決戦の日 6
「ストップストップ!」
慌てたような男の声がかかって、双方が動きを止めた。目を向けるとそこに、
「秀麿お爺さん……」
獅子髪の、浅黄色の水干姿のあの蘇我秀麿 <そがのひでまろ> が、爺むさく左手に杖を持ち、四人の黒キモノ姿の男たちを従えて、ジャンヌの後方に姿を現していた。
「もう少し、ようすを見ていたかったのじゃが……仕方ないな……」
焦って姿を現したことが恥ずかしかったのか、照れくさそうに、ぽりぽりと鼻をかく。そしてこちらを見た。
「やあチャコちゃん、お変わりなさそうじゃな。結構結構」
右手を上げて挨拶してくる。
「どうも……」
芸のない素朴な返事をし、このときになってようやく、正気に戻ったようにチャコも地面に降り立った。とにかく今からは、高みの見物はよろしくない。シンディの隣に並び立つ。
「あら、元気にしてた?」
これはシンディだ。なぜか、満足げな顔だ。
「レディ──」
老人、彼女へは、一度低頭して返事とした。
「なぜ止める!?」
振り返って抗議したジャンヌだ。
「まったく……。止めなきゃ死んでたよ、お前は。困った子じゃな」
と、久しぶりに二人の前に姿を現した話題の男は、人当たりのよさげな笑みを浮かばせたのだった。
「で、 <傍点> なぜ止めた </傍点> のー?」
と、よくよく考えれば恐ろしいことをさらりとシンディが尋ねる。
老人が、ニイッ、となった。
「もちろん、 <傍点> 間違っているから </傍点> じゃ」
「なにが間違ってんのよ! 二人が仇だと教えてくれたのアンタじゃん! 仏道の復興、革命がなるかならないか、伸るか反るか! いったんコトをスタートさせた以上、どちらかが死ぬまで終わらない、だから覚悟きめろってほざいたのアンタじゃん!」
老人に詰めより指つきたてて激高するジャンヌ。そしてチャコはその彼女のために、なんだか慌ててしまったのだ。――いいのかジャンヌ? あなた、今たいへんなコトを口走っちゃったよ?
案の定、
「やっぱり、やり始めていたってわけね、世界征服 <ハート> 」
それはもう楽しそうに、シンディがはっきりと言葉にした。ようこそいらっしゃい──揉み手せんばかりの笑顔だ。
秀麿の方はというと、その危険な思惑を白日の下にされても、平然としたもの。毛ほども気にかけるようすも見せず、ジャンヌを諭した。
「間違っているのは、刀の向ける先じゃよ。儂の可愛い娘よ」
「──」
全員が注目し、老人の言葉に聞き耳を立てる。
秀麿、フイ、と、チャコに人好きのする優しそうな顔を向けたのだった。
「途中まではよかったのに、後半、間違えた。そちらにおられるお嬢さんじゃよ。まず、殺すのは」
「へっ?」
おもわず変な声が出た。──はい?
「今、金髪の方のレディの相手をしたら、容赦なく瞬殺されちまう。心構えも腕も、レディはお前よっかずっと上なんじゃ。本当に殺される……。娘や、お前に早々と死なれちゃ困るんじゃよ。この爺を、悲しませなんでくれ」
「──わかった」
わかったんかい!? それこそツッコミの叫びが出るところだ。
(それにしても)
とチャコは心を曇らかす。お爺さんは、はっきりと自分を殺すと言った。なんとなく憎めない人と思っていたので、正直、少し傷ついてしまった思いだった。なぜ、こんなふうになるのだろうね。
チャコの気持ちをよそに、事態は休むことなく進展している。ジャンヌが納得したように、白々とした目でこちらを睨んでいた。その視線の冷たさにチャコ、ようやく、相手は大マジなんだな、と認めるのだ。そして、自分の肌に勝手に鳥肌が立つのを、あきらめの心境で見つめるのだった。
ジャクリーヌと似た顔つきのジャンヌ。――もしかして自分は、死んじゃえばいいんだろうか?
「そんなのわたし、困るなあ……」
ビクッとなった。シンディだった。もちろん、今の彼女の言葉は秀麿に対してのものだ。だけどチャコ──
「チャコに手をお出しになるのなら、遠慮なく介入させて頂きますわ……」
鋭い剣先を迷いもなくビシリと老人に向ける。力あふれる、いつも元気な、そして自分が今、もっとも大切に思う友達だった。
チャコは顔をあげた。現実と、まっこうから立ち向かおうと思った。
現実というものは、参加する者だけを相手にして、どんどんと先へ歩いて行ってしまう。チャコが意識したとき、秀麿がシンディに、答えているところだった。
「畏れながらレディ。こうなると思って、貴方には貴方のお相手を、用意してきているのですよ」
もったいぶった言い回しで、右手を肩の高さにまであげる。そして――後ろに控えし者どもよ、前に出よ──というサイン。
チャコ、今度こそしゃんとした。どう変化するのかまったく予想がたたないまま、事態は急激に走りはじめている。
(置いてけぼりにされて、たまるもんか──!)
心を張った。