決戦の日 11
「林崎甚助と申す」
すこしやせっぽで、普通の背の高さ。草いきれのする大地にすんなりと涼しげに立つその武士は、ほのかな笑みとともに名乗りをあげたのだった。
その瞬間、聖斗が、隠しても隠し切れない、絶望の──そして数倍する歓喜の──表情を顔に浮かべた。
「源聖斗、我流です……。私事、このたびの不始末により、尊師の御相手を務めることとなりました。未熟者ながら、これぞ一代の誉れと覚悟し、全身全霊を上げてお挑みする所存でございます……」
「承った」
ニコリと、甚助。
すると聖斗、刀を右手のみで持ち直し――
何を思ったか――
刀身を鞘に戻したのである。
そして、あらためて柄に右手をかけ、腰を落とした。
※
「居合勝負……」
いつのまにか横に並んだシンディがつぶやいた。無事だったようだ。ところがチャコには、彼女の健在を喜ぶ余裕がない。ばかりか、もしや隣にいることすら気づいていないかも、という心理状態だ。なぜって? なぜって、なぜって──!
居合勝負――!?
そう、聖斗は、抜刀術での勝負を所望! それは開祖甚助の、 <傍点> 彼が生み出した技での、まさに本人との腕比べ </傍点> だった。
チャコは頭を抱える。なによそれ──
無謀極まれり──!
不遜なり源聖斗! おのれの腕を過信し、そこまでうぬぼれたのか源聖斗!?
このばかああああっ──である。
だがチャコは、諦観と期待と絶望と信頼がごちゃまぜになった顔をあげるのだ。
なんとなればこの無茶苦茶な状況──
反面、したくもない理解もできてしまうからだ。嗚呼――!
世の剣士ならば、どうあがいてもあの御方には勝てない!
とどのつまりそれが、結論、なのだ。
ならば、その御方そのものと言っていい、その刀術に正々堂々、正面から挑んで――散りたい! それが、武士の面目というもの。
相手を神とも尊敬するがゆえの、死を超越した真心から出た、一人の武士としての挙措なので、あるのだろう。
ぜったい納得しないけど──!
※
対戦相手、甚助が、少し、目を見開いた。そして楽しそうに、まるで小さな幸せを見つけた童子のように、うなずくのだ。
「その気構え、成ってる」
聖斗の、その面 <おもて> がパァッと明るくなったのは見逃してやろう……。
「感激です……」
返礼し、あらためて、気を引き締めて──
頃合や──よし!
ここで勝負に入るのだと誰もが思った。ところが──
「──」
なぜか一拍の間があったのである。なんと甚助が、ためらうふうを見せていたのだ。
いいや失礼、そんなことはない。希代の人物に、そんな無様はありえない。
甚助は──あくまでも、物のついで、ごく気軽なふうを装い、
「どこで、だれから?」
と、口調を抑え気味に、あくまで取るに足らぬ興味を、お表しになられたのである。
聖斗はそれこそ最大限に真摯に返答した。
「旧世界……そこの住民が、『21世紀』と呼ぶ世界において、尊師の剣流を五百年守り伝えたる者から手ほどきを」
「……」
ああ甚助、ついに堪らず、感涙の態を見せたのである。
「──」
待つ、ひたすら待つ、聖斗。やがて──
林崎甚助──
「……決心!」
そこで初めて、静かに右手を柄に添えたのだった。
※
お互いに相手へ落下する二つの惑星のように、どちらからともなく、二人が接近する。
チャコ、指先を甚助に突きつけようとして──
後ろからシンディに羽交い締めにされた。
「なぜ──!?」
「美学!」
そんなのくそくらえと体力の限りもがくチャコを、シンディの、これもある意味必死の説得である。
「──あるいは様式美! ここで手を出したらあなたの、いえ聖斗さんの屈辱の負け!」
チャコ、パニックに陥る。
「つまりどっちにしろ負ける! 死ぬ! お別れ!」
「わたしらが今できることは──!」
シンディ、腕に力を込め、声をおっ被せた。
「──ジャマせず、見届けること! 万一、負けたときのために──」
チャコ、負け、という言葉が頭の中で反響する。目が回る。口から泡を吹く──
「うううう!」
「勝負を、しっかり見届けること! 男が命がけで引き摺り出す、相手の実力を──!」
「!」
力一杯振りほどこうとしたときだった。そのとき、チャコの身体から抵抗する力が抜けた。
シンディの身体からも、力が抜けた。
チャコは、間に合わなかったのである。
二人の目の前で、決着の、運命の、神聖なる銀の光が一筋、走ったのであった──
※
裂帛の気合い──
一閃の光。
まさに、稲妻──!
次の瞬間には、勝負は、ついていたのである。
そう、一瞬。全ては、一瞬。
この一瞬で──
──
林崎甚助が──勝っていたのだった。
それは一人の神の、揺るぎのない、全力、全速──
人に比べて、はるかに速くて──どうしようもなく。
そう。
まぎれもなく、甚助の、勝ちであった──!