決戦の日 1
宿を出たのは、まだ星が輝いている時分だった。
「ヘクシュッ……」
もう夏。だけど、日の出前の放射冷却現象というヤツ(?)で、ちょっと冷えるから。そう言い訳して、だるげな手つきで、マントにくるまった、……いつもと比べて、なんとなく気弱のチャコである。
逆にシンディの方はというと、今朝はいちだんと気合が入っている。
全部ホワイトで統一された――丸襟の上品なブラウス。乗馬用のぴっちりとしたキュロット。ロングブーツ。闇夜の中、まるで、オーラが放たれているみたい。
金髪を後ろで白いリボンで束ね、きれいな顔のラインを惜しみなく露出させている。上から下まで、全体的に、きりっとした印象だ。
それもこれも今日の仕事を思ってのことだろう。活動的な、激しい運動オーケーな姿だった。ともかく、はじめて彼女のロングパンツ姿を見た。
変わらない、いつもの持ち物といったら、例の、クリーム色した四次元トランクのみ。それを馬車の荷台に載せて、準備完了となった。
なんと馬車なのです。今日の二人の移動の手段が、この二頭立ての箱馬車なんであるんです。どこから誰が、と問われれば、『ニコニコ派遣会社』から派遣させた、シンディが、としか答えようがない。
しかも無償で。
ぶるるるるる、という、黒馬さんの白い息。貴族向けに作られた典雅な、つやつやとした上質な黒塗りのその車体。最大限の協力をさせて借り受けた四輪馬車 <キャリッジ> からは、しかしだが、なんとなくだが、絶対乗り込みたくない、なんとも形容しがたい不吉な気配が放たれている。
その上シンディ、魔法で火の玉を四つ作り、馬車の周囲の照明がわりにしてるのだ。なんちゅー演出かと言いたい。これではますます馬車が、幽鬼じみてくるではないか。
そもそもなぜ箱馬車なのか──
そう思った瞬間に、チャコは苦い顔になる。考えるまでもなく、決まっていることなのだ。
丁寧に“お客さん”を迎え入れるため、そのための箱 <ボックス> なのである。
罪人、という名のお客さんを──
「……じゃ、出発するよ!」
「わかった……」
お客さん──天草四郎邸に、強制捜査である。はっきり、ケンカしに乗り込んでいくのだ。
シンディが御者台の左座席。チャコはその右に座る。目の前の二頭の馬は、よく訓練されているようで、シンディの軽い手綱さばきで常歩をはじめる。馬車が動き出した──
昨日の調査で、相手屋敷には、天草四郎のほか、見慣れぬ人物が数人、同居しているらしい、という情報を得ていた。
それを、シンディはことのほか重視したようなのだ。
彼女の頭の中では、事情がだいぶ推理され整理されているらしく、それゆえの、この朝駆けの強襲だった。
まるで旧世界の決闘である。いかにも太古の風俗好きな、彼女らしいやり方だ。
いつもだったらチャコも、そんなお祭り好きなシンディに引き摺られて、不謹慎ながらもワクワクとした高揚感を感じているところだ。
──
だけど。
今回は。
「……」
だけど、今回は、なんとなく……気が進まない。
「……」
その理由は、自分でもよくわかっている。
天草四郎は、なにか罪を犯したのだろうか……?
いまだにその思いが、頭の片隅にあったのだ。
この思い、シンディには打ち明けられない。彼女にしてみれば、明白に、天草四郎は罪人なのだ。わたしがもし疑問を口にしたら、彼女でも少なからず傷つくだろう……。
「……」
自分は、どうしたらいいんだろう。そう思う。
もちろん、そんなことわかりきっていた。いついかなるときも、シンディを支持、だ。
なのに、いまだ、片隅では思うのだ。
ほんとうに、これでいいのだろうか、と……。
「……」
自然、無口になる。無二の親友と肩を並べ、快適に馬車を走らせながら、しゃべることがない、このやるせなさ! 魔法瓶から熱いお茶を出すことも、なんとなくはばかれる。
吐く息が白い。
それに……。
思う。天草四郎──
この、胸騒ぎがするほどの、不思議な既視感。
もう少しで思い出せそうなのに──なぜか、出てこない。
うっすらと浮かんできたモノに触ろうとすると、スッと暗黒の淵に沈んでいってしまう。
このもどかしさ。
天草四郎。
ああ、あなたは──
あなたはいったい、何者なのだ?
天草四郎──
──
──
天草四郎──