決戦の日 8
死んだ!
と思った。
これは死んだ、と思った。
わたし、頭割られて死ぬんだ、と思った。
そう思って、恐る恐る開いた目の前に――
黒い男が、立っている。
黒い男がチャコの前に立ち、ジャンヌの攻撃を、身体でブロックしている。
その黒い後姿――
黒い長髪、黒い衣装。裾がボロボロの黒マント。黒ブーツ。
左腰の革ベルトに、黒鞘の、ザパーン国・太古刀。
背が高く、若々しく、力にあふれたその体つき。
ああっ!
「――黒男ッ!」
ついに登場、真打ち登場、最後の登場人物――黒男! 黒男だった!
「──!」
おおッ!
かつてピュアの湖で、ヤクザどもの狼藉から救ってくれた男だった。
そして罵倒の言葉を残し、立ち去った男だった。
ピュアの夜──
ひょっとして、自分の血縁かと期待した男だった。
もしやと自分の心を掻き乱し、結局どうすることもできないまま、去られてしまって――
今、この命の危機に、再び現れ――自分を――かばって――くれた。
──黒男!
彼に、助けられた……。
チャコ、顔を赤らめて、我に返った。そして気づいた。ここは素直になれるシーンだということに。
(うん、お礼を言おう!)
自分のその気づきになぜか嬉しくなる。よく気づいた自分! 偉いぞ、自分!
「あの、ありが……」
ところがこの男は、まったく聞く耳を持っていなかったのである。無視して動き始める。
(この──ひとがせっかく!)
黒男は、自分がしたい事をしたい時に誰にも遠慮なく遂行する。
ジャンヌの体を、突き返したのだ。軽々と。
「わあっ……」
ジャンヌ、後ろ向きにでんぐり返り。そして、これが古武術の組み手というものなのだろうか、天草四郎の刀が、黒男の黒グローブの手に残ったのだった。
ジャンヌが地べたから呆然と見上げた。
「あんた誰よ……」
思わずチャコ吹いてしまった。アハハ、それはわたしも知りたいとこだ。親近感を彼女にいだいた。なんだかチャコ、へんてこな余裕の心で、土ぼこりを払いながら立ち上がった。
黒男は、一切無言のままだ。
「それ返してよ! わたしんだから!」
ようやく息を吹き返したジャンヌが勝気に叫ぶ。聞きようには勝手な言い草だが──
彼は手の戦利品を、興味なさそうに放ったのだった。ジャンヌの脇の地面にさくりと突き刺さる。
ジャンヌもまた立ち上がり、宝物であるその刀を手に取り戻した。しかしそこまでだ。さすがにもう突っかかってはこない。そうだろう。刀があってもなくても関係なし。身に染みた実力差。少し顔を赤らめて、口をへの字にむすんで、いかにも無念そうに、賢明にも刀を朱鞘に戻したのだった。そして――
そして――
そして──黒男。いまだ無言のまま。
なんとなくもてあます。ジャンヌはへの字のまま。チャコの方も、感謝の言葉はもはやタイミングを失っている。その場に気まずい空気がただよった。
そして、やはりというか、そんな場を預かったのは、顔役、長老、年寄りだったのである。
「 <傍点> せいんと </傍点> 」
と、秀麿が呼ばわったのだ。
「せいんと──」