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一周回っても世界は美しいみたいです(諦め)  作者: 椎木唯
序章 婚約破棄されまして
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縦巻きロールは絶滅危惧種

遅れました。寝てました

 学園と言ってもそこだけで全て完結するわけでは無い。


 宿泊スペースがあり、食堂があり、の館とかでは無いのだ。精々が便利な公共施設止まりである。


 馬鹿でかく世の料理本すら網羅されている図書館に、無料で利用出来る実験スペースなんてものもある。

 だが、それは上級貴族の令嬢にとってしてみればそれ程重要では無い。寧ろ変にスペース取っている分、それを利用している貴族を見下しているまである。


 じゃあ、一番令嬢に利用されている施設はどれかと聞かれれば百人中百人が同じ答えを出すだろう。


「エステサロン」


 だと。




 なんやかんや言ってるがエステサロンは今、全く関係が無い。

 例えるなら大事な舞台での前座みたいな物である。誰に対してのものでは無いが。


 時間が流れエストサロンと同様に使用頻度が多いパーティ会場に新入生が集まっていた。


 始業式として向かった者が多数いる中、何故かパーティに参加する人達は豪華絢爛なドレス、はたまた自身の肉体を誇示する様に張り付いたスーツを着込んでいる者が殆んどだった。

 始業式とは何だったのか。


 登校の時と同じ様に衣服の質で家の品格が問われるのだ。例え、家がどんな貧乏であろうが貴族であるが故に見栄を張らなければいけないのだ。

 生憎、そんな貴族は学園に入園する事すら叶わないのだが。


 圧倒的な親の金で入学したご子息共は自信満々、意気揚々に家の自慢を、自身の服を見せびらかし、どれほど上品に食べれるかサイレントで競い合う。


 目を動かさなくとも視界の中で同じようなやりとりを何人もしているのだ。台本でもあるのか、と疑ってしまうが貴族とはそんなもんである。完全な思い込みだが意外と間違ってはいない筈。


 そんな庶民の描いた貴族劇から視線を移し、目の前にいる三人の顔を見る。

 よそ見をしている事に対して何か言われるかも、と思ったが三人とも会話に夢中だった。


 あれ、私除け者…?


「そう! そうなんですわ! 確かにあそこの化粧品は凄く良いのだけど乾燥しやすいのが欠点ですわよねぇ…」


「それさえ無かったら本当に最高な物なんですけど…あ、クレア様ってどんな化粧品使っています?」


「それ私も気になります! いつ見ても綺麗な肌ですよね…」


 全然そんな事はなかった。


 自己敬愛の賜物です、と口から溢れそうになるのを必死に抑える。


 いきなり目の前に現れ、会話を広げ、急に話題を振ってきたのだ。気を張り詰めていないと本音が溢れてしまう。


 化粧品か…。

 素直に使ってない、と答えるのが正直者として正解なのだが言ったとしてもこの「化粧品で整えている」三人の前は言うべき言葉では無いだろう。ただの煽りみたいになってしまう。


 これはただの会話では無いのだ。

 相手が気持ち良く、そして自分も心残りなく。が、一番良い正解の道なのだ。


 少し言葉に悩み、近くを歩いていた配膳のボーイから果実水を貰い喉を潤す。脳裏には中に溶け込んでいるであろう砂糖の量で一杯になっていた。


「(反射的に貰ったけど間違いでしたね…)」


 まあ、果実水の一杯で体に異変が起こる様な柔な作りじゃ無いので直ぐに不安を明日への自己鍛錬の糧にし、適当に繋ぐ。


「メアリーグリーデンスって化粧品を使っていますね。天然素材のみを使用を謳っているので凄く使いやすいのでオススメですよ?」


 勿論使っていない。

 使っていないがその様な話を小耳に聞いた事があった。と言うより化粧品ブランド最大手であった。無難中の無難だろう。


 メアリーグリーデンスは貴族階級をターゲットにしている高級化粧品のブランドだ。

 各地から取り寄せた天然素材の物なのでそれなりの値段は付いてしまうがそれ以上に安心感がある。白粉を塗って舞踏会に出るよりはまだマシだと思える値段設計である。


 頭の中からそのブランドの情報を呼び起こし、話が広がっても良い様に言葉を練る。


 その努力の甲斐あってか圧倒的な存在感を放つ縦巻きロールの令嬢が近付いて来た。


「あら? かの有名な雪の精さんに知られていてとても嬉しいですわ」


 後ろに美男を二人従え、スカートを軽く摘み挨拶をする。

 メアリーグリーデンスのオーナーの娘であるグリーデンス・メアリーだ。


 化粧品ブランドの娘と言うこともあり、全身が自社のメーカーで覆われているのか首元だけでなく手すらも雪の様に白く、白よりも白い死人の様な娘である。


 それ以上にオーナーの娘愛が強すぎて娘の名前をブランド名にした、とそんな話を思い出し愛されているんだ、とほんわか母の様な心になった。一方的だが。


 メアリーを強調する様な照明だったのだが良く良く考えれば化粧品のせいだろう。


 白さも相まって発光するかの様な輝きが合間見れる。と言うより直視し辛かった。もうこれは化粧品ではなく、メアリー自体が発光しているのだろう。既に人ではないね。


 そんなエンターテインメント的色眼鏡を外し、両サイドでピョンピョン跳ねる髪が視界に入り、気になりすぎるがそれを悟られてはいけない。


 そう考え、意識を切り替える。

 成り上がりの貴族であるが上流貴族であるのだ。メアリーに少し遅れながらも挨拶を返す。


「知るも何も有名なブランドですからね。そんなオーナーが愛するメアリーさんに会えて嬉しいです」


 嬉しさで胃がキリキリしそうである。


 取り巻きだった3人は階級で言えば下級であり、言ってしまえば失言したとしても取り返しが付く相手なのだ。

 メアリーは違う。


 先程の3人の様に名前を思い出すのに時間が掛かる相手ではない。

 それ程に注意して相手しないといけない相手なのだ。


 まあ、注意する相手として覚えているのではなく、尖った容姿だからお覚えているのだが。


 クレアのお世辞とも取れる発言にあからさまにイヤそうな表情をする。


「お世辞は良いわ。…それよりその話し方はどうにかならないのかしら? 私としては友達だと思っているのだけど?」


 その言葉に驚く。


 印象的に嘘を意気揚々に言う様な人ではない。良くも悪くも思った事を言うで知られるメアリーなのだ。


 これは乗るべきか、反るべきか。

 悩みに悩むが相手の意見を尊重すべきだろう。友達成立である。


「親しき仲にも礼儀あり、とそんな言葉もありますので。友達として見てもらっている事は素直に嬉しいですが」


「…そう。これで私は失礼するけど…メアリーに興味があるなら言って貰えば幾つかは提供してあげれるわ。その代わり宣伝は大いにして貰うことになるけどね」


 不適な笑みでそう言うメアリーに少し驚きつつ、笑みで返す。


「ありがとう。でも私には十二分に使える事が出来ないと思います。のでその時になったらお願いしますね?」


 いきなりの笑みに驚いたのかビクッ、と肩を揺らす。クレアの他所向きでは無い顔を初めて見たせいか顔は赤くなっていた。


「そ、それじゃあね! 行くわよっ」


 顔を隠す様にすぐに背を向きその場から立ち去る。


 第一印象とはまた違って面白そうな人だな、と後ろ姿を眺めながらゆっくりと残った果実水を飲み干す。


 さて、ここからどんな化粧品の話に発展するのか、とドキドキしながら3人を見る。が、居なかった。どうやらメアリーが来たタイミングで去ったらしかった。


 恥ずかしい気持ちがこみ上げ、居心地の悪さを感じ、張り詰めた空気を変えようと外に出る。

 周りの空気を見るに舞踏会へと会場が変化している様で場を変えるのには丁度良い理由だった。


 流石に女独り身で舞踏会へ参加は苦しいものがある。


 ここで誰かに声を掛けられ止められたのならしょうが無かったが数少ない知人であるメアリーを除き、知り合いは数えるくらいしか居ないのだ。

 そんなメアリーでさえ先程唐突に友達宣言を受けたばっかりなのだ。


 言ってしまおう。クレアに話を掛けられる人間はこの空間に居なかった。







 

【メアリー視点】


 ハッキリ言ってしまえば賭けの様な物だった。


 こちらとしては雪の精、美の根源でもあるようなクレア様に対しては一方的に面識があるだけで知り合いのしの字もない相手なのだ。


 憧れの感情だけを抱いて接して良いような相手ではなく、そして階級もそれ相応にあるのだ。

 その容姿でその階級で…完璧ってこの人にだけ使える言葉よね。


 名も知らぬ3人組を遠目に眺めながらゆっくりと近付いて行く。

 幸か不幸か親のブランドであるメアリーグリーデンスの名前が出た事で会話に入りやすくなった。クモの子を散らす様に去った3人組には驚いたが。


 一目でわかる様な嘘を吐いたクレア様である。

 これが他所の貴族であったらのなら質問攻めで知識の無さを周囲に知らしめて恥ずかしい女、とそんなレッテルを貼れるのだが相手が相手である。

 会話の繋ぎに出された事だけで嬉しかったのだ。


 内心照れ、デレ、緩み切っていた。


 例え嘘でも美の化身の様なクレア様に、憧れのクレア様に、神の如しクレア様からウチのブランド名が出る事が果てしなく嬉しかった。


 だがそれだけに収まらなかった。

 冗談で言った「友達」発言に向こうが乗ってきてくれたのだ! しかもその後の仕事の話にも嫌な顔せず、むしろ笑みというプレゼント付きで。


 もう、鼻血が出る三秒前だった。


 丁度良い頃合いだったかもしれない。

 このまま相手にとって知識のない化粧品と、そんな不安定な足場の話題では事故りかねない。

 自分が恥ずかしめを受けるのならどうにかできる。


 だが、それがクレア様だった場合。それを考えるとどうしても居た堪れない気持ちになってしまう。

 会話を切り上げ、その場から逃げる様に立ち去る。


「…友達。友達…ねぇ。ふふっ」


 ニヤケが止まらなかったが必死に押し込め本来の目的である化粧品の宣伝を再開する。


 ブランドの発展の為、そしてクレア様が使ってる、と胸を張って宣言できる程大きくしなければ、と。


 声掛けは地味で効果は薄い、率先してやりたいものじゃなかったが今回ばかりはやる気満点だった。

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