「ヒーローが活躍した日」 6
おなじくらいの年齢、背丈の、その四級魔女が挨拶した。
「ありがとうございます。ぼくは……いえわたしは、天草四郎といいます」
こちらも改めて名乗って階級を告げると、彼女は憧れるような眼差しで、少しほほを赤く染めて、一礼する。
ここは騒動が終結し、穏やかさをとりもどした街道ぞいの空き地。
美少年姿の美少女、天草四郎。そのためか、行き交う旅人たちが、こちら三人をまぶしげに見やりながら、通り過ぎていく。なんだか目立っているような気がするが、今はそれどころじゃない。
上座に陣取ったシンディが、少し恐くなっていた。
「天草四郎、さん、ね……」
声の温度もひんやりとしている。だがそれに気づくことなく、少女は微笑みながら、
「はい、そうです」
ときっぱり答えるのだった。
天草四郎──どう聞いても男性名だ。だがシンディは追求しなかった。
四級という階級とその立場について、説教もたれなかった。
まどろっこしいことをせず、いきなり問いただしたのだ。
「“天子様”と“辻説法”、さらに“奇跡”と呼ばわれたことについて、説明していただけないかしら」
とたん、それまで微笑んでいた彼女の顔が、さっと曇った。
ああ、はじまった……。
チャコ、こっそりと息をつく──
あらためて──それらは現政府にとっての禁忌を連想させる言葉だった。
さらに、よりによって彼女自身が、つまり政府に認知されている側の“魔女”が、そう呼ばわれたのだ。シンディの立場としては、真剣にならざるを得なかったろう。
だがそうは言っても──かわいそうに。気を許した相手から、いきなり平手打ちをくらった思いに違いない。
「……その」
しどろもどろ。
「……このところ、風紀が乱れているように思われるのです」
「……」
なんとも痛々しいようす。言い分は、もちろん、シンディはつゆほども信じていない。風紀が乱れている? それはあまりにも、とってつけたような、唐突な話だった。
「……それで、その……」
口をつぐむ。そのままだんまりを決め込むかと思ったが、やっぱり魔女の階級差は絶対だった。彼女は命令を完了させるべく、言葉をつなぐ。
「それで……誠実な、生活に戻れと……神様は見ていらっしゃるのだと……」
「……」
「……このあいだから、町中を……歩いて、語りかけることを……はじめたんです。そしたら……彼らが……勝手に、そんなふうに、呼びだして……」
なんとかストーリーを言い終えた。
残念だけど、それでは、なぜその言葉であったのか、が説明できていない。なにも“天子様”でなくとも、「実にお堅い“魔女様”」で十分でないか……。
だが、それでいいと思った。なんたって、魔女が野心を持つのは常のことなのだから。
天草さん、階級が上の同業者に見つかってキモが冷えただろう。学習してくれたはずだ。あとは、はみ出してしまった野心のツノの部分を、引っ込めてくれれば、それで不問にしていいはずだ。
「そうよね、世の中乱れてる。さっきも、契約書で、回転予報官がヤクザもんに協力してるようなこと、しゃべっていたし」
助け船を出してしまうチャコだ。
じろりとシンディに睨まれる。
だがため息をついたのは、シンディの方だった。
「まあ、いいわ……」
ラッキー! 心の中で、ガッツポーズをするチャコだった。
※
それにしても、希に見る美少女だった。
いや、美しい、という言葉よりも、かわいらしい、という表現がよりふさわしい気がする。
と──
「……?」
いま何か、思い出しかけたことがあって……。意識すると、それは真夏の淡雪のように、たちまちのうちに、消え失せてしまって……。
※
シンディはちらりと天草少女の持ち物に目を向けた。
「その背中のものは、ただの飾りだったのかしら?」
そう言えばそうだった。それは聞いてみたかったことだ。魔法がだめだったら、腕力、つまり剣術で行くと思っていたのだ。興味がそちらに向き、先ほどのもやもやした感覚が脇に追いやられる。
「……」
天草四郎は恥ずかしそうにうつむき、一言もない。
「こけおどし?」
たぶん、そのとおりなのだろう。腕が未熟なのだ。もしかして、まともに抜くことすらできないのかもしれない。すんなりと抜いて格好つけられなかったら、ちょっと無様だ。
それに、なんたって、女の子なのだ。
本音は、武器なんか携帯したくなかったのではないだろうか。それもよりによって、目立ち度ナンバー1、所持者の覚悟のほどをいやでも問われる“太古刀”なんて……。
(あ、……そうか。それでなのかも)
もしかして、剣の師匠がいて、その人の厳命なのかもしれない。未熟でも常に持ち歩くこと。目立つこと。
男装も、男の名前を使っていることも、修行の一環。なんとなく剣術者の“覚悟”という言葉で、全部説明がつくような気がする。こうしてみると、それも案外きびしい修行だ。
同じようなことを考えたのか、シンディはそれ以上追求しなかった。
少女がチャコに顔を向けた。
「こちらからもお尋ねしてよろしいでしょうか」
「どうぞ?」
「あのブタは、どうなっちゃうのでしょう」
「ああ!」
チャコ、安心させるように笑顔を見せた。
「大丈夫よ、家に帰ったら、元に戻るようにしてあるから」
心根のやさしい子なのだろう。どうしても肩入れしたくなってしまう。
ところが、
「ああ……そう、なんですか」
なんだかがっかりした表情を見せた。それに疑問を思う間も与えず、彼女はいきなり挨拶した。
「では……」
一礼し、背を見せる。
「あ……」
止める間もなく、歩き始めた。