「復活の日」 4
「で、さっそくだけど、わたしは何をしたらいいの?」
秀麿はニイと笑うと、どこからか、朱鞘の二尺少しの長さの、一振りの刀を取り出した。ジャンヌに差し出す。
「太古刀! ……いまでは存在するだけでどんなものでも国宝級、ということくらい、わたしでも知ってる。本物なの?」
「もちろんもちろん。状態も申し分なし。無銘だがよい品物よ……。教えるが、この刀のもとの持ち主は、天草四郎、というお方でな。今のお前と似たような境遇の人じゃった」
しゃんと正座した。小刻みにふるえる両手でその刀を受け取る。
「軽い……」
「ほんとは約1kgはあるんじゃぞ。だがそれじゃお前、まともに振り回せまい。だから、ズルして魔法で軽くした」
ジャンヌは鞘から刀身をそろりと抜いてみる。とたん、虹のような光彩が刃から放たれ──
魅入られた。
ジャンヌ、体の震えがとまらない──
「“はごろも”と名づけたい……」
「よかろう。よき名前じゃ。そして、その持ち主にふさわしい技量も習得するのじゃな。めざすは、サムライ女王 <クイーン> じゃ」
きょとん、として老人を見た。
「うっかりしてたけど……ねえ、なんで刀なの? なんでわたしがチャンバラしないといけないの? この展開、唐突すぎやしない?」
すると秀麿爺さん、いかにもばつが悪そうに、体を縮ませたのだった。
「二つ、理由がある。
一つは、太古の偉大な魔術師、山田・F・太郎先生の伝説の仕事、『魔界転生』術の真似事を、一度してみたかったから。
もう一つは、儂らの対抗勢力の大将が、魔法剣士なんであるから、じゃ」
「一番目はとりあえずわたしには興味ないことね。でも二番目は聞き捨てならないわ。対抗勢力って、世界政府のこと?」
「いや、ただの一人の男だ。今、そやつは中途半端な立場にある。だから、なんとも言えんが、とにかくそう遠くない未来において、最大の障害となるのは必定だな」
「強いんだ」
「シャレにならんほど、強い。魔法も、剣も」
「わたし、どっちもだめっピーだよ?」
「まかせときんしゃい。そのための『魔界転生』術なんじゃぞ」
「──」
「納得したか? 心は決まったか?」
「その術って、痛くない?」
「アホか! お前をいじくる術ではないわ」
「最後に」
「なんじゃ?」
「なんで <傍点> わたし </傍点> だったの? なんでわたしを選んだの?」
秀麿、つと言葉に詰まり……やがて、心底からの優しさとともに語ったのだった。
「お前を発見したときの儂の喜びと興奮を、想像もできまいよ……。第一条件が“異端者”で、第二条件が“魔女”。これだけで絶望的だったのに、それなのにお前は、その上で <傍点> あのカザンザーキスの娘 </傍点> だったからだ。これほどお膳立てが整った、都合の良い娘がほかにおるものか! お前を見つけたとき、儂は思わず <傍点> 本物の神仏 </傍点> に、感謝の祈りを捧げてしまったほどじゃ。ああ、よくぞ、存在していてくれたなぁ……」
「やっぱり話が見えないけど、わたしが生きていてよかったね。じゃ、さっそくやろうよ。その、『魔界転生』術ちゅーのを」
「うん……」
ここで秀麿、なんと頬を赤らめたのだった!
「いざ、やるとなると、ちと、恥ずかしいのう……」
「なに言ってんだか!」
やるわい、と一言叫び、秀麿、正座になる。これまたどこからか四枚の人形 <ひとかた> に切られた白い紙を手に持った。
人差し指だけ真っ直ぐにしたまま両手を組み合わせ、その人差し指で四枚の紙をはさみ、異様な呪文を唱え始める。
「エロイム エッサム エロイム エッサム──我は求め訴えたり」
「エロイム エッサム エロイム エッサム──我は求め訴えたり」
「エロイム エッサム エロイム エッサム──我は求め訴えたり」
「エロイム エッサム エロイム エッサム──我は求め訴えたり」
ジャンヌ、いままで体験したことない、魔女のものとは異質の力の波動を感覚し、おもわず後ずさり──
ハッ、と気づいたそのとき、秀麿のその形代 <かたしろ> の四枚の白紙が、消滅していて。
そして──
「ピンポン……」
というドアチャイムの音──
ジャンヌの顔から血の気がひいた。絶えてなかった、おとない人の、合図であった──
「かまわん。入ってこい」
秀麿が勝手に指図する。だがここは屋敷の居間で、玄関は遠くにあり、そんな声は届くはずもなく──だが──
だが──
何者かがやって来る気配がする。存在感がある。
数人の──はっきりと、廊下を歩く、スリッパの音がしていてる!
「──!」
居間の襖の向こうでその気配が足止まり──
秀麿が、ニッ、と笑ったのだった。