王族でも商業施設は利用するみたいですね…③
そんな今となっては隣人のペットが行方不明と同義レベルな話を聞き、思う事があったのか先頭を突き進んでいたファイが振り向いた。
…いや、例えでペットを出したがそんな個々人で重要度が変わる人物ではないのでっその例え方は間違っていたのかもしれない。そこまで能天気王子を重要視する人物はこの場に少ない。
「そう言えば第三王子…ウェイル様は宿屋の娘とにゃほにゃほしていると聞いたのですが…クレア様に聞くよりもその宿屋の娘に話を聞いた方が手掛かりとか掴めそうですよね」
確かにそうか。
にゃほにゃほしてるかは分からないが新婚夫婦的な雰囲気を醸し出していたのだ。一番原因を知っていそうだし…って、この話まだ続くのか。
少しうんざりしてるとどこか小骨が引っかかる様な突っ掛かりを覚えた。
うーん、何処にだろうか。そう考え、少し過去を遡っていると…
「あ、そうか。ねえ、ファイ? 貴女、私と能天気が別れたって話初耳だと言ったじゃない? なのにどうしてさも、当然の様に向こうの情報を知っているの?」
そんな言葉に対し、やってしまったと、目に見えてわかる同様の仕方を見せ、少し考えた後、開き直る事にしたのか笑顔で返した。
「まあ、虫の知らせってヤツですね」
「答えになってないわよ…」
だが、その笑顔で許しちゃう!
心を許せる相手なのでそこまで執着する事なく話を終わらせる。それがファイにも好ましかったのか先程までの余所余所しかった反応は何処え、無表情がデフォルトだった表情に笑顔が見え始めていた。
そんなやり取りを聞いたフェリイズは参考になった、とそう言い近くにあった服屋に足を踏み入れようとしていた。それを大慌てで止める。
「ほら、善は急げって言うじゃないですか。情報共有を最優先に捜索に乗り出した方がえっと…ウェイル様の為にもなりますし…」
本音はファイと一緒に本来の目的であるショッピングをしたいだけなのだが。
このまま施設にある全部の店を見て回るような勢いを感じたので思わず止めてしまったのだが…我ながら良い言葉が出たな、と思う。
これならフェリイズにとっても捜索に行くのだと、良い離脱の言い訳が出来たのだと。そんな迷える子羊の手を差し伸べる聖母のような心持ちで困り顔のフェリイズを見る。何故?
「何故アイツの話が? アイツも十五だ。そこら辺は理解して出て行っているのだろう。お前が知らないのであればそれ以上は知らん」
だからなんだと。そう言うフェリイズ。ならどうしてここに来たのだ…最初の理由と話が違うじゃないか…。
双方の立場もあり自由に発言できない現状を悔しく思ってしまう中、心の中の貴族魂が目を覚ました。
「そうですか陛下…」
「陛下ぁ!?」
思わぬところでの陛下呼びに素直に驚きの声を上げる。
「…呼び方が変わる程お前はウェイルが心配なのか? お前がそう言うなら今直ぐにでも連れ戻して…」
斬首、と続く言葉を遮るように声を上げる。
「い、いえそういう訳ではなく…えっと、ここに来た目的がファイとの買い物だったので…ちょっと邪魔かな、と思いまして」
特に考えて発した言葉じゃなかったのでしっかりした言葉使いではなくなっていた。既に…まあ、手遅れ感は大いにあるが王子に対してして良い反応ではない。本当に時すでに遅し感が凄いが。
だが、意外にもフェリイズは言葉遣いに疑問を抱いている節はなく、寧ろ発せられた言葉の真意を探そうと必死に悩んでいる様子であった。
切れ目の目立つ容姿で、冷たい印象を受けるがそれでも美男の分類に入る人物なのである。そんな人物が悩ましげな表情で居る様子は名のある画商が描いた一枚絵の様な完成された美を感じる部分がある。
まあ、感じるだけだが。
そんな何処をどう考えても答えに辿り着かないフェリイズ。答え明かしだと評して本音を聞聞き出す。だが、帰ってきた言葉は同じようなものだった。
「ですので二人のデートに邪魔なので能天気王子の散策に向かってみてはどうですか?」
勘違いでもなく悪化しているようだった。
「それだと先の言葉よりも当たりが強くなっている気がするのだが…」
「…申し訳ないのですが本音でもありますので。ほら、公務とかあるじゃないですか王子ですし。それを差し置いてまで私たちと相手するのは釣り合っていない様に思えまして…本日はとても楽しゅうございました。またの機会に胸を躍らせて待っていますわ」
もう、取り繕うのは面倒だと。婚約破棄され、学園初日に破棄した相手のイチャイチャを目にし、逃げるようにして立ち去り癒しに連れられ癒されに来たのにこの現状である。
どうして自分から権力の塊のような王子と一緒に買い物(強制)をしなければいけないのか。
甚だ疑問で、謎であったが故の爆発であった。不敬罪とかなんか言っていた自分が馬鹿になっていくような感じを覚えた。
自国の王子に対してとって良い行動ではなく、少し仲が良い相手であってもそれは同じ事なのだろう。至ってしまった言動の責任を取る為フェリイズを見る。
先程まで自信満々に言っていた筈なのに手は震え、それを誤魔化すように横に移動させたファイの裾を軽く掴む。
今か、今かと。待つ。望んだ言葉を吐かれる前にフェリイズの頬が赤く染まっていくのが見て取れた。何故?
「そう、それがお前だ…気高く、誰にも縛られず…そんなお前に惹かれていたのに…」
「えっと、陛下?」
「どうしてだろうな…そんなお前の後を追うようにして言葉遣いを変え、考え方もお前に合わせて…でも、それはただの憧れに過ぎなかったみたいだ…完全に見落としていた。憧れる相手になれる筈が無いのにな」
「…フェリイズ様?」
一喜一憂するかのように表情が喜怒哀楽に変化していく千変万化だった。
先程までの自己中を体現した王子の姿はなく、今ここにあるのはただ憧れの対象を見付けた子供のような青年だった。
何がどうしてこうなった。
何度か試行し、そして納得がいったのか腰のベルトに留めていた剣を鞘ごと取り外しファイの前に立った。
「すまない。前の俺なら…と、言い訳を垂れる俺では無い。謝罪の意を込めてこの剣を贈ろう。一級の匠が作った渾身の力作だという。俺には手に余る品だったが…騎士であるお前なら十分に使ってくれるだろう」
フェリイズの手から恐る恐る剣を受け取ったファイ。受け取った後に何かヤバい契約でもしたような感覚に陥り顔面が蒼白になっていく。心当たりがあるのか受け取った剣をゆっくりと鞘から抜き、刀身を見る。合点がいった。
「これ、魔剣の一つに数えられるヤツですよ…名前は知らないですけど」
怪しい光を放っていると刀身を軽く指で撫で、すぅー、と赤い線が出来たのを確認する。柄の部分は王族らしく、金に装飾された目に暴力的なキンキラ具合だったのだが抜いてみるとその感想が一点。
見た目だけの剣では無いことが証明される。見るもの、使うものを惑わす切れ味を持つ魔剣だと、一瞬で判断できる。
そんなものを受け取ってしまい、これから魂でも要求されるのかと、それとも家族の命を差し出せとか己の命を差し出せとか要求させるのかとおっかなビックリドキドキと待っていると目の前から立ち去るようにクレアの方へ移動するのが見えた。
「悪魔は悪魔でも良い悪魔なんですね…」
「お前は何を要求されると思ったんだ…? 要らないなら別のモノを持ってくるが…」
「いえ、十分です陛下!」
「陛下はちょっとなぁ…」
どこか陛下呼びに対して思うところがあるのか良い表情をせず、クレアの前に立ち、顔をゆっくりと上げ、顔を見る。
身長差もあり、見上げるよりは目線を下げるのだがそれでも気持ちは上昇気流に乗っているかのように上昇気味だった。
「クレア、君のおかげで俺は真実の愛を見つけることが出来た」
「私は何もしてませんけど…」
寧ろ貶す勢いだったが。
「クレアに会って少し気持ちが舞い上がっていたみたいだ」
「…そうですか」
一つ年上の男に何を言われているのか。立場を忘れ、そう思ってしまう。
「鍛錬を終えた、と言ったが足りていなかったみたいだ。今後はウェイルの散策を通じてお前に相応しい人間になってみせるからそれまで待っていてほしい」
「お気遣いなく。陛下には立派な人がいますでしょう?」
完全に当てずっぽうだが。
だが、そんな言葉は耳に入っていないのかスルーし、何処かに行ってしまっていた。どうしてあの話の流れでウェイルが出てきたのか疑問でしか無いしそれでどうして見合う人間になる、と出てくるのかも疑問でしかなかった。
疑問しか残さない。
呆気に取られていると剣に対し、欲求を満たしたのか満足顔で腰に剣を刺したファイが口を開いた。重い雰囲気を変える為か。
「それじゃあ、買い物でも再開しましょうか?」
「…いえ、今日はもう帰ろうかしら。何か疲れちゃったし」
「…嵐のような人でしたね」
そうね、酷く荒らされたわ。と、呟き家に帰ってからのお肌のケアに悩み始める。何時もは早寝早起き、コラーゲン、と外的な化粧品とかを使わずに肌を気遣っていたのだが…今日だけのストレスで積み重ねてきたものが全て剥げていく感じがしたのだ。
「…メアリーだっけ? 使ってみようかな」
思わず溢れてしまうがそれに反応したのは…事の顛末を物陰で見ていたメアリーグリーデンスだけだった。