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「復活の日」 1

 宇宙人でも来てくれないものか──


 没落した名家、カザンザーキス家にただ一人残された少女、ジャンヌは、本気でそう考えていた。

 今は使用人もいなくなった、寂しいばかりのだだっ広い屋敷。その中の十畳ほどの広さの居間で、畳の上に座り、卓の鏡に向かって、彼女は肩まで伸びたプラチナの髪の毛を機械的に梳 <くしけず> っている。そのワイン色の瞳が見つめるものは、しゃれたブラウス姿の、今年15歳になるおのれの美貌なんかではない。胸にわだかまる、灰色の想いだった。


 ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス──四級魔女。


 この歳で四級とは、少し恥ずかしいことである。はっきり、能なしと言われても返す言葉がない。普通ならクビを切られてなんの不思議もなかった。

 師匠は、実母だった。実母だからこそ、そして名家であったからこそ、もう一つ付け加えるならばまれに見る美少女だったからこそ、一人娘の彼女は、なかばアイドルキャラクターとして、この世界に生かせてもらえていたのである。(これは自分でも、イヤと言うほど自覚していたことだ。)

 それが──

 いまや、名家の名は地に落ちた。

 正回転予報官だった一級位の母が、災害を予期できず死んでしまったのだ。

 いや、死んだのは母だけではなかった。たくましい父も、甘やかしてくれた婆──特一級位──も、意地悪ばかりだったけどたまにやさしかった兄も、生意気盛りだったかわいい弟も──ようするに彼女を残して一家全員、いっぺんに死んでしまったのだ。


 災害──シガラ山の大噴火で、だ。


 彼女一人残し、一家はキキン地方へ湯治旅行に出かけた。セキハラを越えて、ピュアで遊び、大都会オサカで羽目を外す。音に聞こえたツルガッツの潜水艦にも乗った。心をはやらせて陸路を行けば、目的地、なつかしやウジの“本家”である。ウジの茶摘み祭りに間に合うように到着して、そしてそこが人生の終点ともなってしまったのだった。

 ジャンヌを一人留守番として残したのは、自助努力を促す師母としての深謀遠慮があったのだろう。行く者残る者双方に、一抹の不安、心配はあった。が、遊びたい盛りの彼女にしてみれば、隠してはいたが、逆に歓迎の気持ちの方が、大きかったと言っていい。

 酷な言い方をすれば、それがあだになった。一族全滅であれば、あるいは──家の名誉は──

「……」

 ジャンヌは空しく静かに首を振る。考えてもしょうがないことだ。

「……」

 ウジ消滅……誰も予報できなかった悲劇。その土地の魔女でさえ、予知できなかった……はずだ。予知できていたら、何人かは助かった人がいてるはずだから。

 だが、世間はそう受け取らない。

 そればかりか──風の噂では、 <傍点> 災害をはっきりと予報し、町人たちに避難を勧告した魔女が存在した</傍点> という 。

「嘘だ!」

 そんなのぜったい嘘に決まってる。それが証拠に、いまだもって、「それは私のこと」と名乗り出た魔女はいない。こういうとき魔女というものは正直で、なんであれ名を売るチャンスはとことん利用する生き物なのだ。

 だから、嘘。そんな噂をする人は、無責任におもしろがっているだけなのだ。


 だが、今となっては、彼女にどうかできる力はない。


 せめて、もっと階級が上だったら。一生懸命修行して、魔力を確かなものにしていたら、状況は違っていただろうに──

 ──と、誰もが後悔することを後悔するのみ。

 ジャンヌは涙をにじませた。

 それは悔恨の涙ではない。

 悲しみの涙ですらない。

 つい先ほど、「慰めてあげます」と無理矢理家に押し入ろうとした破廉恥漢を、拙い魔力でようやく退けた、そのくやし涙なのだった。


 彼女の現状はきびしい。

 回転予報官の役目は、すでに他人(二級魔女)に渡った。一度だけ会見したが、もろに見下す態度に、弟子入りという甘い考えは自分から進んで放棄した。

 いまさら他の職業につけないし、ついたとしても、そこでどんな目で見られることやら。そんなのまったくごめんだった。

 いまは残された財産を崩し、食いつないでいるだけ。

 このお金がつきたときが、自分の終わりなんである。そう決めている。

 このあいだちょっと計算してみたが、その終わりの日が来るのは、そう遠くない未来となった。そこで、自分の人生はジ・エンド。あんがい早かったのね、わたしってなんだったんだろ、ともはやハハハと笑うのみだ。


 宇宙人でも現れてくれないものかしら。そして自分は何であるかを教えてくれて、魔力を与えてくれて、そしてたくさんのお金をくれて、助けてくれるのだ。


「あはははははっ」


 あまりのバカバカしさと情けなさに、本当に声に出して笑ってしまった。

 涙を流しながら。


 ジャンヌはしゃくりあげながら、両手を組んだ。そして──


 そして──


 ──そして、 <傍点> 奇妙なこと </傍点> を、し始めたのだ。


「われらが全能なる父たる御仏様よ……貴方のしもべ、か弱きわたくしめをどうか慈悲のもとにお導き下されまし……南無」


  <傍点> 鏡に向かって </傍点> 、祈りを捧げ始めたのである。


 鏡に向かって祈りを捧げる──魔女???


 だがその祈りは真剣なもので──


 だからこそ──












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