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王子様の飼育係   作者: 新 星緒
《 王子様の飼育係編 》
1/12

1・異世界で王子様の飼育係りとなる

 突然足元に光輝く魔方陣が出現。

 次の瞬間、異世界に転移。

 勇者よ(もしくは聖女よ)!さあ、世界を救ってくれ!


 なんてものは、マンガかラノベの中のもの。作り物。お話。実際にあるものではない。いや、あってはいけない。


 さっきまで私は確かに家でソファに座っていた。

 突如輝きだした足元。

 そして今、私は私の家ではないどこかにいる。周りを囲むのは、明らかにヨーロッパ風の容貌で時代がかった服装のおじさんたち。


 彼らから沸き上がる歓声。

「やったあ、成功したぞ!」

「召還できた!」

「助かった!」

「減給を免れた!」

「路頭に迷わなくて済む!」


 まさか、異世界転移とかは言わないよね。というかセリフがおかしいし。うん。きっと夢だ。で、このあと、『お待ちしていました勇者(聖女)様』と言われたり……


「お待ちしていました!」

 ずずいっと、白髭のいかにも魔法使いでござい、というおじいちゃんが進み出て、元気に叫ぶ。しわがれた声だけど。


 うんうん、テンプレな夢だね。


「我々をお助け下さい!飼育員様!」

「は?え?飼育員?」


 おじいちゃんをはじめ、みんなが期待と歓喜にあふれた顔をしている。


「飼育員?私が?」


 徐々にそれぞれの顔が翳る。

「違うので?」とおじいちゃん。「だってあなた、ナマケモノの飼育員なのでしょう?」


 おじいちゃんが私の胸元を指差す。

 その先を見る。

 私。等身大ミユビナマケモノのぬいぐるみを抱き締めていた。だって独り身が淋しくて……。って、まさか、これのせいで勘違いをされたの?


「ぬいぐるみなんだけど」

 私はそれをみんなに向ける。

「ぬいぐるみ?まさか!そんな精巧な作り物があるはずありません」


 私はおじいちゃんに歩みより、可愛いナマケちゃんを貸してあげた。

 おじいちゃん、もふもふもふもふ。くんくん。目を覗きこみ、それから

「あ、口があかない」

「ぬいぐるみだからね」


 どよめきが起きる。

「また失敗か」

「叱責される」

「これでクビだ」

「明日からどうやって食っていけば」

「家族に捨てられる……」


 なんだか悲惨すぎる内容だ。

「あのさ。話だけは聞こうか?飼育員ではないけど、ナマケモノは好きだから」




 ああ。このとき私はどうして仏心を出してしまったのだろう。おじいちゃんの首根っこを締め上げて、『間違いなら、とっとと家に帰せや、おりゃ!』と恫喝すべきだったのだ。

 それをしなかったばかりに私は、『返却可能時間』というものが過ぎてしまい、元の世界に帰れなくなってしまった。そればかりか、飼育員を押し付けられてしまった。ミユビナマケモノの。


 そしてこのミユビナマケモノ。元はこの国の第一王子だという。

 どうなっているんだ。そもそも昔のヨーロッパに、ナマケモノなんていないんじゃないのかな?だって南米に住むいきものだもの。



 ◇◇



 この異世界は異世界あるあるの、時代不明のヨーロッパ風!剣と魔法!の世界らしい。魔物はいるけど、小さくて可愛くて無害なものだけ。魔王ははるか昔に勇者が倒し、凶悪な魔物も消えたそうだ。


 ひとつの大陸に五カ国があって、国力の差はあるけど、まあまあ平穏にやっているという。私が呼ばれたスィニネン国はちょうど真ん中。国土の広さ、人口、農業力、経済力、工業力、すべて中庸。つまり突出したものは何もなし。


 さて。そんな国の第一王子で王太子であるのが、17歳 (私と同い年だ!)のペッレルヴォ殿下だ。この殿下が何者かによって、ナマケモノに変身させられてしまった。国中の上級魔法使いを集めても、元に戻すことができない。

 事件発生から、すでにひとつき。ナマケモノになった王子は動かず食べず出さず、生きているようには見えない。このままでは衰弱死してしまう。そこで異世界より飼育員を召還したそうだ。


 そんな説明を、お城の広大な敷地の片隅にある温室で聞いた。温室というより植物園という趣で、広さ高さのあるそこには木々も植えられている。あまり手入れはされていないみたいだけど、小綺麗なテーブルセットはある。

 私はそこで美味しいお茶とケーキをいただいている。一応は賓客扱いのようだ。


 で、頭上に、木の枝にぶら下がっているミユビナマケモノ。本物を見るのは初めてだ。日本にはいないからね。絶滅危惧種だし。


「この距離だと、生きているのかぬいぐるみなのか分からないのですけど」

 と、尋ねる。相手は、立派なカイゼル髭の侍従長というおじいさん。


 魔法使いのおじいさんとおじさんたちは、飼育員召還で仕事が終わったそうで、晴れ晴れとした笑顔で去った。

 変わって現れたのがこの侍従長と一組の若い男女。青年は王子の従者アスラクで、女性は私の担当になる侍女ヒルダ。

 今のところ、話しているのは侍従長だけだ。


「殿下はぬいぐるみではありません。我が国には、飼育員様がお持ちになったような精巧なぬいぐるみは存在いたしませんから」

「そもそもナマケモノは存在するのですか?」

 一応、偉そうな人なので敬語を使っている。

「いません」

「よく異世界のいきものと分かりましたね」

「上級魔法使いたちが水晶で探しました。なかなかに難しかったようで、私の年収と変わらない金額の水晶三個が負荷に耐えられず、粉砕しました」

「あー。御愁傷様です」

「あなたをみつけるためには八個です」

「……ご苦労様です」


 八年分の年収って。


「侍従長の年収は、一般侍従の四倍です」と付け足す青年。


 なんだろう。こんなにお金がかかったから飼育員としてしっかり働けということだろうか。


「正直なところ、生きているかは不明ですが落ちないので亡くなってはいないでしょう」

「確かナマケモノって、死んでもあのままの場合もあったような」

「え」と侍従長が青ざめる。

「大丈夫です」とアスラク。「きのうと微妙に位置が違います」

 侍従長、胸を撫で下ろしている。


「いや、素晴らしい知識ですな」と侍従長。「安心してお任せできます」

「私はもう元の世界に帰れないというのは本当ですか?」

「はい、申し訳ありませんが。その代わりに、なにひとつ不自由のない生活を保証いたします」

「飼育係りを引き受ければ?」

「カナデ様の選択肢に『引き受けない』はございません」


 ちらりと従者と侍女を見る。能面のような顔になっている。


「分かりました。ところであのナマケモノが殿下なのは、間違いがないのですか?」

「ええ。殿下の誕生会の最中、衆人環視の中で変身が起こったので間違いはありません。詳しくはアスラクから」


 こうして、私は異世界の王子様の飼育係りとなった。





お読み下さり、ありがとうございます。

5話ぐらいの短期連載を目指しています(あくまで予定)。


スィニネン・・・フィンランド語で《青》

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