いままでの日 5
翌日。早朝──
青白く晴れ渡った、まだ日の出前の空。もう夏なのだろう、地平線遠くには、やがては雄大積雲に成長する、力ある雲の形があった。
いい天気だった。ここは丘陵地帯、なだらかに小高い丘の上。街道から魔女屋敷に至る道筋の途中にある、全周囲見晴らしのいい、唯一の地点である。
昔と違い、いまや屋敷を訪れる村人は皆無。馬車が通らなくなって久しく、路面は、所々が青々と茂る草で、覆いつくされていた。寂しく荒れた道だった。
「これもすべて……ママンを殺された、せいだ!」
そう呟くは──
肩までのプラチナの髪の毛、ワイン色の瞳。
白い半袖の開襟シャツに黒い半ズボン。白いソックスに黒の革靴。
背中に朱鞘の太古刀を背負い、ケープをまとった美少年少女、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキスこと、天草四郎。
ここに、天草四郎、一人だけ。彼女のための、四人の侍たちはいない。
なんと昨夜のうちに、単身、屋敷を抜け出してきたのだ。真夜中の山道を星明りを頼りに歩き、古式の兵法に則ってこの場所を選んでからは、一睡もせず、時を待ち続け──
なぜ、一人なのか──いや。
十兵衛ら、名だたる兵法者たちを出し抜けたとは思っていない。だが、そんなことは問題ではないのだ。
助けは借りない。
仇は、誰にも任せず自分が、一人で、討つ。
こればかりは、誰にも邪魔されたくない。──その思いだった。
そのかわり、仇を討ったそのあとは。
家族のために──自分の新しい家族のために、彼らの思い通りの世界を創る、その手助けを全力でしよう。
そう──今日は記念日。
今日から、新しい日々が、始まる──始めるのだ。
「──!」
そのためにも──!
──討つ! 絶対。
その一念であった。
※
そして。
──
──今。
何かの予感が、耳元でささやいた。
顔をあげる。
見つめるは、道の、はるか地平線の先。
そこに──
ゆらゆらとかげろうのように出現したのは──
二頭立ての、黒塗りの箱馬車。
なんとまあ、久しぶりの光景。それは──
4輪が車道を嵌む音。
それは──
車体のきしむ音。
それは──馬のいななき、8本の蹄の音。
──
そして、御者台に並ぶ、二人組。
黒白の──
美少女、美少女。
最凶の“黒女王”ことチャコ・唐草と、レディ、“白女王”シンディ・ブライアント──
「来た……」
ついに来た。
それも、馬車で。久しぶりに見る光景を、皮肉にも彼女らが演出している。
「──」
なぜ、馬車、箱馬車なのか。疑問を思った瞬間に四郎は苦笑する。考えるまでも無く、それは決まっている。
後ろの箱に、丁寧に“お客さん”を迎え入れるためにだ。
罪人、という名のお客さん──自分のことを!
──
顔が、引き締まった。
馬車がやってくる。近づいてくる。
知らず、体が震える。口元が引きつる。
黒も白も、どちらも単体で世界最強。しかも今、タッグを組んでいる。
彼女らを敵とし、いやいや世界を相手に回し、まるで勝てそうもない、可能性ゼロの絶体絶命の立場にあって、それでも四郎──
「──!」
声にならぬ気合いが、殺気となってほとばしったのだった。
そのときちょうど。
背後。
真北の空から。
太陽が、昇り始めた。
それは、力強い、真夏の太陽だった。