口にすればするほど、きっと叫びたくなってしまう。


 ふと視線を感じて頭上を見上げると、殿下がじっと私を見ていた。


「……殿下も淋しいよね。仲間がいないもん」

 この世界にたったひとりのナマケモノだ。ちょこっとだけ私の世界からミユビナマケモノを召喚してもらう、ということを考えたけど、すぐに却下した。


 私のナマケちゃんをそばに置いてみようかとも考えたけど、生きていないのだから仲間にはなれない。


「……私もさ、淋しいよ」つい、口に出してしまう。「うちって子供四人だから、めちゃくちゃうるさいんだよね。静かな生活したい、ひとり暮らししたいとかすごく思っていたけど、本当に離ればなれになると淋しくて仕方ないや。もっと弟たちとあそんでおけばよかった」


 人生ゲームの誘いに、『やらない』と冷たく返したのが最後の会話だ。

 お母さんには『よそんちはお母さんが制服にアイロンかけてくれるんだよ』とキレたのが最後。サイテイ。

 お父さんなんて、最後の会話がいつかも覚えていない。


 記憶なんてあてにならない。家族の顔をイラストにしようとしたけど、全然似てない顔になってしまう。そこだけ破りとり、丸める。


「よし。殿下イラスト再開!」


 空元気な声を出して頭上を見上げる。

 そこにペッレルヴォ殿下はいなかった。


「殿下?」


 立ち上がり、枝々を見まわす。いない。

 心臓がドクドクうるさくなる。

 殿下がこんな短い間に、視界から消えるほど遠くに移動するとは思えない。


「殿下!どこですか!殿下!」


 トサリ、と。呼び掛けに呼応するかのように何かが落ちる音がした。目をやると、さっきまで殿下がいた木の根元に、当の殿下が座っていた。


「殿下!木から降りてきたの?」

 私は上ばかり見ていたから分からなかったのか。

「どうしたの?」

 殿下は可愛い顔で私を見ている。

「近づくよ。驚かないでね」


 そろりそろりと近づく。殿下は動かない。ついに手を伸ばせば届く距離になった。大接近だ。

「具合が悪いのかな?それとも行きたい木があるのかな?」


 ペッレルヴォ殿下はゆっくりと両腕を上げた。まるで抱っこをせがんでいるようだ。


「抱っこ?」


 殿下は動かない。


「じゃあ抱っこするよ。出来れば私に爪を立てないでね」


 ゆっくりとした動きでそばに寄り、そっと抱き上げる。サイズも重さも人間の赤ちゃんみたいだ。

「殿下。多分、日本に住む女子高生でミユビナマケモノを抱っこしたことがあるのは、私だけだよ。へへっ。ありがとね」


 殿下の体温にほっこりする。先ほどまでの淋しさが和らいだ。


「さて、どうしたいのだろう」

 殿下を抱っこしたまま、振り返る。と、テーブルの上の果物が目に入った。私のおやつだけど、殿下が好きなものらしい。

 もしや、と椅子に戻り座ると、果物を差し出した。殿下はゆっくり受け取り、もぐもぐと食べはじめた。


「これが食べたかったんだ」

 膝の上に果物を食べるミユビナマケモノ。こんな女子高生、絶対に日本にいない。

「癒されるよ。ありがとね」

 殿下の頭を撫でる。昔まだ弟たちが小さかったころを思い出す。


「ていうか」背中を丸めて殿下に鼻を近づける。「毛はきれいだし、いい匂いがするな。なんでだろ」

 野生のナマケモノは、毛にコケが生えたりする。殿下は野生じゃないからかな?だけど石鹸の匂いっぽい。


 不思議に思いながらも幸せな時間を堪能していると、やがてアスラクが帰ってきた。


「見て。殿下!」

 膝の上の殿下を自慢すると、アスラクは目をまん丸にして固まった。

「果物が食べたかったみたい。自分から降りてきて抱っこをせがんだんだよ」

「……殿下……」

「アスラクも抱っこしたいよね。殿下が食べ終わったら交代しようか」

「いえいえ!」アスラクは手を激しく左右に振った。「私の固い足よりカナデ様のほうが殿下も嬉しいでしょう。私は構いません」

「殿下はスケベなの?」

「ええっ!違います!」

「女子高生の膝のほうがいいなんて、私の世界じゃケッコウな問題発言だよ」


 アスラクは目を白黒させて、汗までかいている。

「ま、ここは私の世界じゃないからね」殿下の頭を撫でる。「大丈夫、ちゃんとこっちの世界になじんでいるから」

 もう帰ることができないのだから、元の世界を振り返ってばかりいたら、自分が苦しくなる。


「カナデ様」

「ん?」

 顔を上げると、アスラクが手紙を差し出していた。お母さんの字で『カナデへ』と書いてある。……幻かな?


「宮廷魔法使い筆頭から預かってまいりました。筆頭がカナデ様がご家族に宛てた手紙が無事に届いたか、あちらの世界を覗いてみたところ、これが置かれていたそうで」


 恐る恐る受けとる。ちゃんとある。幻じゃない。

 封はしてなかったので、そのまま便箋を取り出す。


『カナデへ

 あなたがいなくなり、とても淋しいし心配しています。だけどあなたなら、どんなところでもやっていけると信じています。

 ご飯をしっかり食べ、ひとに優しく、逞しくがんばって下さい。』


 要約すると、そんなことが書いてあった。そのあとには、お父さん、弟妹たちの一言が続く。


 気づいたら、目の前にハンカチがあった。

「お使い下さい」とアスラク。

「ありがと」

 受け取り涙をぬぐう。鼻をかむのは抵抗があるのでやめておく。


「……殿下も心配してくれてるの?」

 食べ掛けの果物を手にしたまま、首を180度回して私を見上げている。

「殿下もありがとね」


「……カナデ様。私たちの問題のせいでこちらにお呼びしてしまい、申し訳ありません」

「うん」再びアスラクを見ると、神妙な顔をしている。「……正直、ふざけんな!って叫んで暴れたい気持ちはある」

 アスラクの顔が強ばる。

「でも騒いだところで解決しないんだから、むなしくなるだけだし。それならちょっとでも楽しんだほうが気持ちはラクかなって思うよ。ミユビナマケモノを抱っこなんて、元の世界にいたら絶対できないもんね」


 殿下がのそのそと口をあけた。鳴くのかと期待したけど、また閉じる。


「私どもにできることなら、なんでも致しますから」

「本当?じゃあ、ポテチ食べたい」


 1ミリぐらいの薄切りにして油で揚げて、と説明するとアスラクは真剣な表情でメモをとった。


「あと、ウオレヴィ殿下と話したんだけど……」

 殿下に求められるまま、元の世界の15歳男子について話した。どうやら『もっとバカっぽい』と評したことが気になったらしい。


 で、結局、中学や部活の話までしたのだけど、殿下が一番食いついたのが、運動部だった。体を動かすことが好きらしい。やってみたいと言っていたけど、大問題があった。この世界、ボールらしきものはあるけど、皮や布製だという。


「だからね、魔法で弾むボールを作れないかな」

 ダメ元で頼んでみると、アスラクはすんなりうなずいた。

「できるかは分かりませんが、試してみましょう」

「ありがとう!」

 アスラクが笑みを浮かべた。

「カナデ様への償いなのですから、礼を言う必要はないのですよ」

「そうか。……『善きにはからえ』とかが正解?」

 さあ、とアスラク。


「殿下はどう思う ?」

 ナマケモノ殿下はまた、のそりと口を開け閉めした。

「もしかして殿下、私の言葉を理解している?イエスだったらもう一度口を開けて?」


 だけど殿下は私を見上げているだけで、動かなかった。


「欠伸のタイミングが絶妙だったのかもしれませんね」とアスラク。

「そっか。殿下、アクビも可愛かったよ」

 頭をよしよしすると、殿下が目を閉じた。気のせいか、気持ち良さそうに見える。


「ねえ、アスラク」

「なんでしょう?」

「殿下、ナマケモノになってひと月も経つのに、毛並みはキレイだしいい香りがするの。何かしている?」

「っ!よく分かりましたね、さすが飼育係様」

「いや、誰だって気づくでしょ」

 あまりの褒めように、笑ってしまう。

「殿下は綺麗好きなんです。だから私が毎晩魔法で、湯浴み後の状態になるようにしています」

「魔法ってすごいね。便利すぎる」

 ハハハと笑うアスラク。

「アスラクは天幕にバスタブを持ち込んでいるのにね」

「……本物の湯に浸かるほうが気持ちいいので」

「そこは譲れないんだ。じゃあ殿下もお風呂に入りたいかな?」殿下の顔を覗きこむ。「一緒に入る?濡れそぼるナマケモノもきっと可愛いよ」

「ダメです!」

「えぇ」

「ナマケモノになっているとはいえ、殿下は17歳。人の姿に戻ったとき、お困りになります!」


 黙っていれば分からないじゃん、と抗議してみたけれどダメだった。アスラクは忠義者すぎる。




 ◇◇



 はっと目が覚める。

 天幕の中、アスラクのベッドの上。また眠ってしまって運んでもらったようだ。


「だけど今日のカナデは一味違うのだよ」

 誰もいないのに、ついつい嬉しくて口に出してしまう。なぜならまだ夜は始まったばかり。魔法使い筆頭に頼んで、『もし眠ってしまっても一時間でひと晩寝たのと同じ効果が出て、目が覚める』という魔法をかけてもらったからだ。


 筆頭は、こんな複雑な魔法を使えるのはワシだけだぞとふんぞり返っていた。でも、タダ。飼育係様だから、ペッレルヴォ殿下に関する魔法は無償で提供してくれるんだって。


 魔法で適温を保たれている天幕を出る。外はやや蒸し暑い。ガラス越しにはふたつの月が見える。小道を辿って、テーブルセットの場に向かう。

 アスラクはきっと驚くだろう。褒めてくれるかもしれない。


 わくわくしながら向かい、ふと、声が聞こえたように思えて足を止めた。



 そのカーブを曲がった先がテーブルセットというところ。生い茂る木々で見えないけど、アスラクの仲間が来ているのかもしれない。私のことを話しているようだ。『一緒にお風呂だなんて』との言葉が聞こえた。だってナマケモノの毛並みを洗うってテンション上がるじゃん、と思いながら足を進める。


 そこに立っていたのはアスラクと、美しい顔にきらびやかな服装の男の子だった。月を見上げていたようだけど、私に気がついて振り返った。


 背は私と同じくらい。だけどやけに線が細い。腰なんて私より細そう。絹糸のような髪に白い肌。やや目尻が下がった穏やかな目ときれいな鼻筋。

 優しそうな雰囲気。


「……あなたはもしかしてペッレルヴォ殿下?」


 少しの間のあと、彼はゆっくりとうなずいた。

「ああ。僕はペッレルヴォだ、カナデ」


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