ただいま、幼馴染の告白シーンを覗き見しています ~わたしの方が好きなので断ってほしいけれど、『他に好きな人がいる』って断り方はどういうことなのだろう~
校舎裏――学生同士の告白をする場所として、マンガなんかではよく見るところ。
わたしは今、茂みに隠れてそんな場所にいた。
隠れている理由は至極簡単で、ここでこれから男女の告白が行われようとしている。
わたしは、それを見に来た。
……野次馬と言われると、何も間違っていないし否定もできない。
けれど、やっぱり気になってしまう。
だって、この告白に登場する人物は――わたしの幼馴染なのだから。
茂みから少し顔を出して、様子を確認する。
そこにいるのは二人の男女。
「初めて見た時から、君が好きだった。俺と付き合ってくれないか?」
男の方から告白をする。
今の時代、スマホで簡単に告白するみたいな話も聞くから、呼び出してしっかりするというのは逆にレアケースなのだろうか。
その言葉に、わたしは思わず息を飲む。
ちらりと、告白をされた少女の方に視線を送る。――告白を受けるな、と心の中で思ってしまう。
「ありがとう。でも、ごめんね――私、他に好きな人がいるから」
告白は不発に終わった。
わたしは心の中で安堵すると共に、その場に蹲って、考え事をする。……他に好きな人って、誰だろう。
「茂みに隠れて何をしているの? ふゆ」
「わ、ひゃ!?」
不意に声を掛けられて、思わす声が裏返る。
ちらりと、振り返ると――そこにはわたしの『幼馴染』の姿があった。
長い黒髪。凛々しく整った顔立ちをしていて、男性だろうと女性だろうと、すれ違った人は彼女のことを見る。
それくらいの美少女で、きっとそれはわたし基準ではなく全世界共通なのだろう。
幼稚園の頃からずっと一緒で、小学校は六年間同じクラスだった。
中学校では、二年の時は違うクラスだったけれど、休み時間はずっと一緒。
高校になって、また同じクラス。
放課後になれば一緒に買い物をしたり、休みの日はお互いの家に行って遊んだり。
決まったことをするわけではないけれど、当たり前のように一緒にいる存在。
そんな彼女――皐月カナエのことを、わたしはいつから好きになったのだろう。
「し、知ってたんだ」
「もちろん、分かるよ。ぴょこぴょこと、栗色の髪がよく見えていたから。人が告白受けているところを覗くなんて、悪趣味だよ?」
「べ、別に……カナエじゃなかったら見てない」
「何よ、それ。親目線?」
「友達目線っ! 相手の男だって、どういう人か分からないでしょ」
「んー、普通にいい人らしいわ」
「え、何で知ってるの?」
「告白をしてくる相手のことくらい、少しは調べるわ。まあ、あくまでクラスメートとの交友関係レベルでしかないけれど。そういうあなたこそ、私が告白を受ける時間まで調べてここで待機していたの? どうりで、すぐに教室を出たと思ったわ。いつもは一緒に帰ろう! って、すぐに言ってくる癖に」
「うっ」
ぐうの音も出ない。……わたしはきっと、面倒くさい女だ。
カナエが他の子と仲良くしていると、何だか嫌な気持ちになる。
別に、友達と仲良くするのなんて当たり前のことだし、ずっと前からそうだった。
けれど、中学生になったあたりから……スキンシップが少し増えた、とでも言えばいいのだろうか。
やはり、美少女であるカナエは男女問わずに人気がある。
自然と彼女の周りには人が集まって、わたしはそんな人達の中にいる一人でしかないのかもしれない――そんな風に思うのが嫌で、けれどそんな気持ちを抱く自分も嫌だった。
それでも、嫌いな自分を押しのけてでも――わたしは、カナエを独占したいという気持ちを優先してしまう。……きっと、そんなことを知られたら、カナエはわたしのことを軽蔑するかもしれない。
「……ふふっ、冗談よ。私のこと、心配してくれているんでしょう?」
「……うん」
笑顔を浮かべてフォローしてくれるカナエに、わたしは静かに頷いた。
その言葉に甘えて、わたしは嘘を吐いている。
カナエのことを心配しているのは本当だけれど、気持ちはそれだけではない。
男だろうと、女だろうと関係ない――カナエが、誰かにとられるのが嫌だから。
わたしの幼馴染のカナエは、わたしだけのものであってほしいから。
わたしは彼女が好きなのに――けれど、その関係が壊れるのが嫌で、告白ができない。
『私達、女の子同士だよ?』って、言われたらどうすればいいのかって。
それに、カナエはすごく気になることも言っていた。
「ねえ」
「ん? なぁに?」
わたしの隣にしゃがみ込んで、まるで小さい子供に話しかけてくるように覗いてくる。
顔が近くて、思わず顔を逸らしそうになるが、けれどわたしは真っ直ぐ彼女を見て聞いた。
「好きな人って、誰?」
「あー、そこもしっかり聞こえていたのね」
「当たり前じゃん! ずっと一緒にいたのに、そんな人がいる素振りなんてなかったし……」
「好きな人の話なんて、お互いにしないでしょう? それとも、ヤキモチでも妬いているのかしら」
「は、はあ? そんなんじゃないしっ!」
思わず大きな声で否定してしまい、ハッとして口を押さえる。
そんなわたしを見て、カナエはくすりと笑みを浮かべた。
「慌てすぎでしょう」
「急に変なこと言うからでしょ。それより、教えてよ。好きな人」
「んー、どうしようかしら?」
今度はいたずらっぽい笑みを浮かべて、カナエはわたしのことを見てくる。
少し苛立ちを覚えた。でも、こんなことを聞こうとするわたしの方が、面倒なのかもしれない。
「教えてくれないなら、いい」
「あら、怒ったの?」
「怒ってない!」
「怒っているじゃない。冗談よ、さっきの告白での『好きな人』なら、いないわ」
「……いない?」
「ええ、建前よ、建前。好きな人がいるって言えば、相手も諦めがつくでしょう」
「……そうなんだ」
良かった、とまた思って、けれど『いない』という事実にまたショックを受ける。
わたしが一方的にカナエのことが好きで、カナエはわたしのことが、『好きではない』のだと。
友達としては、『好き』と言ってくれるかもしれない。
けれど、わたしは――カナエのことが友達以上に好きだから。
「そう言うあなたは、好きな人はいるの?」
「わ、わたし? わたしは――わたしも、いないよ」
「……そう。それじゃあ、私達は一緒ね」
何やら含みのある言い方をして、カナエが立ち上がる。
「さ、今日も一緒に帰りましょう。クレープでも食べて行かない?」
「……最近甘い物食べて体重増えたからいい」
「期間限定品が今日かららしいわ」
「ぐっ、じゃ、じゃあ半分!」
「私は一つ食べたいから」
「いいじゃん! お互いに幸せを分け合って」
「同じ幸せを共有するなら個人で買った方がいいわ」
「ケチ!」
「ケチはあなたの方だと思うけれど」
そんないつもの雰囲気に戻って、けれどわたしは心の中で常に考えている。
――今、告白をしたら、幼馴染でなくて、恋人として一緒にいられたのかもしれない。
けれど、告白したら、幼馴染ですらいられなくなるのかもしれない。
だから、わたしは今のままでいい。
この関係が続くのなら、わたしは告白なんてしなくていい。
面倒くさい思考の主人公で書いてみました。