復活の日2 7
ゲラゲラと笑い狂う秀麿だった──
ジャンヌの両肩にいとおしげに両手を置き、天に向かって吠えるように笑い続ける。
白い獅子髪を揺らし、体を震わせ──
豪々と──
天そのものを震わすかのように──
やがて秀麿は、勝利を誇示するかのように両の腕を突き上げた。
「我、宣言する! マスター・源聖斗との契約は、その意志の喪失をもって、ここに完全に解除されるものなり! こは同時に、この瞬間、『帝釈鬼』の棄教を意味するものでもある!」
秀麿の体が半透明になった。そのままジャンヌと重なる。
それは、ジャンヌの声でもあり、秀麿の声でもあった。
「さらに宣言する。わたし、ジャンヌもまた『父なる神』を、棄教せし者なり!
ゆえもって両名、一白紙人として、新たな契約のために御身を招聘する。千年の眠りから、いざ目覚めよ――『大日如来』!!
ここに控えおるは、御身の忠実なしもべにして汝の最高位オペレーター、蘇我秀麿ならびに、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス。我らが命 <コマンド> に従い、我らを御身の信者と認めよ!」
合掌した。二人の声が空に響き渡った。
「南無大日如来!」
「 〃 」
「 〃 」
「 〃 」
「 〃 」
このとき、秀麿が、左足を浮かせ、右足一本だけで立った。バランスをとり、体の芯を地面と垂直にして──
浮かせた左足で、地面を後方に蹴りつける──
蹴りつける──
蹴りつける──
秀麿、口では如来を唱えるも、ここで用いたるは原点、すなわち慣れしたしんだる陰陽の、得意の呪術。時至りたり太乙神数 <たいいつしんすう> 、ここに示せや奇門遁甲 <きもんとんこう> 、読むのは我ぞ六壬神課 <りくじんしんか> 。わが歩法、禹歩 <うふ> が一つ、“たまけり”に、いざ応えい!
蹴りつけた──
「南無──!!!」
※
瞬間──
チャコ、なぎ倒された! 吹っ飛ばされるように大地を転がされ──
偶然、つま先が地面の窪みにかかり、体が停止したのだが──
両手でしっかりと地面の草を握りしめないと、身体が浮き上がりそうで──
痛覚のおかげで、惚けていた頭が少しクリアになった。
今のこの衝撃、この感覚には覚えがある。そう、あれはセキハラの宿での体験だった。シンディがやらかした、超移動! 地球が、いきなり高速微回転したときの衝撃と、ほとんど同じ──!
今回のは、それプラス、水平方向への連続的な力学も感覚できる。たとえるならば、この地面、この大平原が、実は垂直の超絶一枚大岩壁であって、一旦足を踏み外せば、はるか地平線まで大滑落してしまいそうな、そんな奇ッ怪な感覚──!
このまやかしの重力は、秀麿、ジャンヌの方角を“上”として働いていて──
そこまで観察してチャコ、ようやくカラクリのタネが知れた。
この不可視の不可思議な負荷の正体。 <傍点> 遠心力 </傍点> である。
すなわち、かれら二人が立つ場所は──地軸! 地球の、宇宙の、回転中心!
“極”──!
電撃的に思い出す! 春の夜の天動説! あの恍惚の、無限のパワーの奔流を!
そう──
無限の力のみなもとを!
そこに今、主役となって立っているのは、自分でなくシンディでなく、敵方の大将の二人で──
<傍点> いけない </傍点> ──
とってもいけない、やばい、よろしくない。
だが、どうすることもできなくて──!
※
ついに──
全天が、輝いた。
それまでの青空が消え、全宇宙が真っ白い空間となり──
そこに──
光の天頂に映し出される、巨大な結跏趺坐 <けつかふざ> 像──
お髪 <ぐし> は髻 <もとどり> 、額に宝冠、お顔美しく、衲衣 <のうえ> は偏袒右肩 <へんだんうけん> 。お体にお飾りを回し、なにより、お胸の前で結ばれる左手右手、智剣印 <ちけんいん> ──
「顕現──『大日如来』!」
そのお姿は大きさは──
二次元の画のようで、三次元の像のようで──
わずか数センチのようでもあり、いや、数百メートルはあるだろう、いやいや、あれは数十キロメートル、とんでもない、ひょっとして地球よりも大きいのではあるまいか──
手を伸ばせば触れる目の前にあるようで、いや、手を伸ばせば届くが、それは腕がゼロ時間に無限に伸びるからで、実は遙かアンドロメダの彼方にあるような──
そこに停止しているようで、実は光速で落下し続けているようで──
画像の背後は、宇宙のビックバンにまで続くかと思われる無限の階層、大時空──
「多重宇宙廻廊……」
シンディのかすかな声。
チャコは、なすすべもなくただただ上を見上げるばかりで──
「うおおおおおおおおお! 成ったりッ!」
狂気じみた老人の叫び声──
地獄が始まる──それは、シンディのかすれた声。