決戦の日 16
「オレは……宮本、武蔵。ま、なんだ……」
骨ばった顔のその武士は、甲高く、こう続けたのである。
「二刀流だ……ん、んー……」
源聖斗、今度こそ、凍りついた――
※
偶然か、はたまた必然か──
今まで聖斗は、対戦相手と同じ条件で立ち向かうことにより、勝ちを拾い続けてきたのである。
林崎甚助とは、抜刀勝負。
東郷藤兵衛とは、打ち込み勝負。
柳生十兵衛とは、片目での勝負で――
こうして箇条書きに書いてみて、その奇跡の連チャンに目がくらむ──
しかして、今。
聖斗の手には、ただ一振りの刀しか、ないのであった。
※
聖斗、中段の構え。ああ、その謙虚さよ! だが彼には、それしか手がない──!
「さて……なんとも……や、そ……」
対する武蔵は、全身まるで隙だらけ。無造作に距離をつめてくる。ずかずかと、空 <カラ> の両手をだらんとさせたまま。
聖斗、全身が汗で濡れそぼっていた。頬肉がひくついて、ときおり食いしばった歯並びを見せている。
押し寄せてくる恐怖の大波に、もう天晴れと言ってやろう、一歩も、退かなかった。──ただし、一歩も前に進めないでもいるのだが。
自由にふるまい、距離を縮めて来るのは一人、武蔵だけだ──
その武蔵、ついに到着する。
二間ほどの距離をおき、立ち止まったのだ。彼は、そこで聖斗を見つめ、やがて、困ったように頭をかく。
次に、何故か、ゆっくりと、右手で小刀を抜き──一拍の間をおいて、左手に持ち直す。
最後に、右手で大刀を、これまたゆっくりと、完全に抜き放ったのだった。
「あーーー……」
そのまま両腕を垂れ下げた──
これぞ、名高い『八方の構え』なのであろうや?
武蔵、仕掛けてこない。
聖斗、こちらから行くべきか迷い、そのときであった。
「あ……、そか。や、その……ま……」
ここにいたって、武蔵が、なんのためか一生懸命言葉を伝えようとしてきたのである。
その内容というのが──
「んと……その、だ。十兵衛な、ら、オレ……に、勝てた……ろ。んんん」
なんてことを言い出すのか!?
いきなりの、あまりの内容に、目を見張り息を飲む聖斗──
武蔵はとっかえつっかえ、言葉を紡ぐ。
「十兵衛なら……オレ、に……、二、二、二刀、うん、二刀……目を、……抜かせ、ない。これ……兵法……」
この瞬間、雷に打たれたかのごとく──
聖斗、衝撃、真っ青、愕然──で──!
武蔵は悲しく笑むのだ。すなわち、
「二刀、ぬ、抜いたら……、オ、オレ……勝ち」
寂しそうに、聖斗の一刀に視線を向けたのだった──
「──!」
もはや誰の目にも明かである。さきほどに、聖斗は、勝機を永遠に失ったのだ!
絶望と虚無感に聖斗の顔が真っ黒になり──
その上である。兵法者・武蔵が、決定的な言葉を積み重ねたのだ。
「……来い」
もちろん、両手の刀は、そのままである。
両手の刀はそのまんま。
絶対無敵の二刀流・宮本武蔵がフルスペックでそこに立ち──
しかも体調万全でさらに受けの構えも完璧に施した上──
前三度の勝負で極限の疲労にあり、左腕に傷を負い、たった今希望まで奪われた、ただ一刀のみの挑戦者に対して──
王者として、絶対的なその命令を繰り返したのである。
「こ……来い……!」
と。
お前から、仕掛けて来い──と──!