決戦の日 9
「せいんと──」
と、秀麿が呼ばわったのだ。
「ようやく出てきたか。いやはや、お前を引きずり出すのに、えらい難儀をこいたぞ」
今や動きを停止させている全員に向かって、彼は得意そうに聞かせ始める。
「こやつは自分から、ようしゃべらん奴でなぁ。じゃから儂から紹介しよう」
舞台俳優のように胸を張って右腕を男に差し伸べ、
「この男、儂が“超級魔男 <まだん> ”ならば、さしずめ“魔王”とでも呼ぼうか、その名を──聖斗 <せいんと> ――という」
劇的効果を狙って繰り返した。
「陰陽師・源聖斗 <みなもとのせいんと> ──
──が、この者の名じゃ!」
まるで幸福の海に溺れた鯨のように、巨大な嬉しさを持て余すように、興奮気味に老人は続けるのだ。
「我が自慢の弟子にして、認めざるをえない我が後継者。三年で我を追い越したあげく、神を盗み遁走し、結果千年の暗黒時代を現出し、その後一年で同時に八つの剣流を習得した、呆れ果てたる天才児。貴族であり非人でもあり、将軍であり大泥棒でもある。儂にとっては子のような者であり、ところが今や我が生みの親でもある、ご主人 <マスター> 様よ!」
聖斗と呼ばれた黒男は、ここでようやく口を開いたのだ。
「俺が師にして大恩ある親代わり、そして今は下僕のはずの蘇我秀麿の……たんなる“コピー”よ。なんたることだ……」
おもわず引き込まれそうになる、低く、そして深い声音だった。チャコ、なんだか懐かしい気持ちになる。その頼もしい背中。なんとなく、兄貴に庇護されているような、そんな、なんとなく妹気分の甘い感覚。
男はそんなチャコに、ちらりと目をくれ、
「この、たわけものめが……とは、もう俺には言える資格がないな」
自嘲する。彼は続けた。
「つい里心が付き、“形代”に我が師父のキャラクターを与えたが一生の不覚となった。まさか自我に目覚め自立を果たすとは、さすがは、古今東西に比肩する者なしと謳われた俺が師……の性格 <キャラクター> よ。だが、もういいかげん、消えてくれろよ……」
そう言い終えた黒男の手に、一枚の白紙の札があって、あったと思ったら消えた。
間髪を置かず見えぬ力 <エネルギー> が槍の形となって秀麿に打ち込まれ、それは突き刺さる瞬間、秀麿の力に阻まれ、砕け散る。その砕け散った無数の不可視の衝撃弾が、突然の攻防についていけず棒立ちのチャコの体を透明に打ち抜けて行き――ぶざまにも、めまいに襲われるチャコだった。
パラパラと灰となって崩れる自分の札を打ち捨てて、秀麿、
「呪符術では互角よ……」
穏やかに、情をこめて子とも親とも呼ぶ男に告げる。
「ふん」
黒の男、聖斗は腰の太古刀に手を置いた。
「ならば、斬り捨てるまで」
「ま、そういう運びとあいなるわな……」
落ち着いた口ぶりで同意する。そして、聖斗の刀の鯉口が切られるのを、みんなが見守ったのであった。