友人は武力派! ボディーガードですの
良い感じに思っていた展開になりそうです
最初に目にした大聖堂。
そしてこのパーティー会場。
百名近い人数が自由に歩き回ってもまだ余白がある程大きい。大きすぎて学園側も掃除とか行き届いてないのではないのか、と変な心配をしてしまうが杞憂だろう。
もしそうだとしても、気にする事では無かった。
暑苦しい雰囲気と鼻を攻撃する匂いから逃げる様に扉を開け、外に出る。
喧騒が一瞬静まるが、直ぐに思い出したかの様に鳴り始める。
ここでの主役はこの場の全員なのだ。レベル差は大いにあるが。
ながったらしいスカートの裾をウザったらしそうに思いながら、補装された道を歩いて行く。道を知っている訳では無いので完全に手探りでだが進んで行く。
一歩二歩、と歩いて行くたびに周りの景色が面白うように変わっていき、学園長の言っていたサポートの言葉が正しい事を理解した。
学生に必要かは理解しかねるが道に連ねる様にして並ぶ店舗は等間隔に配置され、まるで小さな町を歩いているかの様だった。
店の内容は外装だけでは判断しかねるが理解できる範囲で言うと服屋、飯屋等がある。本当に学生に必要なのか…。庶民ならまだしも貴族である。良い物を着て、良い物を食べて…と、金に物を言わせて暮らしているのだ。
謎が深まるが直ぐに埋め立てられる。そこまで興味のある内容では無いからだ。
日傘に隠され、日陰の中を歩く。内心は完全に吸血鬼気分である。
思うに今は散歩の範囲なのだ。そんな時に日傘とは…里帰りします! とかそんなレベルの移動であれば肌の心配をするのは理解できるのだが…いや、里帰りに肌の心配はもう思いやるところが違う気がするが。
移動に何日も掛かるのなら理解は出来る。女は美貌を最重要に手を加えなければいけない場所なのだ。それに関わる肌のケアを重要視するのは女として理解できるが…数分、数十分の移動で肌の為に日傘を! とかそんな事を考えるのならそれは、もう病気のレベルである。
…これもそこまで広げる話題では無いな。
広げた風呂敷を他所へ置く。
私としては小麦色の肌ってのも魅力的なのだけどね…。
隣の芝生は青く見える、とそんな要領で願望が出てくるが他者が求める私は雪の様に白い素肌である。病的に見えるので嫌なのだが。
まあ、芝生は青く無いのでそう見えたのなら検診を勧める。
吸血鬼になった気分で少し日陰から手を出してみる。
特に何もならない。
当たり前である。逆にこれで肌が溶けてしまったのなら両親に種族について言及しなければいけなくなってしまう。…吸血鬼ってのも面白そうだけど。
只でさえ婚約破棄された令嬢の侯爵位なのだ。それに種族吸血鬼が加わると個人に付いていい情報の量ではなくなってしまう。
もう、御伽噺の住人の仲間入りだ。願望なので真実では無いのが唯一の救いだ。
よくよく考えればそんな高貴な位にいる令嬢に面と向かって婚約破棄云々の話はできないよね、と理解する。それをやれるのは相応に高い地位の人間か馬鹿の二択だ。
まあ、そんな表向きなんとも無い私である。
見える景色は色様々で見ていて飽きないのだが逆に目を休ませる空間がなかった。何処も彼処も華やかで鮮やかで。
圧倒的に人為的で趣味とは合わなかった。
特に目的を決めて歩いていないので完全に迷子状態なのだが平然を装う。誰かに聞いた方が良いのだがそれはクレアが許さない。
ギャップ萌えが発生するとは思えないし、なったとしても従者に見せて何になるのか。生産性皆無である。
それを言うなら迷子である今が一番そうなのだが…。
自分の事を棚に上げて道を進む。
幸か不幸か。呼び込みの声では無い、男の声に混じり、聞き覚えのある声が聞こえた。
その方向へ向かう。気分はフェロモンにおびき寄せられるガである。
知り合いならば会話の最中で道を聞くことなんて朝飯前だ。
今は昼過ぎくらいなのだが。
聞き覚えあるのだが…どうやら喧嘩か何かか。痴話喧嘩のレベルではない、怒鳴り声が混じっている様に聞こえる。気のせいだと良いのだがそんな事はなかったり。
従者の一応の静止の声を振り払い、路地裏を進んでいく。どうやら聞こえていた通りに喧嘩だったみたいだ。
家がどうとか、やった事がどうとか、責任を取れとか。
女を囲う様にして男達が罵声を浴びせる。可能性としてはそう言うプレイの可能性もあるにはあるが私の知り合いの中でそんな性癖を持つ人物はいない。隠しているかもしれないが。
兎に角、見ていて気分が良い物では無いので声を掛ける。
「私の知り合いに何か用? ああ、でもこんな路地裏にわざわざ来てまでの用ですから…どんな用事か興味がありますね。 私にも手伝える事があるかもしれませんからお聞かせ願いますか?」
内面がどうであれ見た目は幸が薄そうな線の細い女性である。
だが、特有の雰囲気を身に纏い、雪の精と言われるように何処か儚いながらも力強さを感じさせるものがある。
そんな印象と重なる様に侯爵の地位が後押しする。誰もが誰も言うだろう。クレアこそが貴族の象徴であると。
妙な威圧感を感じさせる文言に取り囲んでいた男達はギョッと目を開かせ、口を開く前に足を動かす。完全な逃亡だった。
「…追いますか?」
殆ど喋らなかった従者が口を開き提案する。
喋れるのかと、驚いた表情が溢れるがすぐに取り継ぐ。
「追っても良いけど誰が私を守るの?」
まあ、恐らくただの確認なんだろうが。従者の言葉を否定し、無かったことにする。
囲まれていた知人に近づく。
「大丈夫だった? と言うか貴女、騎士だったよね? 囲まれる前にこう…」
握り拳を作り、殴る動作を見せる。
「潰してやれば良かったじゃない」
腰の入っていないパンチだったのだがそれを見る二人は何処かの舞台の演技かと見間違う様な華のある動きだな、と見惚れていた。
直ぐに現実に戻る。
「い、いえ…確かに殴って黙らすのが正解なんですけど親の立場とかもあって…結構ご贔屓にさせて貰っている人達なんですよ。その息子達ですけど」
少し悔しそうな表情を見せながら可愛い顔とは正反対の暴力的な言葉に対する同意を聞き、頬を緩ませる。
「安心した…やっぱりファイはファイなのね」
ファイ。
父親であるファーレンクライの騎士として功績が称えられ、特別に貴族の位である騎士の名が与えられた完全な武力派の一家だ。
女のみでありながら父親の扱きに耐え、生半可に手を出そう物なら腕の一本二本。簡単に引っこ抜かれてしまう。これでも護身術だと言うのが怖いところだ。
腕の関節を抜く、の言い方が野菜の収穫を彷彿させるのだ。怖いのなんの。
そんな困ったら一発殴っとけの精神で生きる彼女はクレアとしては接しやすい人間であった。変に気を使う心配はなく、取り繕う必要もない。
巣の自分を出しても安心できる素敵な友達なのだ。
素敵な友達がどうして路地裏で話をしていたのか気になる所ではあるが…まあ、優先して聞きたい内容では無かった。エッチな物だったら困るし。
他の令嬢とは違い、特別な貴族位なので畏ったスーツの様な服装である。本人曰く動きやすいので好き、だと言っていたが…。
「私にだけ見せる、とかしても良いよね」
「…一応騎士としての建前があるのでダメなんですよねぇ。他の人に見られでもしたら…どうなるんでしょうか? 正直想像出来ないです」
意図を汲んでか。呟いた言葉の真意を読み取ってズボンに付いた汚れを落としながら言う。
そんなものなのかと。聞き流しながら横にファイを置き、歩き始める。ファイとしても聞かせる為に言った訳ではないのか反応無く、少し居心地悪そうに付いて行く。
ファイを見て言う。
「私達知り合ってから結構長いわよね? やっぱり慣れない?」
「いえ…慣れはしたのですけど周りの視線が気になっちゃって…」
あら、可愛いところがあるのね。と、そう思っていたら
「不敬罪で合法的に処してしまおうかと思っちゃうんです…危険ですよね」
「そうね。危険思想ね」
世が世なら職権濫用でギロチンの刑に処されている所だった。残念ながら休戦中の世なので物理的に首が飛ぶ事はないが。
ファイの問いかけにほぼノータイムで返す。ギャップすらなかった。ファイはファイだった。
可愛い顔してよくそんな発想ができるよね、と横顔を見ながらそう思う。
まあ、白い傷跡が首筋や頬などに見えるので可愛らしいの発想も出てこないが。料理で切っちゃった、とかの次元ではない。何処の世界線で首や頬に切り傷が出来るのだ。戦国時代か、と。
内心、一人で突っ込み、ニヤケが止まらない。少しずつ人が増えてきたのか人の目線が気になるのでニヤケはしないが。
微妙な雰囲気の中、進んで行くと一言。ファイが切り出した。
「…ああ、そう言えば最近盗賊の話をよく聞くんですよ。何でも変な仮面を付けた人物が…うーん、悪い商売とかですかね。その人達からお金を盗んでいるらしいんですよ。それを貧困層とかに配っているらしく国民から異常に支持を受けている盗賊ですね」
「唐突…ね。義賊よね…? えっと、何か家に被害でも出たの?」
わざわざ話題に出すのだ。家の数千万もする銅像が盗まれたんです! とかそんな被害が出たのだろうと勝手に想像する。
…数千万の銅像ってどんなのか気になるけど。
「いえ、私のところは被害は出ていないんですけど…あの、王家とかで被害が出てるとかなんとかで。一応家としても追っている所なので何か情報があればな、と思いまして」
なんだ…銅像は被害にあってないみたいだ。いや、銅像があるとか聞いた事ないんだけどね。事実無根だ。
恐らく話的に王家と繋がりが深い、って事で話を聞いたのだろうが生憎それは傷口に塩を塗る様な物だ。傷口と言っても擦り傷の様な物だが。
情報規制か、何かか。そこら辺の理由で話が通ってないのかな? と、考えてしまう。
話をうやむやにしてしまう理由も無いので言ってしまう。自分から評価を下げに行く姿勢は令嬢としては最低だが友達としては最高だろう。
「婚約破棄されたの。相手方に良い人ができたみたいで…って、始業式の時に結構目立っていたけど…知らなかったの?」
思い返してみればあの登校の時の二人の空間は本当に別次元と言っても差し支えのない程ピンク一色なものだったのだ。
見なかったと言っても全身で感じてしまうレベルなのだ。その場に居たなら違和感を感じる筈だが。
それ以上に第二王子の登場が個人的には印象強かったが。
そんな事を考えていると、言葉を噛み締めるように「婚約破棄。婚約破棄。婚約破棄?」と呟いている。そしてやっと理解出来たのか俯いていた顔を上げる。
「婚約破棄…したんですよね…? いや、それもおかしな話ですけど…」
「いや、されたの。何が原因だったか分からないけど私じゃダメだったみたい」
それを聞き妙な顔を見せる。
呟く様に声を出す。
「…仲良い感じだと思ってたんですけどね」
仲が良い、ね。
仲良いかは理解出来ないけど楽しくはあった。それは嘘偽りない気持ちだ。
飽きさせないように色々な話を面白おかしく喋ってくれたし、何やかんやあったのを思い出した。
まあ、でも過去の思い出だ。貴族で婚約破棄は幼子の約束とは重みの度合いが違うのだ。恐らく二度と会う事はないだろう。
走馬灯の様に流れる思い出を切り離し、何かを考えているファイを見る。
「よし、義賊の正体は第三王子でしたって新事実が捜査線に出たんで捕まえますね。逃げ足が早いそうなので骨の二、三本折らないといけないですよね?」
「どうしてそこで同意を求めるの…共犯にしようとしてるよね? …まあ、その話は家族が何とかするから気にしないで」
「そうですか…」
目に見えて落ち込むファイ。
恐らく骨を折れない事に対しての落ち込みなのだろう。内心が理解出来るので軽く狂気を覚える。この子を世に放ったら簡単に殺人鬼になると思うんだけど。それか正義感の強い騎士。心は違えど騎士なんだけどね。
意図せぬ形で事件を聞くが相手は義賊だ。そこまで家は後ろめたい事をしている訳では無いので心配する必要はないだろう。
そう言えば一応とは言えファイにお付きの者が居ないのはどうしてだろう? と、疑問に思いつつ当ても無く歩き続ける。
まだ、ファイにはバレていない様だった。
何気なしにファイがこちらを見上げ口を開く。
「もしかしてですけど今、迷子ですか?」
「すぅー…そうかもしれないね」
バレていた。